内緒の探検
翌朝、教室に入った蓮は、いつもの取り巻きに囲まれている結那と真っ先に目が合った。
結那はイタズラっぽくニヤニヤ笑って近づいてきて、小さく手を振る。
「おはよ、蓮」
「ああ。おはよう、結那」
さらっと流すように返事をして、蓮は自分の席についた。
こうやって表面上だけでも仲良くしておけば、今日は先生から呼び出しを食らうこともないだろう。
ランドセルから教科書やノートを取り出して授業の準備をしていると、朝日を浴びて金色に輝く髪が視界に入り、蓮は顔を上げた。
「おはよう、蓮くん。皆川さんと仲良くなったの?」
じーっと興味深そうな顔で、シフォンが見下ろしている。
「おはよう……なんでそう思うの?」
「さっき、結那って呼んでたから。いつもは苗字で呼んでたし……」
昨日の結那といい、女子ってそういう細かいことにすぐ気づくものなんだろうか?
蓮は驚きながらも、少しシフォンの反応を試してみたい気持ちに駆られた。
「昨日の放課後、一緒に帰ったんだ。それでちょっと……まあ、今までよりは仲良くなれたと思う」
「そっか。蓮くんと皆川さん、わたしのせいでケンカしてたのすごく心配だったけど、仲直りできたならよかった」
シフォンはあまりにも無邪気に、自分のことのように喜んでいた。
……もっと嫉妬してくれてもいいのに。
蓮はなんだかモヤモヤした気持ちになった。
「あ、それでさ蓮くん。今日の放課後か明日か明後日……どれでもいいけど、ヒマ?」
思い出したようにシフォンが尋ねてきたので、蓮のモヤモヤは一旦心の棚にしまうしかなかった。
今日は金曜で、つまり週末の予定を聞かれているということだ。
「うんと、今日の放課後は家庭教師の先生が来るから無理だけど……明日なら空いてるよ」
「じゃあ、一緒に遊ばない? わたし、蓮くんに見せたいものがあるんだ!」
「見せたいもの……? それって、今じゃダメなの?」
「うん、ちょっと学校じゃ無理かな。詳しいことは当日までナイショだよ〜」
にしし、と唇の前に人差し指を立ててシフォンは笑う。
なんだかワクワクする話のように思えて、蓮は乗り気で頷いた。
「明日の朝からでいい? 10時に蓮くんのお家行くから、住所教えて」
シフォンの言葉に頷き返して、蓮は自宅の場所を説明した。
……その様子を結那が横目で見ていたことになど、気づきもせずに。
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翌朝10時きっかりに、家のチャイムが鳴った。
「はーい! 誰だろう。蓮、出てくれるー?」
庭で洗濯物を干していた母が声を張り上げるのを背中で聞きながら、蓮はインターホンのモニターを確認する。
長袖シャツにズボン姿のシフォンが、カメラを覗き込んでいるのが見えた。
「クラスの友達だ! 朝ごはんの時言ったでしょ? 今から遊びに行ってくる!」
「えーっ? ちょっと待ちなさい、お母さんもご挨拶するから」
「いいよ、そんなの」
母親の言葉を振り切って、蓮は玄関を飛び出した。
玄関ポーチを出ると、細かい砂利の敷き詰められた庭を駆け抜けて正門に向かう。
家をぐるっと取り囲むような高い塀と、観音開きの正門は、蓮の家と外の世界を完全に隔てるようになっている。
木製の大きな門は見た目よりは軽い。ぐいっと外に押し開けると、シフォンの姿がすぐ目の前に現れた。
「シフォン、おはよう! ……って、あれ? なんで結那もいるの?」
笑って手を振るシフォンの後ろに、結那が固い顔をして突っ立っていた。
いつも学校で会うときの結那は、動きやすさと女の子っぽい可愛さのバランスを取った服を着ていることが多いのだが、今日は花柄のワンピースに大きな帽子をかぶって、なんだかおめかししているように見える。
「皆川さん、さっきそこで一緒になったの。それで、えーっと……」
「……私も混ぜて」
小さな声で結那が言うと、蓮はどう返事したものかと一瞬言葉に詰まった。
結那が何のつもりで混ざりに来たのか知らないが、蓮としてはシフォンとふたりきりで遊ぶつもりだったのだ。
とはいえ、あからさまに拒否するとまた面倒なことになりそうな気がする。
「初めましてー。蓮の母です。あら、その子……前に話してたエルフの女の子?」
そうこうしてる間に、門のところまで母親がやってきてしまった。
ますますげんなりする蓮をよそに、シフォンは得意のスマイルを浮かべる。
「初めまして、おばさん。上原シフォンです。蓮くんにはいつもお世話になってます」
「礼儀正しいのねえ。ん……? そっちの子は、子供会で会ったことあるわね。確か……」
「み、皆川結那です」
「そうそう、皆川さんちの。今日は3人で遊ぶの? どこ行く予定?」
「えーと……」
蓮と結那は同時にシフォンの方を見た。今日どこへ行くつもりなのか知っているのはシフォンだけだ。
すると、シフォンは楽しそうに目を輝かせて答えた。
「みんなで公園に行くんです。わたしたちエルフは自然が好きだから、自然のある場所を知らないか蓮くんに聞いたら、案内してくれるって」
「へえ、そうなの。蓮ったら、誰に似たのか随分やんちゃに育ったけど、ちゃんと親切なところもあるのねえ?」
母親が茶化すように言って笑ってきたので、面倒になって蓮は歩き出した。
「行ってらっしゃい! あっ、お昼には帰ってくるのー?」
「どっかでパンでも買うからいらない!」
問いかけに大声で答えて、今度こそ家から離れていく。
シフォンがすぐ追いついてきて隣に並び、結那も慌てた様子で蓮を挟んで反対側に並んだ。
「ま、待ってよ。公園に行くの? 勿体つけてたくせに、ただ案内してほしかっただけ?」
「結那は呼ばれてないだろ」
「そうだけど……アンタたちがなんかするのかと思ったからで……」
結那は長い髪を一房摘まんで、くるくると弄りながら不満げに唇を尖らせた。
その様子を見ながら、シフォンはゆっくり首を横に振る。
「ごめん、公園って言ったのは嘘。本当のこと言ったら、蓮くんのお母さんが心配すると思って」
「えっ? じゃあ、本当はどこに行くつもりなんだよ?」
蓮が驚いて聞き返すと、シフォンは顎に指を当ててしばし考え込んでから、まっすぐ水平に腕を伸ばした。
その人差し指が示すのは、学校の向こうにある小高い山だ。
「あっちの山まで行こっか。あのくらい遠くまで行けば、たぶん誰にも見られないと思うから」
「……マジで……?」
相変わらずさっぱり意図が掴めないシフォンの言葉に、蓮と結那は同時に眉をひそめていた。
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