第10話 デルタアングル宙域戦争 1

 開戦直前。

 デルタアングル宙域の中腹辺りにて、連邦軍は艦隊を展開した。

 敵は宙域の終盤あたりから三つの惑星に近い位置にいた。

 そこで俺たちを迎え撃つつもりでいる。


 変だ。

 そこに位置するならば、もはや惑星を盾にして戦った方がそちら側が有利となるはずなのに。

 わざわざ表に出る意味がない。

 しかし、この疑問を感じても、今更後には引けない。

 ここまで来たら、この場で戦うしかないのだ。

 それに俺は、アルトゥールさんと共に戦うんだ!

 頑張るしかない。



 ◇


 緊張感のある戦場の中で、俺は内部通信をする。

 モニターを使用しての映像通信だ。


 俺は自分の艦隊の皆に挨拶をする。

 

 「いよいよだ。気を引き締めていこう。私の少佐としての初任務なのだが、皆を上手く導けるように努力する。そしてどうか力を貸してほしい。以上」


 な~んて格好つけて言ってるけど、俺は手が震えるくらいにド緊張してます。

 背中の汗だって、ダラダラと流れておりますよ。

 だってさ。

 俺はただの高校生なんだよ。

 戦争なんて出来るわけないじゃん。

 てか日本人だって何十年もしたことないんだよ。

 俺のじいちゃんだってしてねえ。

 戦争なんて歴史の授業とかでしか聞いたことないって。

 どうしよう・・・どうしよう。

 落ち着け俺。

 深呼吸だ……フー、ハー、フー、ハー

 あれ両方吐いてねぇか――目眩してきたわ

 再度深呼吸だ……スー、ハー、スー、ハー

 あぁ・・・落ち着いてきた・・・か?


 とめちゃくちゃ俺は混乱していた。



 ◇


 両軍の数は連邦3万3千。帝国2万。

 事前に聞いた通りの数で、互いに横陣形の配置だった。

 これは俺の予想通り。

 両軍ともに、前後はあろうとも横に空間を埋めるようにして並んでいた。


 「なるほど。やはり相手にも陣形はなし。戦いはどういう感じで進むんだ。横陣は戦場が動きにくい。最初は代り映えしないからな。動き出した瞬間をしっかり見極めないと。一気に流れを持っていかれる」


 俺は自分の前にあるモニターで戦場の動きを確認した。

 イネスさんとカタリナさんに協力してもらって、俺はこのモニターの使い方をマスターしたんだ。

 このモニター。

 タッチパネルのような操作感覚で、色々切り替えることが出来て便利である。

 

 そして今の俺の体勢は、そのモニター前にある椅子の上で胡坐を掻いて座っている。

 俺は家にいるような気分で、体だけでもリラックスした状態になっていた。

 

 圧倒的な物量の違い。

 これが、連邦軍の兵士の心の余裕になっている気がする。

 どことなく、艦の仲間たちの様子に、緊張感がないように見えるのはこれが原因だろう。

 でも俺は違う。

 緊張で胃も痺れるくらいになってるからね。

 吐きそうなくらいだよ。

 でもこれは恐怖からじゃない。

 この戦場の怪しさに震えているからだ。

 直感と言ってもいい。

 なんか変だ。

 

 俺がもし敵の指揮官ならこんな広い場所での野戦は選択しない。

 むしろ、もう少しデルタアングル……いや、テルトシア宙域とデルタアングル宙域の境目辺りで、蓋をして戦うよ。

 その方が楽だし、追い払いやすいのに、なぜここまで自分の領土に引き寄せて戦うんだ。

 相手の考えは意外と深いのかもしれない。

 もっと別の戦略が存在しているのかもしれない。

 その証拠に、あちらの数が少ないのもおかしい。

 なぜ、その数でこちらと戦う判断をしたのだろう。

 俺がやってきたゲームでもありえないほどの戦力差だ。

 これを事前に把握しておいて、なんの策も講じずに普通に戦場に艦隊を並べるだけなんてありえないと思う。

 そんで、たとえ向こうの艦隊の性能が高かろうが、この数の違いは大きすぎると思う。

 だから、こういう数の差が生じた時は、そもそも戦闘をしないんだよ。

 戦うとしても外交とかで戦略を出してくるはずだ。

 停戦を持ちかけたり、それが出来ないなら兵数をごまかして事前に戦いが起きないようにするし。

 またはこっちの兵器は最新のものだよとかで脅しにかかるよね。

 ハッタリでも何でもかまして、戦争を起こさせないようにするはずなのに。

 もしかして、敵は何かの切り札があるのかもしれないぞ。

 気をつけないと。

 

 絶対にこの戦場には何かある!



 ◇



 俺が冷静に考えているとオープンチャンネルで、回線が開いた。

 指令室の大きなモニターに少将の顔がでかでかと映った。

 だから俺はすぐに立ち上がり、敬礼をする。

 

 「諸君いよいよ開戦である。銀河連邦の勝利のために皆、力を出し尽くせ。先陣はフローシアとトリスタンが・・・・両部隊同時に進軍だ。以上」

 

 全ての戦闘員が、モニター越しに敬礼。

 俺も敬礼をしたけど。

 皆のやり方を真似したからか、少しぎこちないかもしれない。

 許してくれ。少将!

 失礼なやり方だったら、あとでカタリナさんにでも習っておきます。



 ◇ 


 戦争は開始された。

 帝国軍はその場を動かずに、連邦軍が少しずつ全体を前進させる。

 こちらが侵略者らしく、攻撃を仕掛けるのは連邦の役割でもあるのだ。

 ジリジリと詰め寄るような形となり、しばらくすると音声通信が来る。


 「トリスタン。フローシア。両軍発進じゃ」


 少将の声が艦内に響き、左翼フローシア大佐の軍と右翼トリスタン大佐の軍が急速発進。

 戦争の口火が切られたのである。

 この動きに合わせて、帝国の左右も簡単には包囲攻撃にさせないぞと、前に出てきた。

 両軍の左右は、突出してそのままの形で激突する。

 


 開始から十分。


 フローシア大佐とトリスタン大佐の両翼はほぼ同時に敵軍と接敵する。

 入り乱れるビーム砲の数々に、戦闘の激しさが見える。

 俺は自分のモニターで戦況を確認した。


 「なるほど。この赤い三角が帝国。青い三角が連邦か。う~ん。ほぼゲームだな。宇宙版のRTSをしてるみたいだよ。感覚がバグるぞ。ふぅ~。これはこの世界の戦争。気合いを入れろ。本当の命が散っているんだ・・・でもこれは」

 

 激しい攻防を繰り広げている両軍。

 連邦軍左翼5000と敵軍右翼3000。

 連邦軍右翼5000と敵軍左翼5000。

 全砲門を開いて、ミサイルやビームが飛び交う。

 しかし、このビーム被弾しても一撃必殺となるわけじゃない。

 

 「えっと確か……メモ帳」


 俺はメモを取り出した。

 調べ物が記録媒体に残ってしまうかもと思って、俺はメイン端末で情報を調べないようにするために、事前に自分の個人の端末でマニュアルを作っておいたのだ。

 こんなに文明が発展しているのに、俺だけ超アナログである。


 「よし。あった。ビーム砲は一撃当てたくらいで戦闘艦を沈ませることはできない。戦闘艦にはビームコーティングと呼ばれる防御装置が施されているため、直撃を受けてもこのコーティングが剥がされるだけである。なので、戦闘艦を撃破するためには、ビームコーティングを剥がした場所に、攻撃を当てることが必要だ。最低でも二発が必要ってことだな」


 なるほどな。

 だから、ビーム砲の一撃が当たってしまった戦闘艦はああやって後ろに下げるのか。

 負傷兵みたいな感じだな。

 再度継続的に戦闘させるための処置だな。

 覚えておこう。

 俺はこうやって実戦で学んでおかないとな。

 誰よりも知識がないんだ。少佐なんて偉そうな役職をやってるのにね。

 まったく、どうせだったら一兵卒からやらしてくれよって話だわ。



 ◇


 真剣に戦場を見つめる俺は、何か細かい変化でもいいからと。

 徹底的に戦場を調べていると、後ろから声を掛けられた。


 「少佐。はい、お茶ですよ」

 「あ。ありがとう。カタリナ君」


 カタリナさんが俺の椅子のサイドにある小さなテーブルにお茶を置いた。

 俺は彼女を見ずにお礼を言った。

 モニターから目を離せないからだ。

 失礼だけどごめんね。

 これは戦場。ゲームだったら一瞬振り向いてあげるけどさ。

 あんた何も飲まずにゲームばっかりするんじゃないよって。

 母ちゃんに言われてた時とは違うのよ。


 「いえいえ・・・・あの~」


 話には続きがあった。 

 さすがにこれは振り向かずにはいられない。


 「え? なんですか?」

 「少佐。お行儀が悪いですよ。椅子にはちゃんと座ってくださいよ」

 

 いやいや、ごめんね。

 これが俺の考え事をしている時のスタイルなのよ。

 集中力が増すんだ!


 「すまない。これでいかせてくれ。集中する時の格好なんだ」

 「ええ。駄目ですよ。やっぱりちゃんとした方がいいかと思います。地に足を着けてですね」 

 

 ごめんね。お母さん。

 って言いたくなるほど、お節介だよ。

 この人。

 なんかさ。

 超絶美人なのにさ。

 なんだか俺の母ちゃんみたいにお節介なんだけど。

 そう言えば、今までの行動もお母さんみたいだったな。

 この人!?


 「すまない。本当。今、目を離せないからね。ごめんね」

 「しょうがないですね。少佐。今日は許しますよ。今度からは直してくださいね」

 

 その口調、お母さんじゃん。

 やっぱりこの人、お母さんじゃん!


 集中力が切れそうになりながら、俺はモニターと睨めっこした。


 

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