第2話多難な道しるべ
時間だけが流れ、あの日から既に2日が経った。また同じ夢を見た。
なのにやる気が起きる気配は全くないこの身体に何度も嫌気が差してくる。挙句の果てには寝そべっているんだ、そりゃやる気も起きないだろうと1人でツッコミを入れる始末だ。
一種の燃え尽き症候群だと当時の仲間たちには言われたが、正にその通り過ぎてぐうの音も出なかった。過去に囚われた哀れな身の丈にまで落ちてしまっている。今もそうだ。過去を縋ってしまう、あの頃は決して楽では無い日々だったのに、あの時ほど生きていたって言えなくなって……俺はふと、思った。
過去に、戻れたら……なんてことを。こんなこと思ったところで、どうにかなる訳でもないっていうのに。
こんな生活してても、ただ腐るだけなのに…いつまで続けるんだろう。昔の仲間たちは現在各々得意な分野で活躍していると聞いた、パーティーを解散してから既に半年が経過しているが、この半年の間で戦績やら功績やらを上げまくってるそうだ。
(……虚しいな)
昔の仲間はそうやって活躍しているというのに、リーダーだった俺はこうして食っちゃ寝の毎日。溜息を吐いて憂いても、身体は堕落を増すばかり。そろそろこの生活も潮時にした方が良いよな、なんて事をずっと考えている。
考えては、何も起きない身体を憂う。まさに負のループである。散々やってきた癖に身勝手かつ、リーダーとしてのメンツが丸潰れのクソ野郎ってレッテルを貼られても仕方ないぐらいには堕ちたもんだ。
こんな姿、昔の仲間どころか先生にも見せらんないな…。
『───いいですか、セラくん。私にとって貴方は子供です。クソガキです。なので大人に甘えることを知りましょう、貴方にとってその悩みは1人で抱えるものですか?いいえ違います、私は大人である前に先生です、悩んだ時困った時、何時でも相談に乗ります』
俺が悩んでいると知った時、先生は絶対に茶化すことなく真摯に向き合ってくれた。でも、あの時の俺は正直に打ち明ける事を恥ずいと思っていた思春期で、先生の言葉を深く考えなかった。
なんなら、外国の人が共通語に翻訳されたみてぇな言葉遣いに当初は腹を抱えて笑っていたような不良生徒だった。真面目なセリフなのに、言葉遣いのせいで時々今もフフっと思い出し笑いしそうになるけど……先生の言葉は今の俺にもこうして語りかけてくれる。
本当に出来た先生だった。
(今、先生が俺の姿を見て……なんて思うんだろ)
失望されるかな。それとも、呆れてくれるのかな。
あぁ間違いなく、怒られる。ゲンコツくらうのはもう嫌だなぁ…痛くないけどめちゃくちゃ痛い。物理的じゃない、なんか精神的に痛い。何度も食らった事あるけど、アレは慣れる気がしないんだよな。
過去の苦い思い出と共に思い出される記憶も、時が経てばそれすらも彩る思い出に変わるのも都合が良くて俺らしい。
その時、壁に立て掛けてあった写真を何となしに見遣った。
そこに写るのは、4人の若い男女と1人の女性。俺が通っていた冒険者学校の卒業写真であり、既に何年も昔の話。当時は馬鹿やって騒いで青春を謳歌して、思い出すだけで笑えるような思い出しかない。
そのせいで先生白髪生えちゃったけど。
それでも、俺はにとってはその記憶がオリジンだった。若き日、卒業式の時に宣言したあの日も全てが輝いていた、全てが色褪せることなく、燃えていた。
『見せてやるよ、お前らに。俺は絶対に魔王をぶっ飛ばす。未来を変えに行ってくる』
……あの頃の俺は、バカだった。
直情で、自信家で、やる気に満ち溢れていて、ひたすら眩しかった。どんなに否定されても俺なら出来ると疑わず、どんなに笑われても俺なら成功できると信じて、どんなに高い壁でも俺なら必ず乗り越えられると先頭に立った。
不可能なんて言葉が嫌いだった。出来ないなんて台詞が嫌いだった。無理だなんて決め付けられるのが嫌いだった。
あの時、魔王を倒すなんて不可能と言った奴らを見返して悔しがる顔を拝んでさ、明るい未来もお前らに見せるって。自信満々に言い放ったこともあった。
…そう、本当に……バカだった。
『今の言葉、訂正してください!セラくんは確かにわがままで、傲慢で、自信過剰のナルシストで、悪戯好きで、もうほんっとに色々と問題ばっか起こして私やみんなに迷惑かけてばっかのどうしようも無いクズ人間です!でも!!…………えと…えーっと…あっ、で、でも!誰よりも仲間を想って、誰よりも真っ直ぐなお人好しなんです!決して、馬鹿なんかじゃない!』
いつだったか、学生の頃国に現れた竜を討伐した俺達が招待された国賓パーティーで先生に擦り寄ろうとしたクソ貴族を追いやろうとした時があった。
当然俺みたいな庶民に命令されたなら、貴族はキレることも分かってた。絶対に揉め事を起こすなと耳にタコが出来るぐらい釘を刺されていたにも関わらず、俺はやってしまった。
なのに、その時貴族が言った言葉に対して、先生が、俺を庇ったんだ。
でもさ。
なぁ、先生。捲し立てるわりにはちょっと言葉探してる感じを出すのやめてほしい。そこは普通にポイポイ出てくるもんじゃん。逆になんで俺の短所はそんなポイポイ出てくんの?こんなんで俺が喜ぶと思ってんのか。
『そんな、セラくんだからこそ…私は本気で許せないんです。………えと、こんなに素敵な子を、バキャにすることを!!』
あ、ほら今も言葉探した。しかも最後噛んだし。終盤になってから失速するのなんなんだよ。これじゃあ台無しだって、締まらないな本当に。
でも、その言葉になんか救われた気がしたのは本当だった。
『この子はただ、アホなだけです!!』
普段はカッコいいを装って締めるくせに、こういう大事な時になるとポンコツに変わるのも本当に治してくれって思う。
けど、それがこの人の良いところで、こんなどうしようも無い抜けてる部分が俺は好きだった。
生徒を見捨てず、絶対に導いてくれるその背中に憧れた。
どんなことがあっても必ず味方で居てくれて、理解者として隣に立ってくれたその在り方を尊敬した。
俺もいつか、こんな大人になりたいと密かに誓った。
なのに、今の俺はあの時憧れた背中から遠ざかっている。
……この体たらくはなんだよ。セラ。
『セラくんらしくないですよ。ほら、いつものように───お決まりのセリフがあるでしょ?君と言ったらの代名詞、己を奮い立たせる自己暗示の言葉!』
『───未来を変えてやる!ってね、先生はこのセリフ結構すきなんだよ?』
憧れの人が好きだと言ってくれたこの言葉を、憧れたあの人が導いてくれた過去を、俺は蔑ろにするのか。
ばかやろう。
“テメェが決めたんなら、テメェの信念ぐらいは貫けよ”
あの時仲間に告げた言葉が、己自身に告げるよう甦った。
「…ははっ…そうだよな、俺らしくねぇよな」
無意識のうちに触れていた、写真を撫でる。いつの間に立ち上がっていたのかすら、自分でも分からなかった。
ただ、俺の深層意識の中で徐々に膨れ上がっていく感情があった。
胸の内側に宿るこの気持ちの正体は分からない。
あの頃のような輝きは既に失せているけど、俺の中で燻っているこの気持ちを、もう一度だけ…求めてもいいのなら。
手を、伸ばしても…。
強く、写真の縁を握った。
心が燃え尽いた中で、一欠片の思いに灯された気持ちが徐々に再熱していくのを感じる。
また、あの頃みたいにやってみてもいいんじゃないか。完全に吹き返した訳じゃないけど、燃え尽きた分を補うように生きても…でもそれが虚しいと感じるかもしれない。
何してるんだろうってなるかもしれない。だけど、今のまま生きていたら、いずれ俺は道を間違える気がする。
それじゃあダメだ。だから、輝いていた当時のように笑って生きていると言えるような生き方を──。
…こんなクソみたいな目標だけど、今はそれで良い。
俺にはこのぐらいの人生目標がちょうどいい。バカな……いや、アホな俺らしい生き方だろう。
先生も、アイツらも……きっと笑いながら良いな!って言ってくれると信じて。
「…遅くなって、ごめんな。みんなに顔を会わせられるぐらい、頑ん張るよ」
誰にも聞こえない決意だけど、己に言い聞かせるよう告げる。だけど、まだそれはやる時じゃない。休んでる間に積もった依頼を熟してからやりたいことをやるべきだろう。
まず俺がやるべきことを成してから、あの時のように自由にめいいっぱい冒険しよう。
当分の間冒険者を休業するって本部に伝えてあるとはいえ、流石にこれ以上の休みを取ると評価にも響くだろうし、なによりも青薔薇の元リーダーとして示しがつかねぇ…当時を生きた証までも消えちまったら、それこそみんなに合わせる顔がねぇ。
高難易度の依頼も溜まってるだろうし、いくら昔の仲間たちがいるからってこれ以上任せっきりなのも男として不甲斐ない。
…まずは、依頼をやろう。
「休業時間は終わり…こっからはちゃんと働こう」
色々と準備を済ませ、装備を整えた俺は家の扉を開けていざ、外の世界に出ようと足を一歩踏み入れて……取っ手に手をかけまま立ち止まった。少し冷静に考えてしまう。
確かに、ある程度やる気にはなった。働く気も徐々に湧いてきたし、今なら高難易度依頼を何十個も消化することが出来ると思う。思う…けど、本当にそれでいいのか?って心が問いかけてくる。正直魔王を倒した今、冒険者を続ける意味もそこまで無い。
じゃあ、なんのために続けてるんだろうか。休業届けをしてまで。いっその事辞めても良かったんじゃ?なんて思うこともある。魔王亡き今、世界の危機は当面起きない。だけど、この世界は何度も危機に陥ることを俺は知っている。最悪なことに、俺の持つ未来視が最悪の未来を何個も視ている為、確実に厄災は起きる。今まで外れたことなんてないからな、この力。
次に現れる厄災はいつになるか知らないが、三年以内に現れるとは思わない。確証はないため断言はできないけど、過去の経験則からしてその可能性は低いと思う。
予知した未来が近づくと何度も同じ未来を視るからだ。不定期だが、それは寝ている時だろうと起きている時だろうと起こる。もしかしたらこの推測自体外れて今厄災が起きるかもしれない不確定要素、曖昧な理論だ。
──でも、俺は視たんだ。悲観すべき最悪な未来だけじゃなくて、同時に希望の未来ってやつを。俺のじゃなくて、俺以外の姿が厄災を倒す姿を視たのだ。これもまた時系列が分からないからいつ頃のものか定かじゃないが。
多分、次の厄災は俺が殺るべき存在じゃないのかもしれない。だとすれば、裏からその手助けをすれば俺の役目は終わりになる。
その時に冒険者としての地位が役に立つかもしれない…そんな漠然とした考えのせいだろうか。
なら、いつか来るだろう勇者のために、もうちょっと頑張るしかないな。その時になるまで、ちょっとずつ情報も集めてみよう。
未来予知が起きないから、やはり時間はまだまだあるんだろうけど備えることぐらいはしよう。とりあえず今は、依頼を受けることが最優先かな。
動くの遅せぇよ、もっと早く動けよアホ。なんて心の中で自嘲しながら息を吐く。どうせ今色々考えても仕方がないし、埒が明かないから何を受けるかは依頼書を見て考えよう
(まずは外に出───っ!?)
取っ手を回した瞬間、俺の目頭が熱を帯びて突然視界が暗転した。
映し出される新たな未来は何人かの生徒と教室で授業をしている俺だったと気が付いた時には───その映像は終わっていた。5秒にも満たないほどの速さで終わる未来予知に困惑しつつも、真にやるべきことがわかった。
もし、危機が訪れているのならこの未来予知が知らせてくれるが、それとは別の未来を予知したのなら…不安に思うことは無いということ。
なんつータイミングで未来予知が……って思わなくもないけど、それでも、ようやく働いてくれたこの力に笑みがこぼれる。
この未来予知は天啓みたいな力だと認識しているが、正にそれだと今回の件を通してより思った。
いつも、こいつが俺にやるべきことを教えてくれる。
「はは…今度は教師かよ」
しかも、視た感じの教室内はどこか見覚えのある風景をしていた。俺が昔通っていた母校の教室に何処と無く似ている…学校ならほとんど似たり寄ったりの教室してると思うが、俺の勘が言ってるんだ。
ここは、俺の母校だって。
三年間だけだったけど、仲間と過ごした時間と変わらないほど俺にとっては色褪せない思い出だった。なのに、迷惑かけるだけ掛けて卒業しちまって、挙句の果てにお礼もせず姿も見せず、パーティーも解散。結構好き放題して生きて来た俺がこんな都合よく行くのは違う……よな。
でも、未来予知に映った時点で教師になることは決定済み。みんなに顔を合わせられる位まで会わないつもりでいたってのに…映っちまったら行かない訳にもいかない。
なら会いに行くのもこの際アリ…だけど、会ってもいいのかな。
『おい先生!キラリの奴がまた山をぶっ飛ばしやがった!!貴族の別荘ごと!!』
『な!?何をしてるんですか!!?』
『違う!!セラが雑魚い技で俺に勝てるわけねーだろ!!って挑発したから!!』
『あ!テメェ俺を売りやがった!?』
『とにかく!!貴方たちはそこに座りなさーーい!!!』
過去の記憶なんて、怒られてるか叱られてるか怒鳴られてるかしか無かったけど、それでも唯一、俺達を対等に見て叱ってくれる大事な恩師だった。こんな馬鹿な俺たちを最後まで導いてくれた、尊敬する一人の女性だ。
…俺の不誠実な所も、ダメなところを見せる結果になる。だからどうしても、会うのを躊躇ってしまう。もっと他にやることをやってから……いや、既に未来を予知してるんだ。遠くない未来…この行動が必要になってくるってことだ。
だから…………行こう。今回もコイツの視た未来を信じてやってみよう。一体誰に教えてるのか、この力は断片的な未来しか見れねぇのがたまに傷だが、それでもヒントがあるだけまだマシだ。
あるのと無いのとじゃあ、余裕も違う。
冒険はお預けになったけど、あの頃のような生き方を生きると決めたんだ。少し寄り道になるのもまた、冒険の醍醐味だろう。
深呼吸をしてから、両の頬を叩く。
「…第二の目標、だな。…よし、気合い入れるか…!!」
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