第25話 アルトゥールの親友
今日は・・・真っ暗だ。
いや、別に部屋が真っ暗とかではなく、俺の心が真っ暗なのだ。
院長さんにあてがわれた部屋の片隅に俺は正座をしている。
目の前にいるのは、椅子に座るオリヴァーと壁にもたれかかっているフレンだ。
二人は俺のことを怪しんでいる。
とてもじゃないが、俺がアルトゥールさんじゃないことを隠しきれるような雰囲気じゃない。
息をするのも重い。
そんな雰囲気である。
「お前。ホントにアルなのか? 疲れているにしても様子が違うんだよ。まるで別人のようなんだぜ」
オリヴァーからの最初の一言は、いきなりの核心から。
先制パンチにしては、俺の心にクリーンヒットだ。
覚悟していないわけじゃなかったけど、あらためて言われると緊張が走る。
滝のように汗が流れてきた。
「い、いや。最近、頭を打ってね。言動がおかしくなっているようなんだ。部下にも言われてね。はははは」
精一杯のごまかしを披露した。
オリヴァーはそうかと言ってくれているが、納得したような顔はしてない。
でもそれ以上は何も言って来なかったが、フレンが俺に絶望を与えてきた。
目の前が暗転する。
「いや、たとえ頭を打って様子が変わったとしてもよ。お前から……怪物の匂いがしねぇんだ。お前、普通の奴すぎるぜ。アルのよぉ。あの目つきがねぇ。心の底から来る憎悪にも似たような鋭い眼だ。ここではない。どこか別の場所にいるかのような表情もしてねぇ。お前からあの憎しみと悲しみを感じられねぇんだよ。それはもう別人と言っていいだろ」
当り前だろうが。
俺はアルトゥールさんじゃないんだ!
ど、どうしよう。
この人たちは完全に俺がアルトゥールさんじゃないって分かってるよな。
どう言い訳しても騙せそうにないぞ。
俺なんかでは、本物のアルトゥールさんの友達を騙せるわけがない。
これは・・・・もう。
俺は下を向いたまま黙った。
二人は微動だにしない俺を見ても何も言わずにいる。
俺が話すのをじっと待っているのだ。
俺の沈黙は5分、10分と続き。
同じように部屋も沈黙し続けた。
しーんとする部屋。
俺の心臓の鼓動が聞こえてきそうだ。
とても大きく鼓動しているような気がした。
「あ、あのですね」
耐えきれない。もう無理だ。
だから、俺は決意した。
「お二人には、本当に申し訳ないのですが。信じてもらえるか分からないんですけど、俺はアルトゥールさんじゃないんです……騙すつもりは一切ありません。本当は、俺だって意味も分からず、突然アルトゥールさんになっちゃってるんですよ……俺の本当の名前は、
俺は二人を見ることが出来ずに地面に向かって話した。
一生懸命、土下座したんだ。
俺の言葉を聞いても、二人は何も話さなかった。
頭を下げたままだから様子は見えないが、何を言っているんだと思っているだろう。
心配になってくれたのかオリヴァーが近づいてきて、俺の肩を触った。
「おいおい、アルどうしたんだよ。大丈夫か!?」
「アルトゥールさんじゃないんです。すみません。すみません・・・」
とにかく謝る。
誠心誠意にだ。
「何言ってんだ、てめえ。すみませんなんて、お前が言うわけないだろ。おい、何ふざけてんだよ」
「フレン。まぁ、待て、まだ彼から話を聞いていない」
フレンは激怒したが、オリヴァーは至って冷静だった。
俺の事を彼と言った。
だからアルトゥールさんじゃなくて、俺の話を聞こうとしてくれているんだと思った。
俺は、オリヴァーのことを見つめて話した。
「お。俺、この世界とは違う。別の世界の日本というところで死んだんです。そして、気が付いたら、いつの間にかアルトゥールさんになっていたんです」
何言ってんだって顔を二人がしているはずだ。
当然だ。でも俺も何言ってんだって思ってるんだもん。
それになんで、アルトゥールさんになってるかも分からないんだよ。
「……それでですね。実は、アルトゥールさんはどうやら不治の病にかかっていたらしいんです。それが原因で、あの戦争前で亡くなったようなんです……その死んだタイミングで俺と入れ替わった…と思うんですよ。こ、これを見てもらえれば、お二人もわかると思います」
俺は顔を上げて、アルトゥールさんの日誌を取り出した。
お守り代わりにして、勇気をもらっていた物を二人に提出した。
彼らがその日誌のページをめくっていくと、二人とも顔が青白くなっていき。
最後のページを見た時にはもうオリヴァーの目からも涙がこぼれていた。
フレンは立ち上がって鬼のような形相で俺の方に向かってきた。
「ふっ・ざけんな・・返せ。お前・・・・お前は、アルじゃないんだろ。アルに体を返せよ・・・・かえ・・せ・・よ・・」
彼女は泣きながら俺の胸ぐらを掴んだ。
でも殴っては来ない。
俺のせいじゃないことを心のどこかで気付いているんだ。
だから、その力の矛先をどこにぶつければいいのか分からない。
そんな表情と手の動きだった。
その悲痛な顔を眺めるしかない俺は、言葉を選んで答えた。
「す、すみません。お返ししたくても、俺だってどうしたらいいのかわからないんです」
「ほ、本当にアルじゃないんだ……アルはそんな話し方しねぇもんな。くっ・・くそ」
オリヴァーは額に手を当てて悩みながら苦しさでもがいていた。
「返せ。いいから返せよ。てめえ。はやく!」
駄々っ子のようにフレンは話す。
「俺たちは、子供じゃないんだ。やめろフレン。その子に当たるんじゃない! いい加減にしろ」
オリヴァーは冷静にもフレンを諫めて、君だって悲しいはずなのに、俺に気を使ってくれた。
フレンを引き離したオリヴァーは、「俯かなくていい顔を上げてくれ」と俺に指示を出してくれた。
俺に落ち着いてくれと、ハンカチまで手渡してくれたんだ。
どんなに辛くても気を回すことが出来る男の人のようだ。
「君はアルじゃなく、
「そうです。偵察任務以降の行動は全て俺になります」
「……な!? き、君があの凄まじい戦果を挙げたのか。とんでもない子だな」
「いやアルだろ。アルにしかできねぇよ」
目の周りを真っ赤にしながら拗ねているフレンが部屋の隅で言った。
「・・・いや。この子にしかできないと思う。あの戦争・・・・俺でも見たことがない配置で敵に突っ込んでいるだぞ。しかも二回だ。アルでは、あんなことは思いつかないし、あいつでも実行しようなんてと思わんと思う……そういえば別な世界から来たって言ってたね」
「はい。俺は、地球と言う惑星の日本と言う場所で育ちました……戦争の時のあの配置は、俺の世界では陣形と呼んでいます……俺の世界の歴史の戦術家が編み出した戦法を参考に、俺が宇宙用に改造して戦争で試しただけなんです。上手くいったのはたまたまですが」
「地球? 聞いたことがないな」
「ですよね。俺、この世界を調べた時にこの世界の特有の戦術がない事に驚いたんですよ。歴史があるってことは、そういうものが発展すると思ったんですけど。……資料や本を何冊か読んでもそういった類の物が出てこなかったんです……こちらの世界は、俺の世界よりもはるかに高度な文明なのに戦術と戦略がない。だから俺はそれを逆手に取って、自分の世界の戦法を使って、あの相手との引き分けに持ち込めた。ただそれだけなんですよ。もし俺の世界で今の戦術を使えば、簡単に打ち破られるものばかりの初歩の戦法だと思いますし」
「そ、そうなのか。あれが初歩なのか・・・」
オリヴァーは戸惑っていた。
「はい。……ここからは俺の予想なんですけど、これだけ長く戦っていれば、せめて戦術だけでも発展するはずなんです。敵を倒すのには、どう味方と敵を動かすのかの研究がされていくはずなんです。なのにこの世界の人たちは正面で殴り合っているだけなんですよ。これは異常だと思います。たぶんこの世界の人は、性能で戦おうとしてませんか? 物の性能で戦争をです」
「なるほど。そういう考えは確かにあるな。俺たちの研究施設も無数に別れているからな。というか。君はなんで、そんなに戦争に詳しいんだ。まだ若いんだろ。俺たちよりもさ」
「はい。本当の俺は17です。でも俺の世界の人たちは戦いの歴史を残してくれています。その歴史の中に数々の戦略と戦術が記されていて、俺はそれを読むのが好きだったんです。指揮ができたのは、たぶんゲームをしていたからだと思います。ゲームというのは、こちらのシミュレートとほぼ同じような物ですね。それの中に模擬戦みたいな疑似体験出来るようなものがあるんです」
「…そ、そんなことで、出来るようになるものなのか。いきなり実践での本番になるんだぞ」
「それは怖かったですよ、当然震えましたよ。でも、俺が・・・・俺がやらなきゃいけないんだって、心を奮い立たせたんですよ。怖いけど……この日誌を読んでからずっとアルトゥールさんの気持ちを考えて。・・・・アルトゥールさんが大切にしている周りの人たちが死なせないように、必死になって勉強して・・・誰も知らないし、ここがどこかもわからないし・・・でも。でも・・・」
俺は自然と泣いていた。
今まで誰にも言えない気持ちを言いたくなってしまった。
優しいオリヴァーに甘えたんだ。
止めどなく溢れるように言葉が出ていた。
「でもアルトゥールさんの方がきっと辛かったんだと思って・・・アルトゥールさんの分もがんば・・・・ら・・」
涙を拭っても拭っても止まらなくなり、ついには話を続けられなくなった。
でも、全て本心だ。
俺はアルトゥールさんを尊敬している。
俺は、アルトゥールの為にも自分のために共に生きたいと願っているんだ。
「す、すまない。俺が君を問い詰める形になってすまなかった。そうだ。君だってつらいはずなのにさ。こんなところに来てるんだもんな……そうか、そうだよな。俺たちの親友だったアルが……そうなんだよ。俺たちはいないことを受け入れなければいけないんだ」
オリヴァーは、穏やかな表情で目に涙をためながら優しい声で俺を慰めてくれた。
部屋の隅に座っているフレンは顔を伏せっていじけるように泣いているけど。
彼だけは俺の肩に手を置いてくれている。
ここにいる全員が泣いているという変な空間になった。
フレンのすすり泣く声が聞こえる中、冷静になった俺とオリヴァーが話し合う。
「俺はどうすればいいんでしょうか? やはりこのまま少佐として戦い抜くしかないですよね?」
「そうだな。君はもうアルとしてしか生きる道がないだろう……それにあの戦果では、上層部が軍を降りることを許可しないだろうな。退役なんてさせてくれないだろうし・・」
「はい。それは俺も思ってました。あの式典で大々的なアピールに使われましたし、それにあの人がいる限り、たぶん俺は戦わなくてはならないと思います」
「あの人?」
「はい。帝国上級大将のエデル・フォン・ポイニクス。たぶんあの人だけはこの世界で唯一の戦術家です。このまま行けば、俺はもう一度あの人と戦わないといけないと思います………彼が連邦にとっての最大の敵、それにもし、アルトゥールさんが生きていたら、あの人と戦っているはずです・・・それなら、アルトゥールさんの代わりに俺が戦わなくてはならないはずです。アルトゥールさんと共に生きる俺が!」
俺の目は燃えていると思う。
最大の好敵手がすぐそこにいるんだ。
立ち止まるわけにはいかない。
必ず再戦するであろう男を前にして、俺は逃げるわけにはいかない。
だって、アルトゥールさんが逃げる男じゃないからだ。
彼なら真っ向勝負を挑むはずなんだ!
「君は凄いな。その心の強さはどこから来るんだ。知らない場所で知らない人間になったのに知らない死んだ人間の為に戦うなんて。俺はもう凄いしか言えないぞ」
オリヴァーは俺の言葉に感銘を受けたらしい。
突然だけど軽く拍手して讃えてくれた。
「俺は本当にアルトゥールさんを尊敬してるんです。だから前を向いて生きていこうと頑張るのみなんです」
「フン、お前ごときがアルになれるわけないだろ」
さっきまで伏せっていたフレンが話しかけてきた。
「はい。そこなんですよ。俺は、決してアルトゥールさんになる訳じゃないんです……俺は、アルトゥールさんと共に生きるんです。俺自身と彼の為に!」
オリヴァーはその言葉を聞いて、泣いてくれたのか、右手で頬を拭っていた。
「…そうだ。そうだよな。君は真の強者だ。それこそ、アルみたいだ・・・・よし、俺は君を手伝うよ。俺にどうか補佐をさせてほしい。君の事情を知っている者が君のそばに必要なはずだ。今後は君じゃなくアルで行くけどね」
「あ。ありがとうございます。俺、頑張ります」
俺はオリヴァーに深く感謝して頭を下げた。
「アタシは協力しないからな。でも邪魔はしない。お前の事情は黙ってる」
ぼそぼそと言ったフレンは横を向きながら、不貞腐れた表情をした。
「フレン。俺たちはもう子供じゃないんだと言っただろ。お前この子よりも子供だぞ。いかに悲しくとも、しっかりしろ。前を向くしかないんだよ・・・・それじゃ明日に備えて寝よう。君に少しこっちの事情を詳しく教えてやらんとな。明日から教えてあげよう」
「あ、ありがとうございます」
俺は少しだけ気が楽になったんだ。
この世界に来て、初めて本音を誰かに言えたんだ。
それがいかに大きいことだったか。
大きな肩の荷が下りた。そんな気がしたんだ。
坂巻新は理解者を得て、ここから頑張るとアルトゥールさんに誓います。
俺は必ずあなたと共に、あなたの大切な友と共に。
この世界を生き抜いて見せますよ。
アルトゥールさん。見ててください!
――――あとがき――――
理解者を得て、さらに頑張っていける主人公のお話になっていきます。
前向き。元気。なのにコミュ障のアルトゥールをよろしくお願いします。
気軽に感想も待ってます~^^
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