第2話 俺の名は?

 少佐コールが自然と鳴り止んだ後。

 俺の頭は、この事態を把握するためにフル回転していた。


 まず・・・。


 「俺、誰!?」


 これが俺の目下の目標である。

 名前を知らないと始まらないじゃないか。

 人生って奴はさ!?

 だってさ、人が一番最初に与えられるものって名前なんだぜ!

 って阿保言ってる場合じゃない。

 皆が少佐と言うあたり、皆は俺の事を普通の高校生の坂巻新じゃなくて、この世界の○○少佐だと思ってるんだ。

 ということはだ。

 異世界転生した俺は、俺のまま俺になったわけじゃなくて、俺は少佐って人になったんだ。

 うん。

 身長も高い気がするし、やたらと筋肉質な体になった気がする。

 細マッチョとかいう奴である。

 そして少佐だ・・・。

 だから坂巻新じゃなくて別人なんだ。


 「そうだ。だからこそ、俺は誰なんだ?」

 

 少佐って名前じゃないよね。

 俺の名前が、少佐君って名前じゃないはず。

 そんな奴いたら可哀想だし、親何考えてんだよって話だよね。

 おい誰か。俺の名前を呼んでよ。少佐だけじゃなくてさ。

 自分の名前を知らないで、誰かと会話するってすげえムズイから。

 あと言いたい。

 神様。名前くらい教えてくれよ。

 いったい、俺は誰になったんだよ。

 異世界転生して、いきなり自分の名前が分からない転生って、酷くね。

 

 「少佐。さっきから何をブツブツ言っているのですか」

 「だからね。俺ってさ・・・え!?」


 超絶美人が俺の肩をまた叩いて、俺の顔を覗き込んだ。

 俺の画面いっぱいに映るのは美人の顔だけだ。

 綺麗に整った目と鼻と唇とその他諸々。こんな人、ある意味化け物でしょ。


 「どうしました? 少佐?」

 「い、いえ。なんでもありませんので、心配せずとも」

 「いえいえ。おかしいです。いつもの少佐じゃないのです。熱でもありませんか?」


 超絶美人さんは、俺に熱があるんじゃないかと疑い、おでこに手を伸ばしてきた。

 母ちゃんと姉ちゃん以外に触られたことのない陰キャの俺は、このままだと単純にこの人に惚れてしまうのでサッと躱した。


 「あれ? 少佐。熱を測るだけですよ」

 「いえ。結構です・・・ちょっと離れてもらってもいいですか。顔が・・・距離が近いので・・・考え事したいので離れてください」

 「……え。あ、はい。申し訳ありませんでした。下がります」


 今の会話が命令みたいになったらしく、超絶美人さんは敬礼して数歩後ろに下がった。

 美人過ぎる彼女を見たまま物事を考えるのは不可能なので、背を向けて考える。




 俺は誰なんだ。

 これを人から聞きだすには、かなりの高度な会話テクが俺にないといけない。

 さっきの会話だって、彼女は絶対に少佐以外を言わなかった。

 彼女にとって俺は何が何でも少佐なんだろう。

 ○○さんなんて言ってくれそうにないぞ。

 ちょっと君、俺の名前を言ってくれませんか。

 なんて彼女に聞けないよ。

 どうしよう。

 もし聞いたら頭おかしい奴確定だよね。


 それにだ。

 自分の名前さえ知っていれば、俺の情報を調べあげるのだって簡単なはずだ。

 ここにはパソコンみたいな機械があるし、宇宙を飛べているんだ。

 文明は高度なんだもん!

 情報なんて名前で検索できるはずだよ。現代日本と一緒!


 よし! 俺頑張るぞ。名前、探してみる!

 

 と顔を叩いたところで、俺の目と鼻の先に、また超絶美人さんが現れた。

 

 「え、な!? なに!?」


 なんとこの人、今度はおでことおでこをくっつけてきたのだ。


 「どれどれ。少佐。熱が・・・ありますね!? あれ・・・少佐。あれ少佐あああ!!」

 「はらほれぇええええ」


 俺は目を回した。

 女性に触れたことのない俺には、おでこで熱を測るなんてそんな高度な技から、身を守る術がなかった。

 免疫がなかった。抗体がなかった。

 彼女なし十七年だもん。仕方ないじゃん!

 なんだったら、これで風邪ひくわ。


 『バタン』


 倒れた俺の顔は、たぶん情けない顔であったと思う・・・。

 


 ◇


 俺はまた目が覚めた。

 悲しい事に女の人におでことおでこをくっつけてもらっただけで、熱出して倒れたのである。

 恥ずかしいので誰にも言わないでくれ、なんて言ってももう遅い。

 あそこには何人もいたからさ。

 女の子に触れられて目を回した情けない奴との噂は広まるだろう。


 恥っ!


 まあ過ぎたことだし、もういいや。

 それにしても、あの人たちの少佐像ってどんなものなのだろうか。

 誰か分からないこの少佐の体で、坂巻新の性格でいくわけにもいかないだろうし、なんとしてでもこの人の名前を知って、自分を調べてその人っぽい感じでこの世界で生きていかないと・・・。

 って普通転生ってさ。

 この人の情報を最低限知ってるよね。

 なんで俺の転生は名前すら知らない転生なんだよ。

 だったらせめて赤ちゃんスタートにしてくんない。

 なんでいきなり成人スタートで、しかもだよ。少佐だよ。

 あれ、少佐って偉いよね? 一兵卒じゃないよね? 

 この艦の艦長ってさっきの女性は言ってたもんね。




 色々な疑問が頭に浮かんでいた俺は、ベッドに横になっていたらしい。

 起き上がるとどこかの部屋にいたことが分かった。

 

 「自分の部屋か? 医務室には見えん」


 誰もいない小さめの部屋。

 医務室だったら、仕切りの中に複数のベッドがあるから、ここは部屋だ。

 

 「これはチャンス。たぶん俺の部屋だろう。名前を探し出すぞ」


 机と椅子とベッド以外。

 何もない10畳くらいの部屋で俺は自分の名を探した。

 

 「あれ? そういえば・・・・俺って文字読めるの?」

 

 当然の疑問の中、俺はパソコンのようなものを発見した。

 

 「ボタンボタン。裏にあった。ほい!」


 反応なし!


 「なんでじゃ。なんで反応しないんだ」

 

 コンセントがついてないのかと確認してみると、ちゃんとケーブルがついていた。

 でも、画面に何も映らない。

 真っ黒なままである。


 「あれ? こんなに高度な文明なのに、俺の所のPCだけ使えないのか。こっちは?」


 俺は隣の電気スタンドのボタンを押してみた。


 『パチッ』


 電気スタンドの明かりは、目がチカチカするくらいの強烈な白光だった。


 「電気は通ってんじゃん。じゃあ、PCはまさか故障??? 運悪すぎだろ俺!?」


 俺のパソコンは電源が入らなかった。

 その後、部屋の至る所を調べ上げた結果。

 わかった事はただ一つ。


 「ミニマリストだ。この人の部屋、何にもないよ!!! どうする。あるのはパンツ三枚! シャツ三枚。軍服三枚。ペンとノートしかねえ!!! やべえ人だぞ。なんにも・・・物がねえ」


 どっと疲れた俺は、机の前にある椅子に座った。


 「え? あ、あった・・これだ」


 机の上にネームプレートがあった。

 

 【アルトゥール・ライリューゲ・ドラガン】


 「これが俺の名前だ!?」

 

 

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