第17話 デルタアングル宙域戦争 裏

 エデル・フォン・ポイニクス


 神聖フロリアン帝国上級大将である。

 帝国一の戦闘能力を誇る艦隊を持つためか、他の貴族軍を侮っている傾向がたびたび見られていた。

 そして、彼は貴族らの行動や思想すらも気に入らないのである。

 貴族らに実力があるならまだ許せる。

 だが、実力もないのに自分に偉そうに命令してくる奴らを今すぐにでも処していきたいとさえ思っているのだ。

 こんな考えである彼のことを傲慢に思う者もいるかもしれないが、実は決して傲慢な男ではないのだ。

 自信過剰ではあるのだが・・・。


 

 『奴ら貴族共の考えは浅い。

  いつも戦闘は正面から殴ればよいと思っているのだからな。

  まぁ、それは向こうの銀河連邦も同じだがな。ははははは』


 デルタアングル宙域で準備していたエデルは、そう思っていた。


 

 彼は此度の戦争に際して、戦う前から先手を打っていた。

 エデルは基本戦術に籠星をしない選択を取った。

 それは、様々な考えを張り巡らせた結果である。

 

 惑星の防御システムで籠星した場合。

 最短で3か月もの長期の戦闘になってしまうことが分かった。

 それでは、あまりにも時間がかかるし、経済的にも人的資源にも非常に効率が悪いと判断したので、エデルは、早期決着を目指すために別な案を思案したのだ。


 悩んだ結果。

 デルタアングル宙域にて、野戦を選択。

 最後に決め手となったものとは。

 エデル専属の技術研究の博士ナルビット・アズマによって作られた盗聴器システムの完成である。

 通信傍受に使用するのは粒子システムである。

 特殊な粒子を散布して、その領域内の音声通話を簡易的に傍受するという画期的なものであった。

 これを利用するために、彼はデルタアングル宙域にステルス機を用意。

 次にその場に通信傍受システムを頒布する。

 

 だから、彼は、ステルス機を前もって用意して配置していたのだが。

 通信傍受の粒子を散布しようとした日に、なぜか、連邦軍の偵察機に見つかり破壊されてしまった。

 急ぎ帝国軍の偵察機で救助、応援に駆け付けようとしたのだが、ステルス機が破壊されていてもどうやら粒子が頒布されたらしく、そのまま現場で実験をして、動作確認をした結果良好と出たので、戦闘もせずに偵察機を帰投させたのである。

 これでほぼエデルは勝ちを確信していた。



 ◇ 


 デルタアングル宙域戦争が開戦。


 「我が艦隊の総司令はスタンがやってくれ。私の右腕たるお前なら余裕を持って敵を倒すことができるであろう」

 

 スタンは身長が190cmの巨体に似合わぬ、優しい顔つきをした好青年である。

 エデルが軍士官学校時代からの友で、優秀さは彼の次である。

  

 「はっ。エデル様に代わり私が陣頭指揮をとらせていただきます。それでは全軍防御態勢をしっかり整え、相手連邦軍を待ち構えなさい。左右の軍のみで応戦します。中央軍は挟撃に備え待機してください」


 帝国全体の規律性はすさまじく、瞬く間に隊列を整え連邦軍を待ち構えた。

 しかし、その中で左翼だけは反応が悪かった。

 それは、帝国の貴族共がどうしても入れろと言った大将でハルマーと言う男が担当していたからだった。

  

 『つまらん戦争なのだよ――どうせ我が軍の圧勝だ。

  左右の軍が押し返し、最後に中央軍で挟撃して完全封鎖で終了なのだ。

  あらかじめ、自爆用のステルス機を用意しておいたが。

  あれを使うほど、こちらが追いつめられるとは思えんわ。

  元老院の馬鹿どもも、どうせ2万対3万3千では勝てんとか思っているのだろう。

  余裕なのだよ。2万で十分だから承諾したのだ。アホどもめ』


 「そのまま左右が持ちこたえなさい。左翼あと30分はそのままです。そこから次は盗聴が可能になります。右翼は数が足りません。ですから相手の攻撃をいなし続けなさい」


 凛とした声で、スタンが的確な指示を飛ばしている。

 隣に座っているエデルは満足げな顔をして彼の声に耳を傾けていた。


 「30分が経ちました。博士どうなっていますか?」

 「準備ええぞ。スタン殿」

 「ではお願いします」


 帝国軍左翼と相対している連邦軍右翼の音声通信が聞こえてくる


 「右側を押せ、うぉおおおおお、いけえええええええええ。トリスタン軍の力を見せろぉぉぉおおおおおおお」


 エデルの艦全体を圧迫するほどの音圧だった。

 トリスタンの声だけは相手を威圧できていた。

 耳を塞ぐエデルたちは、トリスタンの声の凄さを知る。


 『何だこの男の声は大きすぎる。

  それに指示も雑だ。マヌケめ。

  連邦軍も阿呆しかおらんな』


 エデルは耳を塞ぎながら、そんなことを思っていた。


 「よし、罠に掛けなさい。指示を逆手にとって死角からビーム砲を一斉射撃します」


 帝国軍の左翼の攻撃は小気味よく左右に動き、連邦軍の死角を常に突いた。

 相手が左を向けば右側から、相手が引けば押していく。

 そうすることで圧倒的優位を保ち続け、ほぼ左翼の戦場を支配しつつあった。

 連邦右翼援軍すらも破壊し、徐々に帝国に勝利の二文字が浮かび上がっていく。


 しかし、エデルはその圧勝劇を見ても左翼の動きが甘いと思っていた。

 私の部下があそこの大将であれば、もっと壊滅までの時間を短縮できるのにと歯がゆい思いをしていたのだ。

 

 そして……異変が起きた。

 連邦軍中央から千隻が右翼の方に動き、帝国軍左翼に向かって飛び込んできた。

 しかしそれ自体はおかしくない。

 なぜなら先ほども、中央軍が突撃してきたからだ。

 これも難なく粉砕できるだろうと思ったところだが。

 エデルは驚愕する。

 その艦隊の配置が魔訶不思議で、見たこともない方法で進軍してくる艦隊だったのだ。


 「スタン。あ、あれは何だ。分かるか」

 

 エデルは座っていた椅子から立ち上がり、モニターパネルを確認した。

 彼の興味はもはや戦場にはなく、あの不思議な配列の艦隊にだけ集中してしまったほどである。

 それほど衝撃を受けていた。


 「いえ分かりかねます。複雑な配置です。エデル様」


 冷静なスタンも困惑の表情でいた。

 普段の声とは思えないほど驚きに満ちていた。

 そして、敵の艦長らしい人物の音声が帝国軍に入ってきた。

 

 「大佐。これより、我が部隊が前に出るので、大佐はやや後方に下がって、我々を見守っていただきたい。そして、その間で負傷艦隊の全てを回復させてください」


 敵の冷静で的確な指示にエデルは感心していた。

 声に頷き、目を瞑る。


 「こちらの有利は変わりません、攻撃し続けなさい。音声は傍受できています」


 スタンは、ここで定石の攻撃で軍を展開させていた。

 

 『そのとおりなのだ。スタンよ。お前は素晴らしい。

  だがしかし、この男にそれが通用するのだろうか』


 我先にと帝国軍数隻が連邦軍に突撃を開始してしまう。

 さすがのエデルもそこに驚いた。

 規律の高いはずの我が艦隊がと心の中で思っただろうがあそこにいるのは貴族らの大将だ。

 戦果が欲しい輩があの中にいるのかだろう。

 エデルは苦虫を噛むような顔をして、頬杖をした。

 

 その先走った数隻があの奇妙な配置の軍に吸い込まれていく。

 そしてV字になってる、中間地に帝国軍が入り込むと集中砲火を浴び、瞬く間に数隻が消滅していった。


 『う、美しい。統率された左右の動き、一分の無駄も隙もない攻撃。

  敵ながらあっぱれである』


 「ん、ならば、左側からあの奇妙な配置の軍の側面に向けて突撃しなさい」


 スタンは新たな指示を出した。

 帝国軍は左から突撃を開始した直後、まるで示し合わせたように向こうの軍が、音声を使わずに左へ移動し始めた。

 

 「なにぃ、音声を使っていないのに全艦隊が移動をしたぞ」


 エデルは声に出して驚き、スタンは無言で驚いていた。

 しかし相対している敵の声は聞こえるのである。

 

 「ビーム砲放て」


 アルトゥールの声がエデルに聞こえる。


 『まさか、こちらの意図を知っているのか。

  いや、この傍受システムは帝国でも私たちのみが知っていること。

  ならばこの男は!?』


 帝国軍が次々に突撃していっても見事に撃破され続けている。

 エデルはその光景を少しだけ見つめて、すぐに指示を出した。


 「スタンやめさせよ。このままでは損耗するだけだ」

 「はっ、エデル様。全艦隊攻撃中止。一時休戦、後退します」


 悔しいがこのままでは無駄に散らせるだけとエデルは、スタンに手を振って諦めよと合図した。


 『おそらくこの男、文書で移動させておったな。

  なんという用心深さなのだ、艦隊の長として素晴らしい。

  敵にしておくのは本当に惜しい男だ。

  しかしここで殺すことになるとはな。

  例の爆撃で形勢は圧倒的に我が軍が有利になるはずだ。

  しかしステルス爆撃を用意しておいてよかったのだよ。

  最初は使わんとも思っていたからな』

 



 両軍が一時撤退。

 戦場を設定し直す動きを見せるのかと思わせて、エデルの作戦は始まっていた。

 デルタンアングル宙域奥に連邦が陣を取った瞬間。


 「スタン。ではやれ」

 「はっ。ステルス機の爆発スイッチを押せ」


 敵軍の後方が大爆発。

 これで勝利は、帝国のものだとこの時は誰もが思っていた。


 「スタン指示を」

 「はっ、エデル様。では行きます。帝国軍全艦隊聞きなさい。勝利はもう目の前まで来ています。確実にじっくりと仕留めます。それでは全軍左右から包み込むように進軍。全艦隊出撃です」


 スタンの指示通り。

 帝国軍は連邦軍を包み込むように進軍。

 連邦軍は先程の爆発で混乱状態になっているのが、帝国の一般兵にも手に取るように分かっていた。

 勢いづく帝国軍は、どんどん連邦軍を、デルタアングル宙域西側へと押し込み、後ろの方の艦隊はデルタアングル宙域の狭さに苦戦する。

 逃げられないとして渋滞が起きた。

 後は、戦意喪失した艦を殲滅するだけであった。

 

 「もう勝ったなスタンよ。帝国の勝利は、我がしゅ・・・・ちゅ」


 ここで、エデルは気づいた。

 連邦軍中央から奇怪な形で突撃してくる艦隊を発見したのである。

 見たこともない配置で突撃してくるのだ。

 

 「な・・・何なのだ。あのような形で我が軍に突撃してくるのか。我が軍に単騎で。ハハハハ、いや……素晴らしいぞ。おそらくあの男だ。フフフフフ、ハハハハ・・・・これは面白い、見物だぞ」

 

 エデルは心の底から楽しんでいた。

 勝利が決まっている退屈な戦場に一つの面白いことが起きた。

 今までの自分の常識を超える戦略。

 自分と似たような思考。

 あらゆる工夫を凝らしてくる才気。

 そして、この圧倒的不利な中でも諦めない、勇気ある突撃。

 エデルの心をここまで高ぶらせた男はいない。


 「この男こそ、私を・・・この乾いた心を満たす宿敵であるぞ! なあスタン!」


 スタンは微笑んでいたが、他の兵士たちは迷惑そうな顔をした。

 エデルは自分の艦隊の一番薄い所を目掛けて敵が入ってくるのが分かった。

 それを見たエデルは、まさしく自分と同じ考えを持っている。

 自分と同格であると納得して頷いた。

 ならばと、エデルが指示を出す。

 

 「あの艦隊に、精密斉射しろ」

 「だめです。エデル様。このまま控えている部隊も射撃してしまうと前面に出ている艦に当たってしまいます。ですから敵と接敵している前面の部隊しか射撃できません」

 「くっ仕方ないか。スタンの言うとおりだ。そのままの布陣でいろ」


 高揚感に包まれすぎて、エデルは珍しく判断を間違えた。

 だが、そんな軽い攻撃では連邦艦隊の勢いを完全に消すことは出来ない。

 敵の勢いは全く衰える気配がないのである。

 

 帝国軍の攻撃は、連邦艦隊の数十、いや数百隻の艦を沈めるだけで終わってしまった。

 勇気ある者の艦隊が帝国軍の艦隊列を抜けていった。


 「なす術もなく我が艦隊が突破されたか・・・・」


 残念がるエデルの元に、スタンが何かに気づいた。

 

 「エ、エデル様。何か来ます」

 「…なに!?」


 スタンの声が響く。

 突然、戦場が光に包まれた。

 エデルもスタンも帝国軍の兵士たちも、全員が目をやられたようで。

 エデルの艦を含め、帝国軍全体の動きが止まった。


 『ま……眩しい

  これは閃光弾か。なんてタイミングだ。

  閃光弾など、艦隊戦で使うのか!?

  しかしこのタイミングでは、最も効果的だぞ。

  視力が元に戻るのに時間がかかってしまうわ。

  これすら考え抜かれた敵陣突破か、ならば奴の目的は攻撃ではない。

  我らの後方で陣形を整える事だな!?』


 彼らが瞳をゆっくりと開け、次第に白い世界から色のある世界に切り替わる。

 視力が戻ると、エデルの予想通りに後方に連邦軍が出現していた。


 「エ、エデル様。後方に艦隊が並んでいます。それも陣を敷き始めています」


 そのたった数分で、帝国軍右翼後方に艦隊が挟撃の体制を作り上げていた。

 驚愕した帝国軍は、目の前の少将の連邦軍への攻撃の手が緩んだ。


 『この一連の流れ、おそらくあの男が思い描いた通りなのだろう。

  そして何より、待ち構えているだけで、攻撃をしてこない。

  そうか。そういうことか、わかった』

 

 「スタン。撤退しろ。全軍、後ろの雑魚艦隊の攻撃をいなせ。我が艦隊の後方に出てきた艦隊には攻撃するな。そして、我が軍の左後方から徐々に撤退を開始せよ。相手がそちらを空けている」

 「て、撤退でよろしいのでしょうか?」

 「いい! 撤退だ。マーカス。奴の名は?」


 エデルは通信指令のマーカスに調べさせていた。


 「はい。調べました。旗艦アーヴァデルチェのアルトゥール少佐らしいです」

 「・・・アルトゥールか。面白い」


 エデルは撤退を選択し、アルトゥールの信頼に応えてやろうと動く。

 ここで彼は、初めて敵を尊敬したのである。

 それでいずれは再戦するであろう彼に貸しを作ろうと思ったのだ。


 『なんたる男なのだ。

  逆に私を信じているのだ。

  愚将ならばここは攻撃して死力を尽くし戦いをするのだが。

  私ならば必ず撤退をすると、信じている。

  これが戦場の美しさと評しないなんてありえない。

  その慧眼、思慮。何をとっても素晴らしい男よ。

  いずれもう一度会おう。アルトゥール殿』

 

 「スタン。あの素晴らしい男に私の無駄のない美しい撤退を見せつけるのだ。スタンよ、アルトゥール殿に映像を送りたい。フルネームを調べろ。名だけでは失礼に当たる。そしてすぐに映像の準備をしてくれ」

 「はっ、エデル様!」


 『私は予感している。

  あの男こそ、我が生涯で最高の宿敵になることを!』



 


 ―――あとがき―――

 

 読んでいただきありがとうございます。

 こぼれ話です。

 実は、主人公が転生しなければこの戦争で銀河の命運は決まっていました。

 ある意味彼が来たことで銀河は混沌とします。

 次回からはのんびり回に戻ります。

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