第3話懐古の再会と問題児
冒険者、それは一言で言うと何でも屋である。魔物と呼ばれる危険な生物の討伐だったり、街の清掃だったり、街の人の些細な頼み事だったり…それこそ素材集めだったり。収集から清掃、討伐まで何でも依頼という形で受けるのが冒険者だ。
…とは言っても、冒険者というのは名ばかりなものであまり冒険しないのが実情。7段階ある冒険者ランクのうち冒険するのは一部のランクが高いパーティーか個人のみで、基本は難易度の低い依頼を受けて生計を立ててる人が大多数である。だが、冒険者というのは稼ぎが中々に良く、仕事をした分だけ依頼料とは別に冒険者支部から月一でお金が支払われる。
冒険者ランクによって変動はするものの、最低ランクの冒険者が依頼を6個消化すれば、ある程度生活するには申し分ない金が支払われる。そのため、いつも依頼の奪い合いが始まるのだが、これは一旦置いておいて。
そんな冒険者になるには通例、冒険者学校と呼ばれる専門校を卒業して、資格を得なければならない。資格無しでなるには冒険者というのは甘いものでは無く、一昔前はこの国も荒くれ者や身寄りのない者などのワケあり達の集まりだったが、法がある程度敷かれた現在ではそんなことは無くなった。
しかし、この制度も国によって違うので冒険者協会が定めた満14歳以上であれば、資格無しでも冒険者になることは可能。
だが、その場合冒険者ギルドからの給料は免除されてしまうデメリットがある為、殆どの人が冒険者学校を出ている。
そして、この国…というか冒険者というのは世界に展開されている事業なため、あらゆる国に専門校が点在されている。名門と呼ばれる学校もある中で、俺が過去に通っていた学校は中々にマイナーな学校で、なにより辺境の地だから知名度もクソほど低い。地元の知名度は高いが、世界全体で見れば底辺も良いところ。
ディスってるんじゃない、煽ってんの。変わんねぇか、でもめちゃくちゃ良い場所である。設備は古いが大体揃ってるし、立地は山の中で悪いが、四季折々の顔を覗かせるためよく絶景が見える、虫だって取れる。近くに湖もあるから遊ぶことも出来る。広さも申し分ないから、もしここが知られれば一気に有名になること間違いない。
教職員が少ねぇからパンクするけど。
「…にしても、変わってねぇな」
目の前に広がるグラウンドと古ぼけた校舎。生徒の数に反して三階建ての大きな学校であるが…俺が在籍していた頃なんて全校生徒が30人程度で、もはや限界集落並に酷かったのを覚えている。ただの見栄っ張りかよってツッコんだ記憶は忘れないだろう。
あの日から4日が経った。決意したあの日すぐに通信用の魔道具で先生に連絡を取ったところ、教職員の数が前よりも減少したせいで色々と手が回せる余裕がなかったらしく、願ったり叶ったりと喜ばれて、今日から晴れて教師になるためここに来た訳だが……。
今の俺の服装は腰に剣を差した冒険者さながらの戦闘服であった。別に、依頼終わりに直行したから戦闘服なワケじゃないからね?
確かに、戦闘服のまま来ちゃったみたいなノリになるレベルでこの3日間は色々と忙しかったけど…まず先生に連絡取った後、冒険者ギルドに行ってギルドのトップに教師になることを伝えた。
当分急を要する依頼ぐらいしか受けれないからよろしくと言った趣旨や休んでいた間に迷惑かけたって事で詫びも入れて、世話になってた人達にも会うために各所を回ったし、それだけで2日は消えた。
おい、依頼はどうしたって?
聞いた。なんなら聞いた。一応、教師になるって伝えた時に尋ねたんだ。教師になるまでの間に出来ることしたいから、休んでる間に溜まった依頼を消化したいんだけど、ある?って。
したらなんか高難易度の依頼は無いって言われたの。高ランク冒険者達が謎に高難易度依頼を消化しまくってるから過去に無いほど掲示板が平和だと。だから、俺の出る幕は無いから安心して教師生活満喫してね!と。
いやまじで?だから、未来予知で見なかったのかなぁ…。
なんか高ランク冒険者達の間で競い合ってんのかな。たまにあるんだよ、上澄み達が上澄みの身内ノリみたいな感覚で高難易度依頼を消化しまくって、どっちが多く稼いだか?とか誰が多くの高難易度依頼を達成したか?って競い合うイベントみたいなやつが。
マジで頭のネジイカれてると思う。自分の命なんだと思ってんの。
でも、今回のは度が過ぎるレベルで消化してんな。遂にはネジが全部緩んだか。まぁ、今回も同じような感じだろうし気にしたら負けだ。
そんなわけで、忙しすぎて気が抜けていたから戦闘服のままここに来たって訳じゃないのだ。
本当は正装に着替えようと思ったが、先生に正装は止した方がいいって忠告されたんだよな。一体なにをされるんだ俺…一抹の不安ってマジでこういう事を言うんだなぁ、と遠い目をしそうになった。
まぁ、でも面接はせず今日は生徒達と対面するだけと聞いてるし、圧迫面接とか大丈夫だろ。
ははは、と笑い飛ばしながら職員室へと向かえば、やはりそこも昔と変わらない内装で、唯一変わった所があるとすれば…校長が座る席に先生が座っている所だろうか。
「お久しぶりです、セラくん。お変わりは有りませんか?」
年齢差を感じさせない、あの頃のままの姿で先生は俺を見据えた。
「お久しぶりです、シズル先生」
込み上げてくる気持ちを抑え、頭を下げて俺も挨拶を交わす。対して先生はふふっと柔らかな笑みを零して頭をあげてくださいと言って俺と視線を合わせた。俺の心を見透かしてるような、その目…初めはその目が嫌いだったけど、今じゃその目が俺に安心感を与えてくれる。
俺のダサいところを見ても尚、こうして己の生徒として受け入れてくれている気がするんだ。
「噂はかねがね聞いてますよ。おめでとうございます、先生として誇らしいですよ、本当に…」
「あぁ、ありがとう」
まるで過去を懐かしむように褒めてくる先生にどこかむず痒さを覚え、頬を引っ掻いてぶっきらぼうに返事を返すことしか出来なかった。
「ふふっ、さて。時間も惜しいので移動しながらにしましょうか」
「分かりました」
職員室を出た後、軋む音を鳴らしながら古い廊下を歩いていると、隣を歩く先生が不意に視線を此方に向けて、言った。
「今更な確認ですが、本当に良かったんですか?青薔薇のリーダーさんがこんな所に来て…」
「元ですけどね。大丈夫ですよ、一応」
「だけどね…歴史上でたったの7人しか授けられていない、S級の称号を持つ貴方にそう言われましても……」
「うっそだ、気にしてないでしょ」
「バレました?」
やはり何も気にしてなかったな、この人。いたずらっ子のような雰囲気で笑う先生を見てそう思った。
「先生が今更そんなことで気に病むわけないじゃないですか。忘れてないですからね?貴族にげんこつを食らわせたあの事件」
「うっ…そ、それは…し仕方ないじゃないですか!」
出来る校長の姿は見事に型崩れである。
確かにあの時は仕方ないと言える。走り回っていた子供が貴族と衝突してしまい、それにキレ散らかした貴族が腰に差していた剣を突如抜いて斬り掛かろうとしていたのを偶然目撃した先生が間合いを取って頭に拳をぶち込んだのが事の経緯。
理由が理由だから、何も言えないけど…。
「だとしても貴族にゲンコツはやばいですよ?」
「…そうですよね、あの時の私は若かったんです…」
「今も充分若いですよ」
「…ふふ」
すかさず慰める感じで言ったらなぜか笑われてしまった。さすがにキザったらしかったらしい。
と、思っていたらどうやら違ったようだ。次の瞬間には先生の表情が聖母のように包み込むような優しいものへと変わった。
「…変わりましたね。雰囲気も柔らかくなって」
「流石に変わりますよ、26ですしね、もう」
そこに込められている思いは俺には分からないが、それだけ苦労させたってことだよな……思い返せばあんなにクソガキだった俺が、こうして敬語も使ってりゃあ、そりゃあ言うわな。それだけ手が付けられない問題児だったわけだし…。
すると、先生はいやらしい笑みを浮かべながら俺の脇腹を肘で突っついてきた。
「勇者の末裔やら神の血をひいてるやらで天狗になっていた当時とはえらい違いですね?」
「まって、心にくる。思い出させないで」
この人も何も変わっちゃいねぇわ…清純を装ってるが、実際は結構良い性格をしているのだ。俺たちだって何度この性格に振り回されたか…自分は何もしていないって顔してるけど、あんたあの3年間でやらかしてる割合俺達が9だとすると1はやってるからな?比較対象がおかし過ぎて比較できてねーけど。
「そういうところは変わってないんですね、懐かしいなぁ…あの頃は大変でしたけど、何気に私も充実してたんだと思います」
でも…と、先生は続けた。
「今の生徒達も、君たちに負けないぐらいとっても可愛い子たちですよ」
あざとらしいウィンクをしながら告げる先生に、俺は少しだけ笑ってみせた。
そういうところ何も変わってないな…先生も。少しノスタルジックに浸りつつ、まだ聞いてない内容を思い出した俺は話を折って尋ねた。
「そうだ、ちなみに担当クラスの子ら何人います?」
「…何人だと思います?」
「10人?」
「…いえ、5人です」
「全校生徒は?」
「…それが全校生徒です」
「……マジで?」
少子化?限界集落じゃん。そんなに減ってたのは知らなかった、これ経営大丈夫なのか?って心配するレベルで不安なんですけど……って、さっきからなんでこの人定期的に目を逸らしてくるの?急に。クラスの話になった途端目を逸らして……え。
ここで俺は、何か嫌な予感がした。
「……あの、先生?なんで定期的に目を逸らすんですか?」
「え…っと、その…」
口篭る先生に、何かを隠していることがあると確信を持った。努めて優しい声色で訊いた。
「……差し支えなければ、少々お尋ねしても?」
「…はい」
堪忍したのか、先生は俯いて汗をダラダラと流し出す。もはや取り調べでまだ出てない情報をうっかり喋ってしまった犯人のようである。
「…俺の担当するクラスって、もしかしてだけど───」
と、丁度その時クラスに着いた。しかし、先生は俺の問答に答えることなく、いの一番に扉に手をかけ、思いっきり扉を引いたと同時にそれは起こった。
「え、ちょ話───」
言葉は最後まで紡がれることは無かった。目の前からとんでもない熱量と光量の塊が一直線、それもほぼゼロ距離で飛来していた事に気づく。普段の俺なら避けることも相殺するこも出来たはずだった……だが。
この時の俺は完全に不意打ち…何よりも意識を完全に先生に向けていた事と半年以上ものブランクを抱えた俺に、ソレを対処することが出来るはずもなく……そして、昔以上に洗練された素早い動きで逃げていく先生を捉えてしまった。
耳元にこんな言葉を残して。
ごめんなさい、詳しいことはこの難関を乗り越えてから教えます。と。ついでにてへぺろという舐め腐り上等な謝る気ゼロの謝罪を付けて。
(はは、あんのクソ教師…終わったら
避けるタイミングを見失った俺はそのまま爆炎に呑み込まれた挙句、校舎の壁を突き破って、外へと放り出されたのだった。
「引っかかったーっ!」
「だっさ」
「さすがミエの爆炎!今のすっごく良かったよ!」
「うむ、素晴らしいものだった」
「え、でもまずいよ…校舎の壁を壊しちゃ…」
そこじゃねぇだろ。
遠くから聞こえるそんな声に、心の中でそうツッコんだ。
※魔爛楼、それは魔王が創りだした世界最難関迷宮に指定されている地獄の一つ。あらゆる次元が入り組んだ迷宮内部は、一度入ったら二度と出ることは叶わないとされている。
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