仲良くしすぎ?

 3人で向かったのは、市内で一番大きな運動公園だった。

 到着後はシフォンに園内を案内したり、3人で遊具を使って遊んだりして、門限になって別れるまで平穏な時を過ごした。

 結那はシフォンに対しては相変わらず壁を作っていたものの、露骨に冷たい態度を取ることはなくなり、普通のクラスメイト程度の距離感に変わったようだった。


 週が明けて月曜になると、結那の態度の変化はもっとわかりやすいものになった。

 シフォンをいじめたり、変なちょっかいをかけたりしなくなったのだ。

 人として当たり前の状態になっただけとも言えるので、蓮としては結那を褒める気にはなれなかったが、自分が言ったことをちゃんと守っている点だけは認めてもいいかと思えた。


 それまで、学校で見かけるシフォンは結那の影に怯えていることが多かったのだが、状況の変化によって笑顔が戻ってきた。

 明るくなったシフォンと一緒に過ごす時間は以前にも増して楽しく感じられ、蓮は学校でも、放課後も、シフォンとばかり時間を共にするようになっていった。


 そんな日が半月ほど続いた頃──。




「シフォンちゃん、今日は私たちと遊ぼうよ! ね、たまにはいいでしょ?」


 昼休みに入った直後の教室にて。

 結那とは別のグループを作っている、クラスの女子たちが突然そう声をかけてきた。

 蓮はその日も当然のようにシフォンと(今日は図書室で)過ごすつもりだったので、シフォンが誘われるのを見て思わず目を丸くしてしまった。


「え、えーっと……ごめん、今日は蓮くんと遊ぶ約束してるから……」


 シフォンは蓮の方をちらちら見ながらやんわり断ったが、女子たちは不満げだった。


「えーっ? 最近ずっと足柄とばっかりいるじゃん。たまには女の子同士で遊ぼうよ。足柄も、たまには譲ってくれてもいいよね?」


 女子たちが蓮に睨みを利かせてくると、蓮は小さく肩をすくめた。


「僕なら気にしなくていいよ。シフォン、また後でね」


「……う、うん」


 少し寂しそうな顔で頷くと、シフォンは騒がしい女子たちに囲まれて教室から出て行った。

 せっかく結那のいじめが止まって、みんながシフォンと仲良くしやすくなったのだから、あまりシフォンを独占しすぎるのは良くないだろう。

 どうせ放課後にはまた遊べるだろうし……。

 同じように寂しさを感じている自分へとそう言い聞かせながら、蓮は廊下に出た。


「今日はシフォンちゃんのこと譲ってあげたんだ? 珍しいじゃん」


 後ろから声をかけられ、振り向くと結那が立っていた。

 その言葉にトゲを感じて、距離を置くように歩き出すと、結那は隣に並ぶ。

 どうやら蓮に何か用があるらしい。


「……もしかして、シフォンを遊びに誘うように、結那があいつらに言ったのか?」


「言うわけないでしょ。なんでそう思うの?」


「シフォンを僕から引き離そうとしてる、とか」


「もう嫌がらせはしないってば。……ま、久しぶりに蓮とふたりで話したいとは思ってたけど」


「僕と? なんか話すことあるの?」


 結那と険悪な関係になったのはシフォンが転入してきてからのことだが、それ以前でも、わざわざふたりきりで話したことはなかったはずだ。

 距離を詰められる理由が理解できず、首をかしげていると、結那は目つきを鋭くして言う。


「アンタ、最近シフォンちゃんと仲良くしすぎだと思うんだけど」


「……何だよ、それ。僕が誰と仲良くしようと、僕の勝手だろ?」


「そうだけど、他の男子とも全然遊んでないんでしょ。毎日ずーっとシフォンちゃんとばっかり一緒にいてさ。ちょっとやりすぎだと思う」


「やりすぎって……ひとりの友達と仲良くすることの何がいけないんだよ? 結那だって、いつも仲のいいグループはいるだろ」


「……エルフとくっついた男の人がどうなってるか、知ってる?」


 突然話題を切り替えられ、不審に思いながらも蓮は首を横に振った。

 確かエルフたちがこの世界にやってきたのは、蓮が生まれてくるより少し前のことだ。そのエルフたちのうちひとりが、シフォンを産んだはずだが……。


「僕はあんまり知らない。おだっちのチャンネルなら結構見てるけど、あの人はめっちゃ幸せそうだったよ? もう結婚して10年以上になるらしいけどさ」


「それ以外の人のことは?」


 結那が行く手を阻むように前方に回り込んできたので、蓮は足を止めた。

 この辺りは空き教室の近くで、周囲にひと気がない。どうやらあまり人に聞かれたくない話みたいだ。


「……知らないよ。そういうの、個人情報ってやつでしょ? 知ろうとも思わないよ」


「エルフなんて目立つんだから、すぐに情報は出回るの。私は動画で見たから知ってるけどさ……旦那さんはみーんな、すっごく大変な思いをしてるんだって」


 結那は脅すような声で告げて、蓮の顔を覗き込んできた。

 蓮はムッとして、その視線を跳ね返す。


「大変な思いって、なんだよ」


「まずエルフって、子供がたくさんできるの。さっき言ってたおだっちも、もう50人くらい子供がいるでしょ? その子たちを全員育てるのなんて、とっても大変なことなんだよ?」


「それは知ってるけど……」


 蓮は一人っ子だが、自分ひとりを育てるために母が毎日どれだけ苦労してくれているか、少しは実感している。

 それを何十人分もと考えると、確かに大変なのは間違いない――と思う。たぶん。

 結那は更に続けた。


「あと、エルフと結婚した男の人ってなぜか死んじゃうことが多いんだよ。もう5人くらい死んでるんだって」


「死んでる? ……なんで?」


「わかんないけど、みんなすごい勢いでやつれていくんだってさ。おだっちと仲良かった竹下って人もそう。元はマッチョだったのに、比較動画見たらガリガリになっててビックリしたもん。で、去年死んじゃったってさ。フクジョーシ? らしいって言ってた」


「何だよ、フクジョーシって」


「私も知らないよ。動画じゃ説明してなかったもん。とにかくシフォンちゃんと結婚したら子供がたくさんできちゃうし、蓮はガリガリになって死んじゃうの。わかる?」


 脅すように、結那は蓮の胸に人差し指を突きつけて言い放つ。

 蓮は忌々しいその手を払って、ふんと鼻を鳴らした。


「結婚できるのは大人になってからだろ? そもそも僕とシフォンは付き合ってすらいないし……なんで今そんなこと言われなきゃならないんだよ」


「……私が、蓮に不幸になってほしくないから」


 ぎゅっ、とスカートの裾を握りしめながら結那は答えた。

 余計なお世話だ――と蓮は答えようとしたが、それよりも先に結那は続けた。



「蓮のことが好きだから、言ってるの」



「…………えっ?」


 蓮は驚きのあまり、そう聞き返すのが精いっぱいだった。

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