教授の見解

 真人が竹下と約束したのは火曜の昼過ぎ。現地の大学に集合だった。

 連絡は頻繁に取り合っていたが、そういえば竹下と直接会うのはもう2年ぶりくらいになる。


 エルフ一行の最年長であるアーミアは、竹下と結婚した後もエルフたちのまとめ役を引き受け、仲間たちとのネットワークを管理したり全国各地で講演会を開いたりして精力的に活動した。

 竹下はそんな妻を支えたいという理由で、真人の撮影アシスタントを下りたのだった。

 少し前に電話で話した感じだと、真人に負けず劣らず忙しそうにしていたが、久しぶりに会えるのは楽しみだ。


 真人はタクシーを大学の裏手に回してもらうと、そこで降りて目的の校舎の裏口へ向かった。

 妻の不貞を調べるために動いている以上、目立つ行動は避けたいからだ。

 周囲に記者が隠れてやしないかと見回していると、背の高い男が柱の陰からフラリと現れた。


「よお、小田原」


 竹下だった──が、真人は一瞬その男が竹下かどうかわからなかった。

 自慢の筋肉はすっかりしぼみ、頬はこけ、別人のようにやつれている。


「竹下……!? お、お前……痩せたな……?」


「まあな……800年ものの溜まりに溜まった性欲を毎晩ぶつけられてるとよ……ま、世間話は後にしようや」


 へへっ、と困ったように言いながらもノロケめいた響きを含んだ竹下の声に、真人はどう答えていいかわからず引きつった笑みを浮かべた。

 どうやら、ラフィナはあれでもまだ加減してくれていた方らしい……。


 話しながら竹下は、取り出したスマホでメッセージアプリを操作し、誰かに連絡した。

 そのまま少し待っていると、やがて裏口の扉が開いてひとりの男が顔を出す。


 白衣を身に纏った、50代半ばくらいの小太りの男だった。きっちり整えられた白髪からは清潔感が感じられる。張り付いた笑顔とうっすら開いた垂れ目も、見る者によっては親しみを感じさせる顔と言えた。

 が、真人にとっては何だか不気味な表情に思えてならなかった。

 男は感情を感じられない目で真人と竹下を一瞥すると、控え目に手招きする。


「お待ちしてました。どうぞ」


 招き入れられる形で、真人たちは校舎に入った。

 こういう人目につかない形で会うことを望む客も案外いるのか、裏口から入ってすぐのところに「第4応接室」と書かれた個室があり、真人と竹下はそこへ通される。

 革張りのソファを勧められ、素直に腰を下ろすと、教授らしい男は一旦出ていってからすぐに3人分のお茶をトレーに乗せて戻ってきた。


「いつもは学生にやらせるんですが、今回はなるべく秘密でお話ししたいとのことでしたので、人払いをしてましてね。お待たせして申し訳ない」


「いえ、とんでもない。お気遣いありがとうございます、先生」


「申し遅れました。当大学の理工学部で主に遺伝子工学を専門としております、わたらいと申します」


 丁寧に頭を下げてきた渡来に、真人と竹下もその場で自己紹介をした。

 渡来は曖昧に頷くと、「さっそくですが」と本題に入る。


「おふたりはエルフの女性とご結婚なさっておいでですね。以前から、あなた方の存在は私も存じておりました」


「……それはどうも」


「で、今回のご依頼についてですが……結論から言って、エルフのお子さんのDNA鑑定を行うことは不可能です」


 きっぱりと言い切られ、真人と竹下は顔を見合わせた。

 困惑に首をひねりながら、竹下が尋ねる。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ先生。どうして不可能なんだ?」


「単純にデータが足りないからです。私はエルフの皆さんに協力していただきながら研究を進めていますが、何しろ彼女たちがこの世界に来てからまだたったの3年……人間というサンプルが大量に存在するヒトゲノムの解析ですら数十年を要したのに、ほんの20人しかいないエルフの遺伝子についてなど、今の時点で解析できるわけがない。よって鑑定も不可能と言えます」


「だったら、なんで俺たちをわざわざ呼んだんだよ? そんな話なら、直接会う必要はなかっただろうに」


 竹下が不満を露わに言い返すと、渡来は重々しげに顔を伏せ、しばし沈黙した。

 何か発言をためらっているかのようなその様子に、真人も竹下も口を閉ざして渡来の言葉を待ち構える。


「……鑑定を行うことは不可能ですが、あなた方の子供が父親に似ていない理由の説明はできるからですよ。それは、あなた方にとって相当ショックな事実だと思います」


「どういう……ことですか?」


「先に大事なことを確認します。おふたりは、奥さんと今でも頻繁に性行為をしておられるのですよね?」


 真人の問いには答えず、渡来は質問を返した。

 答えづらい質問だったが、大事なことと前置きされては仕方ない。少しぎこちなく、真人も竹下も頷いた。


「それなら子供たちは、おそらくあなたたちの実の子で間違いないでしょう。……これは遺伝子工学の教授としてではなく、研究を通じてエルフの女性たちと接してきたひとりの人間としての意見ですが……彼女たちはとても一途で、基本的に一夫一婦制を遵守する傾向にあります。それを破るのは、夫が死んだ時か、自分が愛されていないと感じた時のいずれかです」


「そんなの、絶対とは言い切れないでしょう」


「あくまでも、そういう傾向があるというレベルの話なのは認めます。でも実際あなた方から見ても、奥さんが浮気しているとは思えないのですよね?」


 ……そう言われてしまうと、確かにその通りとしか答えられない。

 子供たちのせめて誰かひとりに、ほんの少しでも自分の面影を感じられたなら、そもそもこんな疑問を持つことすらなかっただろう。

 答えに窮した真人の隣で、竹下は憮然とした顔で腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。


「話を戻してくれよ、先生。どうして俺たちの子は、父親に似てないんだ?」


「……それは、子供があなたたちの遺伝子を引き継いでいないからです」


「だから! もしそうなら、他の男との子供だってことなんだろう!? 違うのかよ!」


「違います。……エルフの子供は、父親側の遺伝子を引き継がないのですよ」


 息巻いていた竹下は、渡来のその言葉を聞いた瞬間、目を見開いて凍り付いた。

 真人にもようやく、渡来の言いたいことが理解できた。


「正確には、母体の中で父親側の遺伝情報をエルフのものにしまうんです。その結果生まれてくる子供は、男子か女子かにかかわらず……ハーフではなく、ほぼ100パーセントエルフそのものだ」


 渡来は真人と竹下の顔をゆっくりと見比べ、言い含めるように告げた。


「エルフは、極めて侵略的な遺伝子を持っているのです。それが、あなたたちの子供が父親に似ていない理由なんです」

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