シフォンと蓮

 シフォンが泣いている間、蓮は彼女の姿を改めて上から下までまじまじと見ていた。

 エルフは長生きだから成長も遅いと思われがちだが、実際にはそんなことはなく、むしろ大人になるまでは少し早熟な方らしい。

 シフォンもまだ5年生なのに身長は160センチを超えていて、周りの女子より一回り大きい。

 体力テストでは全種目で新記録を出して先生をびっくりさせていたし、体育の授業ではいつも大活躍している――いや、していた。


 それまでクラスの女子の中心人物だった皆川にとって、シフォンの存在は目ざわりだったようだ。

 何かと理由をつけてはシフォンに絡むようになり、プレッシャーをかけて彼女を怯えさせたうえに、さっきみたいに陰でいじめることもしょっちゅうだった。

 物を取られたり、突き飛ばされたり、水をかけられたり……だけど、シフォンは絶対に抵抗しようとしなかった。


「……上原はさ、なんでやり返さないの? 相手の方が人数は多いけど、体育の授業とか見てる限り、たぶん上原の方が強いよ?」


 シフォンがぐすぐすとすすり上げる声が少なくなってきたのを見てから、蓮は尋ねた。

 泣きはらした目を瞼の上から擦りながら、シフォンは蓮の方へ向く。


「だって……やり返したら、皆川さんたちだって痛がるもん。わたし、自分がされて嫌なことは、人にしたくないよ」


「わかるけどさ。上原がずっと我慢してるだけじゃ、何も解決しないじゃん。それとも一生皆川みたいな悪い奴の言いなりになって生きていくの?」


「……ごめん」


「謝るところじゃないだろ……上原はいつもそれだよ」


「……足柄くんは、いつもわたしのこと助けてくれるよね。なんで?」


 じぃ、と純粋な好奇心に満ちた瞳でこちらを見つめてシフォンは訊いてくる。

 その瞳に吸い込まれそうな引力を感じた瞬間、ドキッと胸が激しく高鳴って、蓮は慌てて視線をそらした。


「と、父さんがよく言ってるんだよ。弱い人や、味方がいない人の味方になってあげられるようになれって」


「お父さんが……?」


「新学期が始まってすぐ、同じクラスにエルフが転入してきたこと話したんだよ。その時にも言ってた。『エルフの子は仲間が少なくて寂しい思いをしてるだろうから、お前が味方になってあげなさい』って」


「そう……足柄くんのお父さんって、立派な人なんだね」


 シフォンが微笑みながらそう言うと、蓮は何だか誇らしい気持ちになった。


「だろ? 僕のお父さん、市長なんだぜ。おじいちゃんはちょっと前まで県知事だったし。すっごく偉いんだ」


「すごいなぁ……わたしのお父さんなんて……」


 すっかり得意になっていた蓮は、ぽつりと呟いたシフォンの言葉で冷水を浴びせられたようにはっとした。

 ……この辺りは小さな町で、噂もすぐ広がる。だからさっき皆川が言っていた話は、蓮も聞いたことがある。

 両親が離婚したシフォンは、母親に引き取られてこの町に越してきたらしい。


「お父さん、昔はね……ほんとにわたしがちっちゃかったころは、すっごく可愛がってくれてたの。でもある日突然、『お前なんか俺の子じゃない』って怒り始めて……それからずっと怒ってて……わたしとお母さん、家を出ていくことになって。会えなくなっちゃった……」


「ご、ごめん……上原のお父さんのこと思い出させるつもりじゃなかったんだけど。僕、無神経なこと言っちゃった……」


「……ううん。わたしが勝手に思い出しただけだから」


 悲しい目をしながらも、シフォンは力なく首を横に振った。

 その優しさに、蓮はかえって申し訳ない気持ちになる。


「わたし、兄弟もいないの。エルフって普通は一度にたくさん生まれてくるものらしいんだけど、わたしの時は珍しくひとりだけで……弟や妹も、お父さんは作るのを嫌がったんだって。だから、さっき足柄くんが言った通り、本当に味方がいないんだ」


「……僕が上原の味方になるよ。同じクラスの友達だもん」


「ありがとう。……じゃあ、ひとつお願いしてもいい?」


「どうしたの?」


「わたしのこと、シフォンって呼んでほしいな。上原ってお父さんの苗字で……でもお母さんは元々苗字がなかったからそのままなんだけど……思い出すとちょっぴりつらくなるから、名前の方が好きなの」


「……わかった。じゃ、僕のことも足柄じゃなくて蓮って呼んでよ。その方が仲間っぽいしさ。いいよね、シフォン?」


 蓮が提案しながら名前を呼ぶと、シフォンは嬉しそうに微笑んだ。

 今日初めて見る、心からの笑顔だった。


「もちろん。これからもよろしくね、蓮くん」

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