嘘つきのエイプリルフール

飛花

今日くらいは

 いってきます、とだけ言って家を出る。


 春の日差しが少し暑い。


 今日は、年に一度、嘘をついたとしても責められない日。


 もちろん、すぐにバレる嘘だと限定して。


 けれど僕は、今日がすごく怖かった。


 「嘘つきのまっくん」と言われて育ってきたから。


 嘘をすぐにつくのは僕のアイデンティティだ。


 今日はそんな僕の個性が失われる日。


 嘘をつくことでよくいじめられていたのに、そう気づくとまた少し歩幅が狭くなる。


 僕、嘘をつくのが好きなのかな。


 どんどん、学校に行きたくなくなってくる。


 正直、ただの部活だから一日くらいサボっても大丈夫だろう。


 けれど、それもそれで逃げだと受け止められてしまうに違いない。


 自己嫌悪という重い荷物を背負いながら、行かなければいけないという使命感だけで歩き続けた。


 どうして今日に限って部活があるのだろうか。


 こんなことになるならば、いっそのこと帰宅部にしておけばよかった。


「まっくん! おっはよ」


 サラ──後ろから糸巻いとまききさらの声がした。


 僕の周りで唯一、「嘘つきのまっくん」に話しかけてくる子。


 まあ彼女も疎まれているのだから、そういう意味では同類なのかもしれない。


 振り向くと、幸せに満ちた笑みを浮かべたサラが近寄ってきた。


「今日さ、エイプリルフールじゃん? まっくんは今日嘘つくの?」


「いや、なんも考えてない。いつも通り過ごすかな」


「えー、つまんないの。せっかくなんだし、嘘つかない日でも作ってみたらいいのに」


 サラだけは、僕の言ったことを正直に受け止める。


 そういう真面目さが、僕に話しかけてくる要因だし、周りから疎まれている要因である。


 そもそも、彼女は僕の言葉のどこまでが嘘かわかっていないのではないだろうか?


 それでいいのだけれど。


「嘘ついてもつかなくても、僕が嘘つきだって思われていることに変わりはないからいいんだ」


「えー、私は嘘つこうと思って考えてきたのに」


「たとえば?」


「それは内緒。最初から分かってたら面白くないじゃん」


「ふーん」


 サラはなかなかに変な子だなあといつも思っている。


 彼女のおかげでつまらない高校生活が少し彩りを持つならば、彼女に付き合ってあげるのも悪くはない。


 けれど、彼女の希望を今日はできない。


 僕だって、せっかくの嘘つきの日なのだから、やってみたいことが山ほどある。


 けれどそれは、僕が周りの人間に好かれていることが前提だし、そんな優しいやつなんて僕の学校には一人を除いて居やしない。





 僕は今日の部活も、教室の隅でひっそりとサラの話を中途半端に聞き流して昼ご飯を食べていた。


 「今日来る時に幽霊に会ったんだ」、「あのね、実はカピバラって時速50kmで走れるんだよ」、「うちのクラスに佐々木さんがいるんだけどね、7人兄弟らしいよ」、「そういえばまっくん今年C組だってさ」。


 全部くだらない嘘。


 サラはこんなくだらない話を僕にするために考えたのだろうか?


 バカバカしい、時間をもっと有効に使えばいいのに。


 と、その時だった。


「あ。松原まつはらさ、さっき先生が呼んでたよ」


 周りとヒソヒソ笑いながら、誰かが僕に話しかけてきた。


 嘘なんでしょ、どうせ。


 ぼくをただからかいたいだけだ。


「え! ほんと? だったらまっくん行かなきゃだよ」


 サラが言う。


 エイプリルフールなのに真面目。


 さっきの、「エイプリルフールだから嘘つくんだ」発言はどこへ行ったのやら。


 それなのに、サラは僕の手を引いて廊下に出た。


 引きずられるように付いていく。


 僕は胸に溜まる黒い塊に気がついた。


「あれ、どうせ嘘だよ。なんで教室から出たの?」


 責めたいわけではなかったけれど、強い口調になってしまった。


 言った瞬間に後悔する。


 黒い塊が自己嫌悪の色になる。


「あのね、」


 それなのに、サラは別のことを考えているみたいに顔を赤らめていた。


「あのね、まっくん」


 サラは顔を赤らめながら下を向いて言う。


 所謂いわゆる嘘コクというものだろうか。


 確かに、それをするならば今日は絶好の日であるだろう、タイミングは良くないが。


 嘘コクなのに何をそれほど恥じらっているのかは、疑問に思うけれど。


「私ね、あの、」


「何?」


「まっくん嫌かなって思うんだけど、」


「うん」


「あの、ね、私まっくんと付き合いたいな」


 サラが目を合わせてきた。


「……どうせそれも嘘なんでしょ?」


 僕がそう言うと、サラはその赤い顔を怒りの赤に変えながら言った。


「今日は嘘一個しかついてないし!」


「……え、うそ、」


 そういえばそうだ。


 いくら今日がエイプリルフールだからといって、サラが嘘をつけるわけがないのだ。


 僕が嘘をつくのが取り柄だと思っているように、サラは真面目なことが取り柄だと思っているのかもしれない。


 そういう意味で、僕らは同類だ。


 エイプリルフールだとしても普段と変わらないという意味で。


 僕は混乱しつつもサラに聞いた。


「じゃあさ、今日嘘つくって言ってたのはなんなのさ」


「それが今日の唯一の嘘だよ。んもう、気づいてなかったの?」


 僕はサラに何て返事してあげりゃいい?


 言いたいことは一つなのだけれど、今日は嘘つきの日だから、何を言ったとしても彼女は傷ついてしまうのだろう。


 いや、サラの言ったことを思い出せ。


 僕は嘘つきなのだから、今日くらいは─────────


「僕、も、サラと付き合いたいと思ってるよ」


 サラの顔が真っ赤に染まった。


「え待って、まっくんのそれはどっち? 今日エイプリルフールだよね? え、え?」


 そんなサラが可愛いなと思った。

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