第1章 パラドックス Vol.2
(あれ? ここはどこ? 姫さんのあたしはどこ行った?)
見回してみても、先ほどの光あふれる大樹の森とはかけ離れた風景だった。夕方だろうか? 薄暗い風景の中に、高さに3メートルはあるだろう奇怪な巨石が所々にあった。遠くを見ると、地平線の彼方が、オレンジ色に激しく燃えていた。耳を澄ますと風の悲鳴の中に、雷鳴と何かがぶつかり合う鈍い音が、途切れることなく轟いていた。おそらくそこでは、戦いが繰り広げられている。みちるは戦場を睨みつけていた
(あっれ~? 今のあたし、何気に勝気かも。さっきの姫さまとは、全く違うぞ? なぁ~んか、好戦的というか暴力的だぞぉ~?)
裸足の足に砂の微弱な違和感があった。その砂の感触を意識した瞬間、みちるはオレンジに激しく燃える戦場にいた。腕を組み、無数の鬼と、同数の
みちるはどうやら鬼側の大将らしい。膝まである袖がついていない
「
みちるは小高い岩の上に飛び乗り、好戦的な声で呟いた。
(帝釈天? どちらさまでしょうかぁ~? でもこのあたし、その人をかなり憎んでるよ?)
吹きすさぶ風は火の粉をまき散らし、戦場は激しい炎に包まれていた。みちるは冷ややかな眼でその様子を見つめたのち「ふふん!」と鼻を鳴らして岩から飛んだ。着地したところは、小鳥のさえずりが聞こえる大樹に囲まれた草地だった。
(あぎゃ? さっきの大樹の森に戻った? なんでぇ~? よっく! わからんが~。か……身体が勝手に動いてくぅ~)
みちるはそこが行くべきところであるかのように、一本の大樹に近づき、ゆっくりと腰を下ろすと幹に寄りかかった。大樹は大枝を幾重にも広げて日差しをさえぎり、みずみずしい若葉は、涼やかな酸素を放出していた。座っている若草色の
(お! さっきの狂気はもうない。穏やかだなぁ~。この苔の柔らかさと適度な湿り気。感じいいじゃん)
足元には小さな川が流れていた。変わった川だった。青・黄・赤・白の四色の水が、交じり合うことなく一つの川の中を流れていた。
(どこぞの歯磨き粉はチューブを押したら白と青の歯磨き粉が出たよね。それによく似てんなぁ)
などとぼんやり考えていると、少し疲れた様子の美しい女性が歩いて来るのに気がついた。その姿を眺めながら、ゆっくりと立ち上がった。
(お! 姫さま
みちるは勝手に動く自分を、見学することにした。身体を起こし始めると、腰のあたりで空気のように軽い腰ひもで結わえただけの、地面を這うほどに長い、薄紅色をしたそよ風のような衣が、さらさらと膝から流れた。両腕には重力とは無関係に揺らめく、長くて細い
(お姫さまだぞぉ~。あたしにこんなしぐさができるなんてねぇ~)
少し屈み、立ち上がるときに乱れてしまった長い髪を整え、凛と姿勢を正すと女性を見つめた。みちるの所へやってきた彼女は、みちると同じように、頭に薄いピンク色の花を飾り、風にゆらゆらとたなびく、薄くて重力に囚われていない衣を身に着けていた。腕にかけた羽衣も、空へ空へとたなびいていた。けれど衣には汚れやほつれたところがあった。羽衣もどこかしらくすんで、弱々しく揺れているように見受けられた。彼女は疲れた表情でみちるを見つめた。
「姫さま」
女性はみちるの足元に
「お疲れのご様子。少々お待ちください」
(なんともおしとやかですこと~~)
みちるは心の中で呟きながらも、とってもお上品な姫さま所作で、たもとに手を添え、大樹の枝に向かって手を差し出した。何をするつもりなのか、自分ではさっぱりわからなかったが、身体が勝手に動き、
(なにこれ。魔法使いの姫さま?)
「どうぞ。お召し替えください」
みちるは女性にそれらを渡した。
(この言葉と行動、あたしじゃない)
「ありがうございます」
女性は着ていた衣を脱ぎ捨てた。見ると、彼女の裸体は艶と張りを失い、明らかに衰えを感じさせた。
(ど――――――して! この姫さん、女性の裸を、隅々まで検分してるのよ?)
女性は姫みちるが見ていることに恥じらいもせず、受け取った衣にそでを通した。
(微妙にたるんでる、って言ったら失礼だよね)
「お身体も衰えてますね」
(言っちゃった――――――! お姫さま、『無礼』って言葉知らないの?)
次に姫みちるは川岸に跪いた。
(つ……次は何するだ? 姫さま?)
姫みちるは足元に置いてあった
(おっ! 二色歯磨きを二つ連結したような川ね。あれ、交じり合わない。ばあちゃんが川にダイブした時には、めちゃんこ濁ったのに)
「さあ、お飲みください」
立ち上がり、着替え終った女性にそれを差し出した。
「ありがとうございます」
女性は器を受け取ると礼を述べ、一気に飲み干した。
「ああ、美味しい」
微笑んだ彼女の身体がほのかな光を発し、先程とは比べ物にならないほど若返っていた。頭に飾られた花までもがみずみずしさを取り戻し、美しく咲き誇っていた。
(養命酒? いやいや、延命酒とか? 全くわからん)
言いつつも、女性が立ち去ったあと、みちるは満ち足りた気分で、再び苔むした大樹の根元に座り、空を見上げて微笑んだ。
**********
お読みいただきありがとうございました。
お時間がありましたら、同時公開している「SF小説」の方にも訪ねてみてください。よろしくお願いします。
https://kakuyomu.jp/works/16818093074758265076
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます