Case.2 2042年10月1日 足柄蓮(11)
いじめられっ子のエルフ
その女の子を初めて見た瞬間の衝撃を、
小学5年生の9月1日、新学期初日のこと。
彼女は
担任の先生に呼ばれて入ってきた彼女に、クラス中が見とれるみたいに静まり返っていた。
「は、初めまして……東京の学校から来ました。
肩の辺りで切り揃えられた金色の髪。アニメのヒロインみたいに可愛い顔立ち。真っすぐ横に伸びた長い耳。
エルフだった。
テレビで見たことはあるけど、本物を見るのは初めてだ。
一目惚れだった――が、初恋の経験がなかったその時の蓮には、まだ自分の気持ちの正体まではわからなかった。
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それからちょうど1カ月後の、10月1日の放課後。
蓮は廊下を走っていた。
ぶつかりそうになった誰かに怒鳴られ、すれ違った保健の先生にも怒鳴られたが、無視して走り続けた。
シフォンが女子たちに、校舎裏の方へ連れていかれた――。
クラスの友達にそう聞いた瞬間、いてもたってもいられずに駆け出したのだ。
下駄箱に向かう時間さえも惜しく、上履きのまま外へ飛び出し、校舎裏に向かった。
思った通り、クラスの女子たち4人がシフォンを取り囲むようにしている。
女子グループを率いるリーダー格の
「きゃっ……!」
シフォンが壁にぶつかってよろめくのを見た瞬間、蓮はカッとなって叫んだ。
「おい、やめろよ!!」
その声でシフォンも、彼女を取り囲んでいた皆川たちも、一斉に蓮の方を向く。
皆川は蓮の顔を見た瞬間、フッと鼻で笑った。
「
「しつこいのはそっちの方だろ。上原をいじめてること、先生に言うぞ」
「いじめてなんかないよー。私たち仲良しだから、一緒に遊んでるだけだもん。ねー、シフォンちゃん?」
皆川が嫌味ったらしく尋ねると、シフォンはビクリと肩を震わせてから、小さく頷いた。
蓮は苛立たしさがこみ上げてきて、奥歯を強く噛み締める。
「上原も上原だ。なんでそんな奴らのことかばうんだよ! 嫌なことは嫌だってちゃんと言わないと!」
「わ……わたし……でも……」
シフォンが涙目になっておろおろしているのを見下ろして、皆川は肩をすくめた。
「はー、しらけちゃった。行こ行こ。これでちょっとファミレス寄ってこうよ」
そう言って、皆川は見せつけるようにポケットから出した千円札を3枚ひらひらさせる。
それを見たシフォンが悲しそうな目をしているのに気づいて、蓮は事情を察した。
「おい皆川。それ、上原から奪った金じゃないのか!?」
「はぁ~? 証拠もないのに変な言いがかりつけるのやめてくれない? これは私の。それともこのお札にシフォンちゃんの名前でも書いてあるわけ?」
ケラケラと馬鹿にするように笑って、皆川はシフォンの方を横目で見た。
「ま、そうだとしても別にいいじゃん。シフォンちゃんち、お金持ちなんでしょ? 離婚したお父さんから、イシャリョーだっけ? がっぽりもらったらしいって、うちのママが言ってたよ」
「そ……れは……」
「その代わりにアンタ、お母さんごと捨てられたんでしょ? いらない子だってね。だったら学校でも、いらない子らしく隅っこでじっとしてりゃいいのに――」
蓮は皆川が最後まで言い終わる前に、その頬を思いっきり平手で叩いていた。
乾いた破裂音が全てをかき消したかのように、静寂が降りる。
皆川は打たれた頬に手を当て、見開いた目をぎょろりと動かして蓮を睨んだ。
「……こ……こいつ、今私のことぶった! サイテー、信じらんない! クソ足柄! 暴力男子! 先生に言うからね!?」
皆川が怒鳴り散らして逃げ去っていくと、取り巻きの女子たちも慌ててそれを追いかけた。
蓮はひとり取り残されたシフォンに近づく。
「……足柄くん」
シフォンは泣いていた。
さっき突き飛ばされた時には泣いていなかったのに。
皆川の言葉がシフォンの心をえぐったんだと思うと、蓮も胸が締め付けられる思いがした。
「大丈夫か、上原?」
「……うん。足柄くん、ごめんね」
「ごめんって、何が?」
「わたしのせいで、先生に怒られちゃう。わたしのせいで……」
シフォンは蒼い瞳を細くして、更にぽろぽろと涙を流した。
「泣くなよ! お前は悪くない。何も悪くないから……」
そのままシフォンが泣き止むまで、しばらくの間、蓮は居心地の悪い思いをする羽目になった。
けれども、決して彼女のそばを離れようとは思わなかった。
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