うさぎ娘とすっとぼけ野郎に課せられたミッション! 「かぐや姫ちゃんを探せ!」

柊 あると

第1章 パラドックス vol.1

 警鐘が鳴った。


 どんな音? と聞かれても全くわからない。とにかく、ものすごくやばそうなもんを感じた。だから、眼を覚まさなくては! と、自分の中で何かが鳴ったのだ。


 みちるの視界には、うつむいて立ち尽くしている、自分のつま先が映っていた。裸足だった。踏みしめている若草色のフカフカした苔の感触が、妙に心地よかった。


(ここはどこだ?)


 呆然と立ち尽くしているのだけは認識できた。すぅっと息を吸い込んだ。


「ず――――――ん! ず――――――ん! ず――――――ん!」


 みちるは今の自分の精神状態を声に出した。


(これしか、思い浮かばないわ)


 次に、自分の心の中にあるものを言語化しようと試みた。


「簡単に言えば、そういう気持ちなのよ。なぁーんか不穏ってぇの? 何気なにげに胸騒ぎ? ってやつなの。なんかね。『あっ! やばい』って思うのよ。うん」


 なのに、みちるはここから逃げられないらしい。


 誰に命令された訳でもないのに、「まぁ、ここにいんさい」って、自分で自分に命令しているのだ。


 だから「ず――――――ん!」状態で突っ立っていた。


 みちるは周囲を見回した。


 地面は色鮮やかな花々が咲き乱れている。静かに流れる小川のせせらぎと小鳥たちのさえずり以外に音はない。


 それなのに……。


 遠くから何枚ものぼろ布がひらひらと舞い踊るようにして、木々の間に見え隠れしながら近づいてきた。


「なにあれ? 川の両端をひもでつなげて、吊り下げられた鯉のぼりみたい」


 なんて、感性豊かに表現してみたが、聞こえる音は、かなりやばいと思った。


「きゃぁ~ははは。ひぃ~ひひひ。姫さまはおられるかぁ? 姫さま~~。助けて助けて、ひひひひひ」


(これは絶対にやばい! 誰に聞かなくてもやばい! それなのにぃぃぃ~。逃げたいのに、足が動かない! やだぁ)


 だんだんと近づいてくるそれは、引き裂かれた無数の布を身体にまとっている女性だった。


(げっ! あたしはこの気を知ってるぞ)


 みちるは身体を固くした。


終焉しゅうえんを迎えた狂気!」


 小声で呟いたみちるは、硬直したまま大きく眼を開き、立ち尽くつしていた。


 ぼろ布をまとった老婆が、ふらつきながらも一心不乱にみちるに近づいてきた。上目遣いの老婆の眼は焦点が定まっておらず、ぼさぼさの髪が大汗をかいた額に張りついていた。ころもは端切れとなって、かろうじて老婆の身体に絡みついていた。


「お助けください。姫さまぁぁぁぁぁぁ!」


 その老婆は四つん這いになり、みちるがまとっている重力の影響を受けずに軽くくうに漂う衣の、長い裾を強く握りしめていた。


(ひえぇ~~~)という言葉が頭に浮かんだはずなのに、口から出た言葉がやけにお上品で、自分でもぶったまげた。


「おやめください」


 半分恐怖も加わった憐れみを持って、衣にすがりつかれたみちるは、大地にも届くほどの長い髪の毛を少し乱しながら腰を引いて叫んだ。


(あたしだよね? やけに上品な言葉と立ち振る舞いではないかい?)


 まるで二重人格のように、二つの心と行動が入り乱れていた。


(怖い! どうしたらいいの?)


 すがりつかれている、「姫さま」と呼ばれたみちるは震えながら後ずさり、衣の裾を握りしめている手を振りほどいた。


(これは上品な『姫さま』らしい。なんてまぁ、気弱なお姫さまなんだろう?)


 みちるはお上品な姫さまになっている自分を、同じ脳みそを使って、呆れたように眺めていた。


「どうか! どうか川の水を飲ませてください」


 老婆はふらふらと渾身こんしんの力で立ち上がると、よろめきながら上目遣いにみちるを見つめて、さらに近づいてきた。


(げ――――――。そんな眼で近づいてこないでよ!)


 再度みちるにすがりつこうとしたが、すでにもう、それができる力は残っていなかった。


「おやめください!」


(お! 姫さまの抵抗開始か?)


 姫みちるは、もう一度拒否の言葉を叫ぶと、二歩ほど下がった。


 背中に大樹の幹が当たった。慌てて手をつくと、幹にまで這い上がった、湿気る分厚い苔の感触が手に伝わってきた。そのまま姫みちるは大樹の根元に座り込んでしまった。


(やっぱりか弱いわ。このお姫さま。腰抜かしちゃった!)


「水……。水を飲ませて!」


 老婆はみちるから視線をらすと、すぐそばを流れる川に向かってよろけていった。盛大な水音みずおとが響いた。老婆が水の中へ倒れ込んだのだ。


 澄み切っていた川の水が土気色つちけいろに濁った。


 老婆はそれにかまうことなく泥水どろみずを両手ですくい、ずぶぬれになりながら飲み干したが、彼女は満足するどころか、さらに足がもつれてよろめいた。


「姫さま。水を汲んでください。私に水をください!」


 うつろな眼を渾身の力でかっと見開き、老婆が叫んだ。


 川の中で両手をついて、姫みちるを見上げた老婆と眼が合った瞬間、姫みちるは声なき声で叫び、両手で顔を覆った。さらさらと長い黒髪が、みちるの上半身を隠した。



***********


お読みいただきありがとうございました。


リスタート、第一弾「第一章」の、約1/3文字数をアップしました。サクッとお読みいただけるよう、字数を少なめにして、アップしていきたいと思います。


お時間がありましたら、同時投稿しています「SF小説」ものぞいてみてください。よろしくお願いします。


https://kakuyomu.jp/works/16818093074758265076

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