告発と決別
その夜は母にひどく叱られ、いつもはかばってくれる父も一切蓮のフォローをしようとはしなかった。
翌朝になり、蓮が母に連れられて学校の職員室へ向かうと、そこでも既に準備はできていた。
職員室の端、パーテーションで区切られた応接用のスペース。
テーブルを挟んで向かい合わせに3人掛けのソファがふたつあり、その片側にシフォンと、シフォンそっくりな大人のエルフがうつむきがちに腰を下ろしている。
蓮と母に気づくと、シフォンたちは慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「シフォンの母です。この度は、私の娘が蓮くんを危険な目に遭わせてしまったとのことで……本当に申し訳ございません」
心から反省している様子で、大人のエルフ――シフォンの母は悲痛な声で謝罪した。
その痛々しい姿に、蓮は胸が締め付けられる思いがして、ぶんぶんと首を横に振る。
「違うんです! 僕は自分でシフォンに頼んだんです。空を飛んでみたいって。だから、シフォンは何も……」
「蓮は黙ってなさい」
母が鋭く遮ったが、蓮はとても引き下がれなかった。
「黙らない! シフォンは確かに魔法を使ってたけど、飛びたいって言ったのは僕からだし、僕はかすり傷ひとつしてない! どうしてシフォンが怒られなくちゃならないんだよ!?」
「……足柄くん、少し静かに」
機材を手にしてやってきた奥山先生が、落ち着いた声で蓮をたしなめた。
蓮は唇を噛みながら、渋々母親とともに反対側のソファに腰を下ろした。
そのまま奥山先生は蓮とシフォンの母に向かってそれぞれ軽く挨拶を済ませると、機材を操作する。
ほどなくして、鮮明な映像が宙に投影された。
魔法の蒼い光を放ちながら空を飛び回るシフォンと、それに必死で掴まっている蓮の姿を地上から捉えた姿が映し出されている。
「上原さん。この映像で空を飛んでいるのは、あなたで間違いないわね?」
「……はい」
シフォンが消え入りそうな声で認めると、奥山先生は次にシフォンの母を見た。
「お母さんはつい先日シフォンさんに魔法を教えたばかりとのことでしたが、魔法をみだりに使ってはならないということは、教えていなかったのですか?」
「いえ……しっかりと言い聞かせていました。でも、友達だけでこっそり使う分には大丈夫だろうと思って、使ってしまったのだそうです」
シフォンの母が答えると、シフォンもそれを認めて小さく頷く。
このまま黙っていたらシフォンが一方的に悪者にされてしまうと思い、蓮は口を挟んだ。
「先生。今聞いた通り、これは3人で山に行った時の出来事です。この映像は誰が撮ったんですか? どこから出てきたんですか?」
「足柄くん。そんな話はどうでもいいのよ」
「僕にはわかってます! 結那が持ってきたんでしょう? 近くには他に誰もいなかったし、こんな映像を撮影できたのは結那しかいない! あいつがやったんだ! 秘密だって約束したのに、あいつが……!」
「蓮!」
勢いのまま立ち上がりかけた瞬間、母に腕を強く引かれ、蓮はソファに転がった。
奥山先生は呆れた様子で蓮を一瞥してから、シフォンの方へ向き直る。
「この映像の出所は言えません。とにかく、このような危険行為は学校としても見逃すことはできませんので、今後二度と同じことのないよう、お母様には厳しくご指導を願います」
「……はい。お騒がせして、申し訳ありませんでした」
そのまま消えてしまいそうなくらい小さく体を折って、シフォンたち親子は蓮たちに向かって謝罪した。
蓮は何とかしてシフォンたちをかばいたかったが、手立てが思いつかず、悔しさに歯噛みすることしかできない。
奥山先生はその間に、蓮の母へと声をかけた。
「……足柄くんのお母さん。こうして反省しておられますし、許してはいただけないでしょうか? 許可なく魔法で空を飛ぶのは違法行為ではありますが、上原さんはまだ小学生ですし、あまり大ごとにするのも何ですから……」
「――わかりました。ですが、息子の命を危険に晒した以上、今後は二度と息子に関わらないでください。学校で会う時も、必要な時以外は声をかけないように指導していただきたいです」
あらかじめそう答えることを決めていたかのようにスラスラと淀みなく、氷のように冷たい声で母は告げた。
やはり黙ってなどいられず、蓮は声を張り上げた。
「勝手に決めないでよ、お母さん! シフォンは僕の大事な友達なんだ!」
「蓮、いい加減にしなさい! 誰であろうと、世の中のルールを守れない子と付き合うのはあなたのためにならないのよ。私は蓮のために言ってあげてるの」
母も蓮に対して一歩も引かずに言い返してきたが、それが後付けの理由に過ぎないことは明らかだった。
母は元々エルフが嫌いで、蓮をシフォンから引き離したいだけだ。
昨日、ころころと話を変えながらとにかくシフォンと遊ばないように言っていたのもそうだ。とにかくシフォンと遠ざける口実が欲しいだけに違いない。
「母さんはシフォンがエルフだから嫌ってるだけなんだろ!? 僕にはそんなの関係ない。僕まで巻き込まないでよ!」
「違うわよ! ルールを破ったからいけないんだって言ってるだけでしょう!?」
「あ、足柄くん。お母さんも、少し落ち着いて……」
奥山先生が仲裁に入るが、蓮は構わず叫んだ。
「そんなのウソだ! エルフのこと、『ネズミみたいに大量に生まれてくる気持ち悪い生き物』って言ってたくせに!!」
その言葉を聞いた瞬間、母の顔色が変わった。
「蓮、あなた……やっぱり盗み聞きしてたのね!?」
「……本当なんですか、それ」
激怒した母の声に真っ先に反応したのは、シフォンだった。
蓮の母はハッとして振り返り、シフォンとその母親、奥山先生の顔を順に見比べた。
たった今、蓮の言葉を自分が認めてしまったことに気づいた様子だった。
「そ……それは、その……」
しどろもどろになる母の反応を見て、シフォンは小さな肩を震わせ、涙ぐんだ。
すすり泣くシフォンの姿に胸を打たれ、蓮は母に背を向ける。
「……こんなの、納得できない……お母さんは間違ってるよ……!」
「れ、蓮! 話はまだ終わってないわ。座りなさい!」
「もう話すことなんてない! お母さんがなんて言おうと、シフォンは僕の友達だ!」
呼び止める声を振り切って蓮は走り出し、そのままの勢いで職員室を飛び出した。
廊下に出た瞬間、すぐ近くの曲がり角から顔だけ出して職員室の方を見ていた結那と目が合う。
ビクリと肩を震わせて顔を蒼ざめさせた結那に、蓮は怒りのままにずんずんと大股で歩み寄った。
「……魔法のこと、バラしたな? いや、最初から約束を破ってバラすつもりだったんだろ? こっそり録画までしてたんだから」
「わ……私は、約束なんてしてない。シフォンちゃんが勝手に『誰にも言っちゃダメ』って言っただけで、私は何も答えなかったもん」
結那は怯えた様子で冷や汗を浮かべながらも、開き直るように胸を張った。
「シフォンちゃんは法律を破ったんだよ? 悪いことをしたの。それを大人に伝えるのは当たり前でしょ。私は何も悪くない」
「……そうかもな。他の大人が聞いても、たぶん結那の方が正しいって言うと思うよ」
頷いて答えながら、蓮は結那の脇を通り過ぎざまに言った。
「でも僕は、お前なんて大嫌いだ」
「……!!」
結那が大きく目を見開いてその場にへたり込むのを横目に見ながら、蓮は教室に向かった。
誰がなんと言おうと、このままシフォンと引き離されてたまるもんか。
もしも家族が僕の邪魔をするなら、シフォンとふたりで逃げたっていい――。
そんな幼く未熟で、しかしどこまでも熱く純粋な決意を胸に秘めて。
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