予定外の降車

 生まれて初めて乗り込んだリニアに、蓮は少々浮かれていた。

 いつも車の窓から外を見る時とは比較にならない速度で、景色が流れていく。

 あっという間に県をまたいで岐阜に着いたところで、蓮のテンションは最高潮に達した。


「すっげえー! これならほんと、あっという間に東京まで着いちゃうよ!」


 蓮が思わず声を大にしてはしゃぎながら隣を見ると、シフォンはフードを深くかぶり、深刻そうな顔でうつむいていた。

 ついでに周囲の客も迷惑そうな顔で蓮の方を見ていたのに気づいて、蓮は恥ずかしくなり、声をひそめてシフォンに顔を寄せる。


「……シフォン? どうしたの?」


「わたし、目立っちゃうから……できるだけ静かにしてようと思って……」


「僕の方こそちょっと騒ぎすぎちゃったな、ごめん……でも、シフォンが隠れる必要はないよ。もうさっきのお巡りさんたちはいないしさ。誰も僕たちを追いかけてはこないはず」


 身元確認を振り切ってリニアに乗ったのはかなり不審に映っただろうし、実際ホームまで追いかけてくる程度には追われていたのだが、さすがに駅をまたいで追跡の手を伸ばしてくるようなことはないだろう。

 蓮たちがリニアの乗車券を買ってあることはしっかり駅員が確認していたし、他に何らかの悪事を働いているという証拠はないはずだ。

 大丈夫、大丈夫……蓮が頭の中でそう繰り返している間に、リニアは岐阜県駅を出発した。


 発車から少し経った頃、車両後部の扉が開いた。

 蓮とシフォンが座っているのは最後尾の席だったので、誰が入ってきたかはすぐにわかった。車掌だ。

 メガネをかけた細身の車掌は、蓮の隣で隠れるようにフードをかぶっているシフォンの姿を見るや、訝しげに目を細くした。


「切符を拝見してもよろしいですか?」


 声をかけられ、蓮は素直にふたり分の切符を手渡した。

 車掌は切符をあらため、蓮の手に返しながらシフォンの方を見る。


「すみませんが、そちらの方もお顔を見せてください。子供用の切符ですから、確認しないといけませんので」


 そう言われて仕方なく、シフォンはフードを脱いだ。

 その瞬間、車掌の顔色がはっきりと変わったのが蓮にはわかった。


「エルフの女の子……君たち、乗車する時に警察を振り切った子たちだね?」


「えっ……!?」


 予想外の指摘に、蓮は驚きの声を漏らしてしまった。

 それでいっそう確信を深めた様子で、車掌は表情を険しくする。


「警察から連絡を受けてるんだよ。駅で魔法を使ったそうだね? 他のお客さんの安全のため、次の駅で降りて話を聞かせてもらうよ」


「えっ……そ、それは……」


「大丈夫だよ、別に怖い目に遭わせやしない。ちゃんと親御さんにも連絡するから、安心して」


 車掌はこちらを安心させるように言ったが、むしろ親への連絡は一番してほしくないことだった。

 とはいえ、狭い車内では逃げる場所もない。


「さあ、こっちへ来なさい」


 車掌に促され、蓮とシフォンは顔を見合わせた。

 シフォンが小さく頷くと、蓮もその意図を察する。

 こんなところで捕まるわけにはいかない。なら、やるべきことはひとつ──逃げるだけだ。


 アナウンスが、もうすぐ長野県駅に到着することを告げた。

 蓮とシフォンは車掌に従うフリをして、出入口のドアの前まで大人しくついていく。

 そのドアが開いた瞬間に猛然とダッシュした。


「あっ、こら! 待ちなさい!」


 リニアの到着を待っていた乗客たちの間をくぐり抜けて、蓮とシフォンはまっすぐ階段へと向かう。

 連絡を受けて待ち構えていたのか、駅員がふたりの行く手を阻むように立ちふさがった。


「止まれ!」


 駅員は蓮の服を掴もうと手を伸ばしてきた。

 蓮は身を屈めてその手をかわしながら、駅員の股下をスライディングでくぐり抜ける。

 その直後、シフォンが駅員の背中を馬跳びにして軽々と飛び越えた。


「うおっ……!」


 駅員がバランスを崩して尻餅をつくのを横目に見ながら、蓮とシフォンは階段を駆け下りた。

 そのまままっすぐ出口の方へ走っていき、悠長に切符を入れる時間を惜しんで自動改札を飛び越える。

 警報音が鳴り、その場にいた駅員が怒鳴ってきたが、どうせ元々追われる身なのだから関係ない。


 駅前の繁華街に出たが、この近くにいるのは危険だ。駅員が外まで追ってくることはないと思うが、警察に連絡がいっているかもしれない。

 蓮とシフォンは人目を避けるため、無我夢中で繁華街を走り抜けていった。

 初めて降り立つ長野の地への不安を紛らわすように、痛いくらい強く手を握り合いながら。

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