第5話 アルトゥールになろうと努力する男

 「マジかよ……そんな・・・アルトゥールさんってもしかして病死したのか。し、信じられん・・・」


 待てよ。 

 あれ?

 俺今、咳が出てないぞ。血も吐いていない。

 アルトゥールさんになっているけど、ここに書かれている病状が出てきていない。


 「じゃあ、俺の身に起きたことって、まさかアルトゥールさんの体を借りて生き返った形なのか? しかも病が無くなった形でさ」


 そんな都合のいい転生ってあるのか。

 いや、そもそも事情も分からない酷い転生だったんだ。

 それくらいはおまけしてもらいたいよな。うんうん。


 「よし、とりあえず。今後は体の調子も見ておかないといけないな……気をつけよう。それにしても、この人はすげえ人だ。尊敬に値する。心の底から本当に」


 だって、命を燃やし尽くした人だぞ。

 誰にもこの状況を伝えずに、一人耐え忍んだ人なんだ。

 マジで。すげえ。

 俺なら出来ない。親とか。親友とかに弱音を言いそうだ。

 いや、続けて文句だって言いたくなりそうだ。

 だから凄いよ。アルトゥールさん。俺、これからあなたのことを神だと思っていきます。

 この世界に神がいるか知らないけど、俺はあなたを敬って生きていくことを誓うよ。



 ◇


 「よし。この日記帳は大切にして。肌身離さず持っておこう。俺のお守りにして。アルトゥールさんに見守ってもらおう。俺があなたに恥じない生き方をしているか、見てもらうためにさ・・・・」


 俺は、小さめのノートを胸のポケットにしまった。

 これがこの世界の最初の宝物だ。それに一番大切にしていきます。


 「つうことで、とにかくアルトゥールさんは少佐だ。そこらへんの情報がほしいな。PCぶっ壊れているから調べられないんだけど。って、待てよ。壊れているわけじゃないのか。もしかして、ちょっと待てよ」


 このPCの電源が入らなかったのは、なにか細工がしてあるかもしれない?

 と疑問に思った瞬間に、外から音が聞こえてきた。

 

 『コンコンコン』


 軽い音でのノック音。


 「あ。はい。なんですか」


 返事をすると。


 「少佐。資料をもってきました」


 カタリナさんの声だった。


 「ああ、カタリナ君か」


 精一杯の少佐イメージ声で返事を返す。


 「そうです。開けてもらってもいいですか」

 

 俺は部屋のドアを開けた。

 ドアの前に立つ超絶美人は、両腕で大切に抱きしめていた端末を見せてきた。


 「こちらでまとめた情報を本営に出しますね。確認お願いします」

 「あ。はい。わかりました・・・」

 「少佐。申し訳ありません。ご自分の端末でまとめたかったでしょうけど、少佐の端末は、故障と聞いておりましたので。私がやっておきましたよ・・・って言っても勝手にAIがやるんですけど、私の仕事はチェックくらいですね。はははは」

 「そ、そうなんだ・・・」


 俺は彼女が提出した情報を見た。

 戦況報告書って奴だった。

 敵軍の配置や敵軍と接敵寸前になった報告。

 ステルス機を破壊した報告。

 その他諸々。

 今の状況は、戦争の準備であると推察できる。


 「カタリナ君! あれって直る? 直せる?」

 「え。私がですか。少佐のお部屋に入ってもよろしいので?」

 「うん。いいよ。直せるならお願い」

 「し、失礼します・・・」


 少佐イメージの声じゃなくて、俺っぽい話し方で話してしまった。

 でもカタリナさんは、気にしている様子はない。

 むしろ、急に緊張した顔をしてカタリナさんは、手と足が一緒になって俺のPCの前まで行った。


 「・・え・・・ええっと。これ。登録してないですね」

 「登録???」

 「あれ。少佐。もしかしてこちらに来てから、一度も登録してないんですか。それはまずいですよ。この艦はあなたの専用機ですよ。なにも使えないですよ」

 「え? なんの登録だい?」

 「血液と目と指紋です」

 「は?」

 「こちらの針で血を取って、目はカメラで、指紋はこの台座にですね。ポンと置いておけば少佐であると、この端末に登録できます」

 「そうなんだ・・・・あ、まさか」

 「え? どうしました」

 「いいや、なんでもないよ。やり方忘れちゃったから、ちょっと付き合ってもらえる?」

 「・・え・・ええ、いいですよ。少佐。ほらこちらです」


 カタリナさんに手伝ってもらいながら、俺はこの登録作業で気付いた。

 アルトゥールさんはもしや、自分の身体の調子を知られたくないから、この作業をしなかったんじゃないかのかと。

 それに、この部屋の何もなさ。

 これはアルトゥールさんは死の身支度をしていたんじゃないかってさ。

 余計な物を置かずにいたのも自分が死ぬって分かっていたからかもしれない。

 

 にしても服は少なすぎだろと思う俺であった。

 

 

 ◇


 この世界は完全なSFの世界だ。

 しかも宇宙の覇権を握るための戦いが起っているみたいだ。

 

 アルトゥールさんが所属しているのは、銀河連邦という組織。

 それに対して、現在対峙しているのは、神聖フロリアン帝国だ。


 この銀河。

 ドーナツの輪のようになっている世界で。

 銀河は、4から7まである。

 11時から1時までが、第4銀河。

 1時から5時までが、第5銀河。

 5時から7時までが、第6銀河。

 7時から11時までが、第7銀河だ。


 この中に三つの国がある。

 第4銀河を統べているのが永世中立国タイロン。

 銀河を巡る戦いをすることがない国らしい。

 情報ではね。

 でも俺はこの永世中立国とかいう肩書が胡散臭いと睨んでいる。


 第5銀河と第6銀河の半分を統べているのが、神聖フロリアン帝国。

 かつてあったヴァルトラン王国とダルシア共和国を吸収した国らしい。

 勢いのある国家だ。


 第6銀河の半分と第7銀河を統べているのが、銀河連邦。

 これは、フロリアン帝国が支配域を広げたことによる危機感から生まれた国。

 元は、エルストリア民主国とアバロン公国とサマルトリア民生国である。


 「そうか。それでこの第6銀河の中央。ちょうど6時の所にある宙域が狭くて、互いが牽制してる状態だったんだな。そこを今回、強引に侵略していったのが銀河連邦。なるほど。ここの事を、テルトシア宙域とデルタアングル宙域と言うのね。んん。これは何て言えばいいんだ。この形、フラスコの首の部分をくっつけた形って言えばいいのか。なるほど。この道が狭いから艦隊が一度に少数しか通れないと」

 

 宙域。

 戦闘艦が航行可能な宇宙。

 現代で言えば、道路と言っていい部分。

 この道以外を航行すると、宇宙を彷徨うことになるらしい。

  

 テルトシア宙域は、銀河連邦の支配領土。

 デルタアングル宙域は、神聖フロリアン帝国が支配領土となっているから。

 今、俺たちがいるここは。


 「デルタアングル宙域の先。元はダルシア共和国と言われていた場所で。現在は神聖フロリアン帝国の領土。つまりこれは、侵略戦争だよな。完全に!? マジか。銀河連邦の方が攻撃を仕掛けたのか」


 俺は、これらの情報から、大体の事情を察した。

 かなりやばいかもしれない戦いが始まろうとしているんだ。


 「逃げてえ。割とマジで。よりにもよって、侵略側の戦争か。クソムズイぞ・・・俺、こういうのは本とか読んでるし、ゲームとかでも知ってるけど。侵略ってのは防衛よりも難易度が高い。相手を出し抜いたり、圧倒的物量で勝負しないと、反対にこっちが全滅しかける。そんで、この戦いで決着が着かなくても、こちらに大損害があれば、逆に相手に攻勢に出てこられて、のちのちに敗北するぞ・・・それを銀河連邦は知ってて仕掛けたのか。入念な準備をしてるんだろうな。ここに作戦とかが書いてないんだけどよ。なあ。上層部は何を考えているんだ!?」


 今、俺が見ている資料には、情報だけが書いてあるのだが、戦略や戦術みたいなものが情報として載っていなかった。

 もしかして、策がないのに、戦いをしようとしているのか。

 かなり不安になる。

 

 「そんで。この宙域の形からいって、一度に大量の戦闘艦が行き来できない。ということは蓋をされているような状態で戦うってことだよ。退却路が退却路として機能しないんだ。だからここで、一気に勝つしかない。勝利以外の結果はまずい。俺たちは一方的に敵の攻撃を受ける可能性を残しちゃうぞ」


 俺の頭の中は、宇宙の盤面イメージで一杯になっている。

 こういう時は、ゲームと同じように考えるべきなんだが、ゲームのように簡単にいくとは思えない。 

 だが、仕方ない。

 俺は実戦経験がないからさ。

 でも、数々のRTSとボードゲームを制覇してきた俺にとって、色々なことを想定して考えることだけは無駄じゃないことを知っているからな。

 できうる限り戦場を想定しないと、簡単に敗北するぞ。

 そんで、敗北は死を意味する。

 自分でも意外に思うけど、俺は死ぬのが怖くない。

 たぶん一度死んだからさ。

 半ば達観しているのかもしれない。

 でも俺は、アルトゥールさんに誓ってんだ。

 最後まで生き抜いたカッコいいこの人の為に生きるってな。

 だから、諦めないぞ。負けてたまるか。

 考えろ。情報を集めて、とにかく戦争についての情報を得ていって、何とか分析をしないと。

 勝ちの道筋だけは作りたい。

 そこからは本番で臨機応変に動いて・・・。



 数十分後。


 「ぐおおおおおおお。やっぱなんで、戦争したんだこの国。頭おかしいじゃねえか」


 情報を集めた結果、この戦争自体が謎だった。

 今いるデルタアングル宙域の先にある三つの惑星を勝ち得るのが目的って軍の資料には書いてあるけども、ここを取る意味が俺には分からない。

 正直俺はいらないと思う。

 なにせ、ここをとっても防衛するのに難しい。

 テルトシアとデルタアングル宙域は一度に大量に輸送できないし、援軍も派遣できない。

 だから、こんな敵と目と鼻の先の場所を確保し続けても、相手の国の圧力に負ければあっという間に大敗北だ。

 それよりも、この先の惑星ハースティンという星を確保した方がいい。

 この奥地を取れば、三つの惑星を確保しやすい上に、輸送路として活用してハースティンを防衛の星にすれば・・・この戦争に勝ったとしても、ずっと帝国の攻撃を守り切れるはず。たぶん。


 と俺は全体の盤面から、銀河連邦の意図を読めずにいた。

 どうしてこんな戦争を仕掛けたのか。

 でもそんなことを考えても仕方ない。

 俺のランクは少佐。

 少佐ってまだまだの役職だよね。

 たぶん、意見しても無駄なような気がするな。


 俺は、この日からずっと部屋に籠って細かい戦闘についての勉強と、大まかな戦略を練り続けていた。


 俺の物語は、三日後から始まるのだ。

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