第26話 孤児院の悲劇
運命の告白から次の日。
俺は、オリヴァーの指導を受けた。
熱心にも彼は、朝から俺の部屋を訪れてくれた。
俺はぐっすり寝ていたんだけど、彼に叩き起こされてしまった。
まさか朝からの指導だとは、まるっきり思ってもいなかった俺は、彼の言葉が聞こえてから数十秒後。
寝ぼけ眼のままの俺の顔の上に、濡れタオルが落ちてきたのだ。
熱っ!?
激熱ホットタオルのせいで、俺は完全に覚醒したのである。
その直後から、猛勉強が始まった。
あれ、ご飯は?
あれ、こんなに朝早くからなの!?
なんて思う隙間も与えてくれない彼からの勉強の中身は、世界情勢。軍士官学校の話。少尉時代。アルマダン事件の真相。
アルトゥールさんの日誌では知ることが出来ない事柄を懇切丁寧に教えてくれたのです。
助かる。
正直言って、これはオリヴァーに感謝しなければならない。
これだけ教わればさ。
なんとかアルトゥールさんに近づけることが出来るかもしれない。
ちょっとした知り合いと出会っても、うまく演技が出来るようになれるかもしれないのだ。
紙や電子記録上のデータでなく。
人が経験した生身の情報は俺の今後に非常に役立つぞ。
アルトゥールさんを少しだけ理解したと思う。
「なぁなぁ。おまえのさ、その戦術とやらを俺に教えてくれないか……それを俺に教えてくれれば、お前も遠慮しなくていいだろ……俺ばっか教えてたんじゃさ。お前、気を使いそうだしな。そういう遠慮がちの男に感じるわ。お前さ。あと俺のことは、オリヴァーで頼むよ」
オリヴァーは、一流の気遣いのある男だった。
やっぱりオリヴァーって、俺の友達の亮に似てるわ。
ぶっきらぼうだけど、優しい男。
俺のことを理解してくれていた顔も心もイケメン親友にさ。
懐かしい気持ちで胸がいっぱいになったよ。
感謝するよ。オリヴァー!
俺は今、この世界にきて初めて嬉しいと思ったかもしれない。
「いいですよ。ではこの紙に書いて、初歩のものから・・・・・」
俺が紙に書いて教えたのは、陣形についてだ。
魚鱗や、鶴翼。方陣などのメリットとデメリットの解説付きで教えた。
オリヴァーはそれを聞いて目を丸くしていた。
俺の解説を食い入るように聞いてくれたんだ。
しばらくして俺の勉強も落ち着いたら、余った時間の全てを子供たちと遊ぶことにした。
施設の外でも中でも楽しく遊んだんだ。
◇
そこから、数日後。
朝の教会で俺は、礼拝堂の椅子に座って、お祈りするフレンを見た。
敬虔な祈りを捧げていた。
本当の彼女は粗暴な人じゃないんだと思ったんだ。
横から来る日の光を浴びて、彼女の髪が美しく輝いているのを後ろから見ていたら、俺の席の下から少女がひょっこり現れた。
最初の日に俺のいる机の下に潜り込んできた少女である。
「何して遊ぶ~。お兄ちゃん。何がいい?」
「ロ、ロゼ? まだ朝だよ。遊ぶのには早いよ」
「ええ、遊びたい。遊びたい! 今からでも遊びたいぃ」
「そ、そっか。じゃあいいよ。なんでもいいから。君の好きな遊びでいいよ!」
いつも元気な8歳の少女ロゼは、どうやら俺にかなり懐いているみたいだ。
以前から懐いているようでさ。
きっとこの子のことをアルトゥールさんは可愛がったんじゃないんだろうか。
と思って、俺はこの子を優しく見つめていた。
「じゃあ、エルントがいいんだ。持ってきてるし」
「いいよ。じゃあ、準備して」
「うん」
元気よく返事をした。
エルントは、この世界のボードゲームである。
これは前の世界で言うリバーシだ。
違う点は、白黒じゃなくて、赤と青になっているだけである。
この世界に、他にも種類の違うボードゲームはあるけどさ。
将棋や囲碁やチェスのようなものがないんだ。
やっぱりああいう戦略が必要なものが徹底的にない気がする。
なんか変だ?
まあ、余談だけどさ。
この世界、こんなに高度な技術があるのに、TVゲームもないんだけど。
誰か作ってよ。俺やりたいからさ。
特に戦国系のSLGね。RTSでもいいけど。
ああでも牧場系でのんびりもしたいな。
いや、この際RPGでも何でもいいや。
心の中がTVゲームをやりたいという思いで溢れすぎて、俺は盤面のエルントのことを何も考えてなかった。
下を見ると、盤上ロゼとの戦いに圧勝していたのである。
自分でも思う。子供に容赦がないぞ!
俺って、なんだかんだ言って、ゲームで負けるのが嫌いみたいだ!
ロゼは、負けている盤面を見つめて涙目になっていた。
「お、おにぃちゃん強い。強いよぉぉおぉおおおおぉぉおお・・・」
「ごめんよ、ごめん。泣かないで。ね! ね!」
最後、泣かれてから気づいた。
負ければ良かった。
気づかれないように上手く手加減すれば・・・、俺、失敗したよ。
彼女を宥めながらそう思った。
「お、おにいちゃん。お昼の休み時間も遊んでくれるぅ?」
「遊ぶ、遊ぶ。……遊ぶから泣かないで。ね。ね」
女の子に泣かれるのが一番つらい。
俺はたじたじだった。
「わーい。・・・・なら学校行ってくる」
え!?
さっきまで泣いていた彼女が、ケロっと元気になって、ルンルン気分で学校に行った。
あれ!? 嘘泣き!?
マジか?
女性は恐ろしい……。
それに俺は女性にとても弱かったようです。
薄々自分でも気づいていたけど。
お昼。
孤児院全体が和やかな雰囲気に包まれていた。
子供たちが学校の休憩時間となり、多くの子供らは校庭か、礼拝堂近くの庭で遊んでいた。
外で遊ぶ子供たちが多い中。
俺は再戦の約束をしていたので、ロゼがいるであろう礼拝堂の中に向かっていた。
入り口付近で俺は準備して。
ロゼに「ロゼ! 待ったか~い」なんて言おうと手を振る瞬間。
爆音が辺りに響いた。
瞬間的な出来事だったから、俺も何が起こったのか分からなかった。
その爆音から来る衝撃波が体を揺らして、足が踏ん張れない。
立っていられないほどの衝撃は、まるで巨大地震のようだった。
「な、何が起こってるんだ。ロゼは大丈夫か!? 建物の中に入るしかないな・・」
ロゼが心配で急ぎ教会に入る。
だが、教会内に入っても爆音だけは凄まじく、周りの音が聞こえない。
大声で彼女の名を呼んでも、誰か!と呼んでも、誰からの返事も聞こえないんだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――
この時。
孤児院は襲撃を受けていた。
超小型宙空機3機が突如として上空に出現。
それと同時に6発のミサイル弾がこの孤児院に向かって撃ち込まれていた。
礼拝堂。校庭。学校。宿泊施設。体育館。
これらが同時に攻撃されていて、次のミサイルの準備がされると同時に攻撃は続く。
―――――――――――――――――――――――――――――――
外を見て爆撃だと気づいた俺。
音が響く中でも、ここにいるはずのロゼの名を呼び続けた。
崩れ落ちる天井や壁の中、懸命に叫ぶ。
「ロゼ!! ロゼ!!!」
永遠に続くのかと思う砲撃のせいで、俺が歩く地面が揺らぐ。
まともに歩くこともままならない。
だけど、俺にとっては彼女の安否だけが心配だ。
とにかく叫び続けた。
でも彼女からの返事がない。
俺と彼女がいつも遊んでいた場所。
東の長椅子に向かう。
そこならきっと彼女が待っていただろうと思い。
何とかしてそこに辿り着くと・・・・・。
俺は絶望した。
ロゼが椅子と壁に押し倒されてぐったりしている。
いつもなら柔らかな笑顔をしているはずの顔色がとても悪い。
ほぼ意識もなく、呼吸が浅いんだ。
それに右腕が変色していて紫色になって大きく腫れていた。
医療知識のない俺でもわかる。
これは重傷だ。
いや、重体に近いかもしれない。
助かるかどうかも分からないほどの怪我だ。
「そんな、馬鹿な・・・・ロゼ・・・ロゼ!」
俺は、彼女に声を掛けた。
でも返事をしてくれない。
それなのに、外だけはうるさい。
砲撃の雨は降り注いでいた。
気落ちしているところに声が聞こえた。
教会の奥の部屋から子供を抱えてきたオリヴァーのものだ。
「子供たちは大丈夫か? アル、フレン、いるか? 誰か、いるか!!!」
そして反対側の部屋から声が。
「あたしはいるぞ。でもここには子供が少ねぇ。多分大半が外にいっちまってるぜ。上にいるミサイル撃ち込んできている奴らめ、どちくしょーが」
フレンが瓦礫をどけながら出てきた。
「すまない。二人とも来てくれないか」
俺は声が震えながらも大声で二人を呼んだ。
フレンは右手に子供を抱えて近づいてきた。
ロゼを見て、フレンの表情は一気に青くなっていく。
「ちっ。クソ。この子を早く治療をしてやんねぇと。このまま放置すれば、手を切り落とさなきゃいけなくなるぞ。それに治療自体が遅れちまうと、死んでしまうかもしれん。急ぎてぇのに、あいつら。なりふり構わずミサイル撃ってきやがって。糞が!」
フレンは戦闘部隊専用の衛生兵なのだ。
的確な判断で診断をしてくれたのだが、医療設備がない現状と、未だに砲撃してくる敵に苛立っていた。
右手に持っていた子供を俺に預けてフレンは冷静な判断と応急処置をロゼにした。
「大丈夫か二人とも。くそまだ撃ち込んでくるのか。爆発がすげぇな」
オリヴァーも子供一人を抱えて、歩ける子供三人を上手く誘導しながら、俺の所に来た。
「他の子供たちは?」
俺は聞いた。
だけどオリヴァーの顔は難しい顔だった。
「アル、気にすんな。お前はこういうのに慣れてねぇ。外は見るな」
「…え?」
最初俺にはオリヴァーの言っている意味がわからなかった。
でもだんだん分かって来た。
つい気になって外の景色を見てしまったんだ。
そしたら俺は、悲しむどころか、もうこの世の終わりのように感じた。
礼拝堂の外が地獄の景色に変わっていたんだ。
ここが生き地獄なんだと思った。
それくらいめちゃくちゃになっていたんだ。
そうだ。そうなんだ。
外には子供たちが多く遊んでいたんだ。
その子たちがいない。
跡形もなくだ。
陥没した校庭の地面。礼拝堂の庭にあった花や外灯。
それらがもう粉々になっている。
倒れている人間もただの怪我などではなく。
もう生きてはいけないことが一目見て分ってしまった。
しかもそこに次々と雨のようにミサイルが撃ち込まれていく。
今すぐにでも俺が救助したくても、ミサイルでの破壊活動が終わらない。
さっきまで子供たちは一緒に遊んでいただろうに。
俺は今日まで子供たちと遊んでいたのに。
突然命を奪われるなんて。
俺はその光景をただ見ることしかできなかったんだ。
俺は言葉にできないものが溢れて、押し寄せてきて、何かわからないものを吐いた。
五臓六腑に何も入っていないのにも関わらず、わけもわからないものを吐いたんだ。
恐怖と混乱と絶望が俺の心を襲い苦しめた。
俺はもうどうしたら・・・。
「アル、すまんな。本当はお前をこういうところから引き離して、無理すんなとは言いたい。……だが、今だけはちょっと無理をしてくれ。頼む。ここは大人がしっかりして、残りの子供たちを無事に、何とかここから脱出せねばならんのだ。気を張ってくれ、意識を保ってくれ。この場を乗り切る間だけでもいいんだ。あとは俺とフレンに任せてくれ」
オリヴァーの優しい励ましが聞こえた。
そうだ。俺はもう子供でいてはいけないんだ。
アルトゥールさんなんだ。
大人なんだ。
俺が歯を食いしばって立ち上がると。
礼拝堂の奥の秘密の通路の入り口にいる院長が声を掛けてきた。
「こ、こちらに。・・・・皆さん。こちらです。皆さん、こちらに来てください」
院長は礼拝堂にたまたま居たらしく、生きている者を誘導していた。
俺は勇気を振り絞って行動に出る。
ロゼをフレンに託して俺は、ほかの子の手を引いた。
院長が誘導する場所へと向かう。
「こちらの地下室に」
「なるほど。地下道とかってありましたっけ?」
「いえ、ないですね。でもここは、やり過ごすしかないでしょう」
「まあ、ここよりはましですね。行きましょう」
オリヴァーと院長が冷静に会話した後、地下室に入る。
その場には30名くらいの子供がいた。
皆恐怖で体が縮こまっていた。
「ち、設備がなくても、道具が欲しいな。何とかこの子を助けたい。何かないのか院長」
「・・ハサミと包帯くらいしかないです」
「いい。それをくれ。急いでくれ」
地下室に到着早々、フレンは冷静にロゼを診察した。
的確に体に包帯を巻く。
まだ安心ではないが、一息ついた俺は、この現状に絶望した。
怒りと悲しみが胸の中に渦巻き、どこに吐き出していいのかわからない。
手の甲が血で滲んだ。
強く手を合わせていたから爪が突き刺さっていた。
深いため息が飛び出て、壁にもたれかかると俺の右耳が光りだした。
イヤリングから、軽快な声が聞こえてくる。
「調子悪いんかな? あれ。どうなってんの? お~い。生きておられまっか~。大丈夫だったら返事してちょ。アルトゥールさん改め、新は~~~~ん」
本当の俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます