きっと大丈夫

 バスで最寄り駅に着いた後は電車を乗り継いで、市内で一番大きな駅に到着した。

 ここはリニア新幹線にも乗り降りできる駅だけあって、市内でもまるで別世界のように人出が多い。

 外れの方にある地元の町よりも、人や物で溢れているきらびやかなこの駅の周りが蓮は好きだった。


「そろそろお腹空いたね」


 蓮が言うと、シフォンは少し照れたように頬を赤らめながら頷く。


「わたしも。近くのお店でハンバーガーでも食べよっか?」


「えー、ハンバーガー? うちの近所でも食べられるしなぁ……せっかくだしもっと贅沢しようよ」


「だめだよ、あんまりお金ないんだから」


 シフォンも蓮と同じく自分の貯金をかき集めてきたそうで、所持金は2万円弱だった。合計で約4万円。

 普段の自分たちにとっては大金だが、ここまでバスと電車を乗り継いだだけでも、ひとり400円近く使ってしまっている。

 東京まで行くことを考えると、尚更節約しなければならないというのはもっともな話だ。


「じゃあ、せめて好きなの食べようよ。僕あれがいいな、ダブルチーズの」


「わたしはフィッシュにしようかな〜。タルタルソース好き。あ、ポテトはどっちか片方だけ頼んで分け合おうよ。その方がたぶん安いよ」


「なら、僕がLサイズで頼むよ」


 他愛のない、こんなやり取りも今の蓮にとっては楽しくて仕方がない。

 普段は何をするにも親を頼らざるを得ないのだが、こうしてシフォンとふたりだけで自分の行動を決められるのは、少し大人になったようでとてもワクワクすることだった。




 近くの店でのんびりとハンバーガーを食べ終えてから、蓮とシフォンは再び駅に戻ってきた。


「シフォン、カード持ってる? 改札にピッてするやつ」


「ないよー。電車使わないもん。蓮くんは?」


「僕もないや。切符買わなきゃね」


 ふたり並んで券売機の前に立った。

 慣れない券売機の操作に悪戦苦闘しつつも、東京へ向かう切符を買おうとした……のだが。


「東京行きがない……どうしてないんだろう? 線路は東京まで繋がってるはずなのに」


「たぶん、どこかで乗り継ぎしなきゃいけないんじゃないかな?」


 シフォンは路線図を見上げながら言ったが、それ以上のことはわからないようだった。

 蓮もシフォンも追跡対策のために電子機器は全て家に置いてきたため、自力で調べることもできない。


「リニアに乗れば東京まで直通みたいだけど……子供料金でも、だいたい片道6千円かぁ……」


「お金、結構なくなっちゃうね……どうしようか、蓮くん」


 シフォンから不安げに訊かれ、蓮は少し考え込んでから答えた。


「リニアに乗ろう。その方が確実だし、着くのが早ければ早いほど動きやすくなるし……」


 蓮はリニアに乗ったことはないが、東京まで40分くらいで着くと聞いたことがある。

 今は昼過ぎだから、まだ明るいうちに余裕で到着できるはずだ。

 シフォンも頷いて、切符代を差し出してきた。

 蓮は券売機を操作し、ふたり分の乗車券を購入する。

 自分の手でこんな高い買い物をするのは初めてで、思わず少し手が震えていたが、なんとか無事に発券できた。


「えーと……もうすぐ発車するみたい。急ごうか、シフォン」


「れ、蓮くん……」


 服の裾を引っ張られ、何事かと振り返った。

 不安げなシフォンの眼差しの先、2人組の女性警察官がまっすぐこちらへ近づいてくるのが見える。

 蓮はぎょっとして、大急ぎで切符を掴み取るとシフォンの手を引いた。


「だ、大丈夫。きっと僕らに用があるわけじゃないよ……行こう」


 早歩きで改札の方へ向かおうとするが、女警たちは明確に蓮たちの行く手を阻むように回り込んできた。

 蓮が反射的にシフォンをかばって前に出ると、にっこり笑顔を浮かべてこちらを見下ろしてくる。


「こんにちは。きみたち、どこ行くのかな? お母さんかお父さんは一緒じゃないの?」


「…………」


 どう答えるべきかわからず、蓮は黙り込んだ。

 女警の目が、ちらりと蓮の手元の切符を一瞥する。


「へえ。東京まで行くんだ?」


「……は、はい……」


「そっか。そっちの女の子、ちょっとフードとサングラス取ってくれるかな?」


 言われて仕方なさそうに、シフォンはフードとサングラスを外した。

 金色の髪と蒼い瞳、尖った耳が露わになると、女警たちは納得した様子で頷く。


「やっぱりエルフだ。君たち、どういう関係なの? ご兄妹じゃないよね?」


「それは……その……」


 まさか本当のことを言うわけにもいかず、蓮は答えに窮した。

 その時、後ろからシフォンが蓮に抱きついてきた。


「蓮くん、じっとしてて」


 そう耳打ちされた直後、体が浮遊感に包まれる。

 シフォンの魔法で宙に浮いているのだ──と理解した直後、蓮はものすごい風圧を顔面に浴びた。

 飛んでいる。すさまじいスピードで。


「ま、待ちなさい!!」


 遥か後方で女警の呼び止める声がしたが、それも一瞬で空気抵抗の波に押し流されて消えた。

 シフォンと蓮はそのまま駅構内を高速で飛び回り、自動改札を文字通り飛び越えたところで減速すると、ようやく着地した。


「……び、びっくりした……」


 シフォンの魔法で飛ぶのはこれで2度目だが、やっぱり心臓に悪い。結果的に振り切れたとはいえ、まさかもう一度味わうことになるとは……。

 周囲の客も、改札そばの駅員も、何事かと呆気にとられた様子で蓮とシフォンを見つめている。


「…………ちょ、ちょっと君たち! 改札を勝手に越えちゃダメだよ!」


 やがて、真っ先に我に返った駅員が声をかけてきた。

 蓮がポケットからふたり分の切符を取り出すと、渋々といった様子で改札に通してから返してくれる。


「そもそも、魔法を使っちゃいけないはずだろ? こんなところで飛び回って、怪我したり怪我させたりしたらどうするんだ。もうすぐ発車の時間だから、急いでたのはわかるけど……」


「すみません。次から気をつけます!」


 シフォンは大声で答え、蓮の手を引いた。

 改札の向こうに、こちらへ走ってくる女警たちの姿が見えて、蓮も急いで立ち上がる。


「警察です! 通して!」


 そんな声を遠くに聞きながら、ホームへの階段を駆け上がる。

 ちょうどリニアの車両が入ってくるタイミングだった。

 蓮とシフォンが乗り込んですぐに発車ベルが鳴り響き、ドアが閉まる。

 遅れてホームに上がってきた女警たちと一瞬だけ目が合ったが、既に車両は動き始めており、瞬く間に彼女たちの姿は見えなくなった。


「……あ、危なかった……」


 高速で流れていく景色を見ながら、蓮はほっと胸を撫で下ろした。

 シフォンが申し訳なさそうに顔を覗き込んでくる。


「急に飛んじゃってごめんね。大丈夫だった?」


「かなりびっくりしたよ……でも、おかげでなんとか逃げられた。ありがと、シフォン」


 あのまま捕まったら確実に親元へ連絡がいっていたし、連れ戻されてしまったことだろう。

 多少強引でもああするしかなかったはずだ。


「でも、怪しまれちゃったよね……わたしたち、このまま無事に東京まで行けるかな?」


「あと40分乗ってるだけでいいんだよ? 学校の授業ひとコマより短いじゃん。きっと大丈夫だよ」


 心配するシフォンに向かって、励ますように蓮は答えた。

 しかし蓮も内心では同じ不安を抱えていたし、実際のところ、まったく大丈夫な状況ではなかった──。

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