争えない種族
蓮が危うく高所から落下しかけた姿は結那にとっても衝撃的だったようで、蓮とシフォンが地上に降り立つ頃には腰を抜かしていた。
大きく見開いた目でシフォンを睨み、震える声を懸命に張る。
「ア、アンタ……! あれだけ言ったのに、本当に危ないことする奴がある!? バカじゃないの!?」
「ちゃんとキャッチしたから大丈夫だよー。後ろは気にしてたもん」
「受け止めそこねてたかもしれないでしょ! 結果的にうまくいったからって、許されると思ってんの!?」
烈火のように怒り狂っている結那を見かねて、蓮は口を挟んだ。
「まあまあ、別にいいじゃん。危ない目に遭ったのは僕で、結那じゃないんだし。許すとか許さないとか、結那が言うことじゃないだろ」
「それは……そうだけど……!」
納得できない様子の結那は置いておいて、蓮はシフォンの方に向き直った。
「シフォン、一緒に空飛ばせてくれてありがとな。すごく楽しかった!」
「どういたしまして! ……でも、危なかったのは確かに反省しなきゃいけないかな……次やる時はもっと安全にできるように考えておくね? 例えば、体をヒモでくくりつけてもらうとか」
「そ、そうだな……」
楽しかったし新鮮な体験ができたのは確かだが、もう一度やってもらうかどうかは少し考えさせてほしいと蓮は思った。
結那はよろめきながら立ち上がり、お尻を軽く叩いて土を払い落しながら深い溜息を漏らした。
「もう山を下りない? 魔法を見せたかったんなら、もうやることはやったじゃん」
「いいけど……山を下りてどこ行くんだよ」
用が済んだ以上、蓮としても下りるのは構わないが、この後のあても特にない。
蓮の問いに、結那は少し考えてから答えた。
「じゃ、公園行こうよ。さっきシフォンちゃんが言ってたでしょ? 一応本当に行っといたほうが、後で蓮のお母さんに口裏合わせやすそうだし」
結那の提案に、蓮とシフォンは顔を見合わせた。
意外にも――というと失礼だが――結那にしては筋の通った提案のように思える。
「そうだね。それじゃ行こっ!」
シフォンが真っ先に賛成し、結那に手を伸ばした。
結那は一瞬ビクリと怯えたように肩を震わせ、シフォンの顔と伸ばされた手を訝しげに見比べる。
「……な、何?」
「何って、手を繋いで一緒に歩こうかと思って……結那ちゃん、サンダルだから歩きづらいでしょ?」
にっこり笑ってシフォンが答えると、結那は嫌悪のまなざしで睨み返した。
「……アンタのそういうところがムカつくの」
「えっ……?」
「いつもいつも、私に何されてもヘラヘラ笑って受け流してさ。アンタのもの取っても、頭から水ぶっかけても、踊り場から突き飛ばしても、そんなの何ともないって顔してる。今だってそう、友達みたいに手を差し伸べてきて……そういう態度取ってくるのが一番ムカつく」
そう言って、結那は怒りを露わに歯ぎしりしたが、蓮からすればとても聞き流せない自白だった。
「おい結那! お前、やっぱりシフォンをいじめてたんじゃ……」
「蓮は黙ってて!!」
そんな話は今更どうでもいいとばかりに、開き直った態度で結那は吼えた。
そして再びシフォンを睨む。
「アンタがなんでそういう態度を取れるのか、私にはわかってるよ? 私のこと見下してるからでしょ。ううん、人間全部を見下してる。本気でやれば自分の方が勝つんだから、同じレベルで争いたくないって思ってるんでしょ」
「……皆川さん……わたし、そんなつもりじゃ……」
「違うっていうなら、殴り返してみなさいよ!! スポーツも勉強も顔の可愛さもそっちが上で、しかも魔法まで使えるなんてさ……! どうせ私じゃ何やってもアンタに勝てないから……かわいそうだと思ってるから、私に何もやり返してこないんでしょ!?」
結那の目に浮かぶ涙を見て、蓮にはようやく、ほんの少しだけ結那の気持ちを理解できたような気がした。
自分では何をやってもシフォンにかなわない。そう思う気持ちが結那の中にはあった。
その憂さ晴らしをするつもりでシフォンをいじめたが、シフォンの方は歯牙にもかけず、笑ってやり過ごしている。まるで何も効いていないと言わんばかりに。
そこから更なる怒りに駆られていじめを繰り返すうち、結那自身、どんどん惨めな気持ちになっていったに違いない。
シフォンは悲しい目で結那の瞳を見つめていたが、やがてゆっくりと目を伏せた。
「……ごめん。そうじゃない……わたしたちは、エルフは……本当に争いが嫌いなの。誰も傷つけたくない。暴力に、暴力で返したくないだけだよ……」
「争いが嫌い? だったら、何も持っていかないでよ……! クラスで一番にならないで。目立たないで、誰にもいい顔しないで! アンタが後からやってきて色んなもの持っていったくせに、争うのはイヤだとかいい子ぶったこと言わないでよ!!」
「ごめんね。……でも、それはもう、わたしがいなくならない限りどうしようもないの。だけど、わたしはここにいたいの……」
シフォンが答えると、結那はやりきれない思いを露わにするように肩を落とした。
そんな結那に一歩近づき、シフォンはもう一度手を伸ばす。
「皆川さん。わたしの言うこと、わかってくれる?」
「……わからない」
「じゃあ、わからなくていい。わからなくてもいいから……友達になろうよ?」
そのシフォンの言葉は意外だったのか、結那は目を丸くしてシフォンの方を見やる。
「わたしのこと、わからないならそれでもいいよ。それでも、友達にはなれると思う。逆に、友達になって知っていったらわかりあえるってこともあるかもしれないし……」
「…………」
「ダメかな? 皆川さん……」
「……ちょっと考えさせて。でも……アンタに変にちょっかい出すのはやめる。これ以上続けても、意味ないってわかったし……」
戸惑いながらも静かな声でそう答えると、結那は先に立って山道を下りていく。
その背に向かって、蓮はどうしても言わずにはいられなかった。
「おいっ、結那! だったらシフォンに今までのこと謝れよ……!」
「いいよ、蓮くん」
しかし、それを止めたのはシフォンだった。
「皆川さん、わたしのことがわからないって答えてくれたから。正直な人なんだよ。きっと、いつかわかってくれた時には、何も言わなくても謝ってくれると思う」
「……結那がそんないい奴だとは思えないけどな、僕は」
シフォンは人の善意を信じすぎじゃないだろうか。
蓮としては納得いかない気持ちもあったが、これはあくまでふたりの間の問題だ。本人に止められているのに蓮が口を挟むようなことではないのも確かだろう。
「気を取り直して、公園行こうよ蓮くん。わたしまだ行ったことないのは本当だし、けっこう楽しみだな」
「……僕らは遠足とかでよく行くから、あんま新鮮味ないんだけど……ま、シフォンが行きたいなら……」
釈然としないものはあったが、それでもシフォンと結那が素直な気持ちをぶつけ合えただけ、話し合った意味はあった気がする。
半ば自分に言い聞かせるように頷きつつ、蓮はシフォンとともに結那の後を追ったのだった。
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