第16話 デルタアングル宙域戦争 7
「少佐。前が空きました」
ウーゴ君が叫ぶ。
「わかった。リリーガ。あそこ目掛けていけ!! こじ開けるぞ」
「アイアイサ~~~。ワクワクであります」
凄いねあんた。この状況で楽しいのかい!?
「少佐。両大佐から連絡が」
「なんだ」
「背後に必ずつくから。俺たちに構わずいけだそうです」
「了解。さすが、大佐たちだ」
目の前は敵艦隊。
一つ打ち破ってもまた艦隊はある。
俺たちはこの敵艦隊の波に飲まれずに、濁流を跳ねのけないといけない。
「いけ。目の前の艦隊に集中砲火だ。他の艦隊にも引き続きそれをやらせろ」
「了解。連絡します」
しかし、ここまで俺の艦だけは、不思議と敵のビーム砲に当たらない。
それはなぜかというと。
「少佐。少々無理をするであります!」
「ん? どうしたリリーガ???」
「もっと前進すると、我が艦隊だけが突出してしまうので、今より、横に動きながら真っ直ぐ行くのであります。そうしないと我が艦は先頭を走っているので敵から集中砲火を浴びるであります」
「はい!? どういうことだ。リリーガ・・・・うわっ」
「いくであります! リリーガ流操舵術であります。ほいほい」
リリーガはグルグルとハンドルを回し始めた。
右に左と強引に移動し始めるアーヴァデルチェ。
これのおかげで敵からのビーム砲の直撃を受けなかった。
やや強引だが、効果的な運転方法である。
それと、こんなに蛇行するように運転している癖に、彼女はウーゴ君が指示を出した通りのルートを走っていた。
「マジかよ。この人も天才だ……なんだ、この艦体の人たち・・・やっぱりアルトゥールさんが直接選んだ人たちなのかな。やたらと凄い人たちだぞ」
俺の仲間は、とても優秀な人が多いようだ。
◇
敵艦隊の中心部で俺は祈る。
頼む。
ここを抜ければ俺の作戦は完了なんだ。
あと少しなんだよ。
アルトゥールさん、力を貸してくれ。
神様よりも俺はあなたを信じてますよ。
連絡待ちをしていた俺に、ウーゴ君が振り向いた。
「少佐。もう少しで抜けます……予測は・・・あと十分です」
「そうか。了解だ。イネス。ララーナに繋いでくれ」
「了解です。繋ぎました」
俺は、現在も装備を整備しているララーナに連絡した。
「ララーナ」
「おう。大将」
「例の特殊装備を発射したい。いけるか」
「おう。三分あれば十分だ。そっちの時間は大丈夫か」
「うん。大丈夫。それならいけるよ。ララーナ頼んだ」
「まかせろ! 発射はそっち持ちな。こちらは準備だけ完璧にしておく」
「了解だ。準備出来たらイネスに連絡を」
「わかった」
端的に会話をしてくれるララーナも、非常に優秀な人だよ。
本当にすごい人たちばかりだ。
なんか、この作戦が成功しそうだ。
「少佐。ライデン艦。バルゾイ艦、撃沈・・・ソイナ・・」
イネスから来る連絡は俺たちの艦隊の脱落者たちだ。
すまない。
無茶苦茶な作戦を立ててしまった俺の落ち度だ。
本当にすまない。
でも、この戦。必ず終わらせてみせるから、犠牲は無駄にはしない。
俺の手は震えていた。
知らない人たちだけど、自分の部下が死ぬ。
これは俺の責任でもあるんだ。
もっと俺に力があれば死なせずに済んだかもしれない。
でもここで立ち止まるわけにはいかない。
ここにいる人たちを死なせるわけにはいかないんだ。
「少佐」
「今度はなんだ」
「抜けます。あの艦隊が敵の隊列の最後列です」
「了解だ。よくやったウーゴ。俺たちは抜けるぞ。ウーゴ、ここからはあそこの位置に布陣できるように艦隊航行を計算してくれ。それと、両大佐は」
「ついてきてます。ほぼ全艦隊のようです」
「よし。両大佐の艦隊が敵を抜けきったら、特殊弾を放つ。指示を出したいからウーゴ。俺に連絡をくれ」
「わかりました」
俺たちの戦いは最後に向かい始めた。
◇
「少佐。あと三十秒でフローシア大佐の軍が抜けきります」
「わかった。特殊弾を放つ。その連絡を両大佐にしてくれ。イネス。目に注意と」
「わかりました。やります」
彼女にその仕事を任せ、俺は内部連絡のスイッチを押す。
「よし。ララーナ! いくぞ」
「おう。準備はとっくに出来てるぜ。いつでもいいぜ」
「わかった。それじゃあ、いくよ。特殊弾。発射だ」
アーヴァデルチェから放たれた一つのミサイルは、艦の後方へと向かい。
アルトゥール艦隊を抜け、トリスタン軍も抜けてフローシア軍も抜けた。
全ての味方艦隊を通り抜けた後、閃光弾は敵陣の中で輝く。
「いったか。カタリナ、閃光弾の行方は」
「敵軍中央で爆発しました」
イネスさんたちの仕事量が激しかったので、俺は閃光弾の動きに関するもの全てをカタリナさんに託していた。
「少佐。敵の動きが鈍っています。特に敵の後方は目を潰せていますね。旋回行動が遅れています」
「おお。思った通りだ。今のうちだな。ウーゴ。布陣はどうなっている」
「出来てます。もう全艦がその軌道に乗ってます」
「よし。いくぞ。これで終わりだ」
◇
俺たちは敵の背後に艦隊を並べることに成功した。
俺の艦隊が中央。トリスタン大佐の艦隊が右。フローシア大佐の艦隊が左である。
急造で出したウーゴ君の運行データがあるとしても、それを即座に実行できる両大佐の軍の規律性は、明らかに少将が指揮している本営よりも素晴らしかった。
二人もまた優秀な人だった。
「イネス。両大佐には連絡しているな」
「はい。我が艦の攻撃指示の時にだけ、攻撃してくれとの指示は出してます」
「ありがとう。それでいい」
俺の作戦はこれにて完遂だ。
「敵はどうなってる。ウーゴ」
「あと、数分で敵艦隊の半分がこちらを向きます」
「よし。俺の予想が正しければ、これで終わりだ! 攻撃するな。絶対にだぞ。もし、ビーム砲を放った奴がいたら、そいつは厳罰に処すと伝えろ」
「了解です」
イネスさんが返事をした後、後ろにいたカタリナさんが俺の隣にまで歩いてきた。
「少佐。今がチャンスなのでは……ここから殲滅戦に」
「駄目だ。それでは死力を尽くした戦いになって、両軍の犠牲はとんでもない数になる」
「それのどこが駄目なのでしょう。こちらだって有利な状態なのです」
「だめだめ。いいかい。カタリナ君。俺の推測でもあるが、あっちの総大将は、ほぼ俺と同じ思考をする人だ。だからこそ俺は分かるんだ。ここで引くとね。見ててほしい。今から敵の右翼側から逃げ出していくからさ」
「…え?」
「俺は今、連邦軍の左翼をがら空きにしたんだ。だから、あそこから逃げ出してくれるよ」
「なぜ? あちらも半分が振り向いて、戦う姿勢を見せているじゃないですか」
「大丈夫。あっちも俺の意図をすぐに理解するはずだ。そういう男だ。それに・・・」
「それに?」
あいつも絶対に俺と同じゲーマーだ。
相手が予想もしない手を打ってきた時は、必ず警戒する。
今の戦場が、五分五分の状態となったのならば、このなにも打ってこない作戦が頭にちらついて、何か隠し玉があるんじゃないかと思い、強引に戦闘はしないはずなんだ。
このままいい所で引きたいから、ここで引いて軍を温存することを考えるはずなのよ。
俺だったらそう考えるから、あっちもそう考える可能性が高い。
なんて、俺の作戦の最後の部分は相手を信じるであったのだ。
「少佐。敵軍が移動を開始。左翼から戦場を離脱するようです。攻撃はしてきません。信号弾が放たれています」
ウーゴ君の報告が終わる。
「なるほど。やはりな。退却だな。こっちは追撃するなよ。両大佐にも連絡をしてくれ。イネス」
俺の指示を受けたはずのイネスが慌てた。
緊急通信を受けたようだ。
「しょ、少佐!? 通信が来ました。不明と出てます。誰かわかりませんが、どうしますか?」
来たな。
さすが、俺と同じ思考を持つ者。
俺だったら、相手が気になるのさ。
「イネス、焦らなくていい。そいつは敵大将だよ」
「え、映像通信です」
「そうか。開いてもいい」
「う、ウイルスとかでは」
「大丈夫。そんな小さな器じゃない。そいつはね。メインでいい。出してくれ」
俺は腕組みをしてイネスに通信を開けと指示を出した。
彼女が許可の操作を出すと、メインモニターに映像が映し出された。
「貴殿が、アルトゥール・ライリューゲ・ドラガン殿だな」
透き通るように赤い髪に、燃え滾る情熱を示す赤い眼。
アルトゥールさんと同じくらいのイケメンが映像に映し出された。
さっきの画面一杯のトリスタン大佐とは大違いだなと、ふと思った。
「録画の映像通信で申し訳ない。会って話がしたいと思っているが、今回は時間がないのである。実に残念だ……貴殿のような素晴らしい将と会えずにここを去るなんて、無念でもあるな」
演技には見えない演説に、俺はこの人の面白さを感じた。
ライバルを求めている雰囲気があるとね。
「私は貴殿のその勇気と知謀に感服した。この私の宿敵と呼ぶにふさわしい男にいずれなるであろう。私の名はエデル・フォン・ポイニクス。この名をぜひ覚えておいてほしい。貴殿と再び戦場で会うために、私は今よりも精進しようと思う。ではまた会おう。アルトゥール殿! これにて失礼する」
やはり。こいつは俺と同じ思考の持ち主。
ゲーマーは、強いゲーマーに惹かれるし。
そして、負けたくねえと思うんだよな。こればかりはさ。
俺だって、次は負けたくねえ。
この戦、ほぼ負けだからな。
今度は勝ってやるぜ。
◇
こうして、二人はデルタアングル宙域戦争で出会った。
銀河の三英傑と数えられる二人は、のちに。
アルトゥールは『青天の竜』と呼ばれ。
エデルは『真紅の不死鳥』と呼ばれる。
この先、幾度となく雌雄を決する戦いを繰り広げる英雄たちである。
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