これからのこと
蓮が教室に入ると、クラスメイトたちはいつも通りのんきにはしゃいでいた。
普段と何も変わりない、朝のホームルーム前の空気だ。
騒がしさを避けるように級友の間を縫って席に着くと、引き戸が勢いよく開かれる。
「ああ、よかった。足柄くん、ここにいたのね」
奥山先生だった。どうやら蓮を追いかけてきたらしい。
先生の姿を見てクラスのみんなが少し静かになると、奥山先生は蓮の席まで近づいてきて声をひそめた。
「足柄くんのお母さん、先にお家に帰られたわ。あなたが帰ってからまたゆっくり話しましょうって、お母さんからの伝言よ」
「……そうですか」
「あまりひとりで背負い込まないようにね。何かあったら、すぐ先生に相談してくれていいから」
塞ぎ込んだ蓮を心配してくれているのか、奥山先生は珍しく親身な声でそう言った。
蓮はどうにかして、今後もシフォンとの仲を維持したい。それが叶わないのなら、シフォンを連れて逃げることだって厭わない覚悟だった。
もしかしたら、先生がその助けになってくれるかもしれないと思った。
「急いで足柄くんを追いかけてきたから、まだホームルームの準備ができてないの。先生は一旦職員室に戻るから、このまま教室にいてね」
奥山先生はそう言って、足早に教室を出ていってしまった。
声をかけるタイミングを見失った蓮は、慌ててその後を追う。
幸い、奥山先生は階段を下りるすぐ手前の辺りで立ち尽くしており、すぐに追いつくことができた。
しかし、何だか様子がおかしい。
奥山先生は頭を抱えて、深い深い溜息を漏らしていた。
「……まったく、なんでこんな面倒ごとばかり……それもこれも、あのエルフが来てから……よりにもよって、どうして私のクラスに転入してきたんだか……」
怨みのこもった呟きが耳に届いて、蓮は慌てて身を隠した。
……奥山先生も、シフォンを嫌っている……。
いじめの告発に魔法の無断使用。次々と起こるそれらの問題の渦中にいるシフォンを疎ましく思っているのだろう。
やはり大人はあてにできない。
蓮は先生に気づかれないように教室へ戻った。
やがて、まるで何事もなかったかのように授業が始まった。
いつもと違うのは、シフォンが悲痛な表情をしていることと、結那が体調不良を訴えて一時間目から早退したらしいことだ。
おそらく結那は蓮と別れてそのまま保健室に向かったのだろう。
気の毒だとは少しも思わなかった。むしろ、あんな奴と顔を合わせなくて済むのはラッキーだとさえ思った。
(これからどうしよう……)
授業の内容などほとんど聞きもせずに、蓮は考えを巡らせた。
両親は蓮とシフォンを引き離そうとしている。少なくとももう堂々と会うことはできなくなったし、隠れて会ったり連絡を取り合ったりするだけでも、バレたらひどく怒られるだろう。
学校でも話しかけないように言われてしまったし、ふたりで話しているところを奥山先生に見つかったらそこから母に連絡がいくことだってあり得る。
こんな横暴にはとても耐えられない。
(でも、僕に何ができる……? 母さんも父さんも、僕がいくら説得したって聞いてくれるわけない。それなら、おじいちゃんたちを頼るか……?)
祖父や祖母は初孫の蓮をいつも可愛がってくれるし、何かと甘やかしてくれて、逆に両親に苦い顔をさせることも珍しくないくらいだ。
もしもふたりを味方につけられれば、今より多少はマシな状況になるかもしれない。
しかし、蓮の一家は祖父母と別々の家に住んでいるから干渉するにも限度があるだろうし、「蓮の教育には口を出さないでくれ」と以前父が祖父に苦言を呈していたのを見かけたこともある。
そう考えると、やはり過度の期待はできない。
――その時、不意に机の上に小さな何かが飛んできた。
飛んできた方角を見ると、シフォンが急いで前に向き直るのが見えた。
どうやらシフォンが振り返りざまに投げてきたらしい。
つまんでみると、それは丸めたメモだった。
周りの誰にも見られないよう注意しながら、メモを広げてみる。
『昼休み 一番近い階段から屋上へ』
どうやら、シフォンからの呼び出しのようだった。
ひとりで考えてもあまりいい案は浮かんでこないし、シフォンと相談できるならその方がいいかもしれない。
蓮は一旦昼休みを待つことにした。
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