蒼い光

 カフェを出た真人とラフィナは、結局まともに買い物もできそうにないので、住宅街の方へ引き返すことにした。

 帰り道でも頻繁に声をかけられたが、さすがにこれ以上まともに相手をしている余裕はないため、適当に笑い返したり手を振ったりしながら歩き続けた。

 こういう時は足を止めないことが大事だと、経験を通じて真人は学んだ。


 やがて店がまばらになってきた頃、突然、道を塞ぐようにして4人の男たちが現れた。

 いずれも20代前半くらいだろうか。派手な色に髪を染めていたりピアスをしていたりして、地味な真人とは対照的なタイプだ。

 一番近くにいた赤髪の男が、スマホをこちらに向けて構えた。


「いぇーい、話題のエルフと有名実況者様発見〜♪ すっげ! 動画じゃ絶対盛ってると思ってたのに、生で見る方が綺麗じゃーん!」


「……どうもー。いつも見てくれてありがとうございます」


 騒ぎ立てる赤髪の男に愛想笑いを返しながら、真人はラフィナをかばうように前に立った。

 こいつらも配信者か……?

 様子をうかがっている真人に対し、赤髪の男はハエを払うようなジェスチャーをした。


「ちょっと、邪魔だよアンタ。おだっちだっけ? 運良くエルフに会えただけの能無し野郎が、インフルエンサー気取りやがって」


「……何が言いたいのかわかんないけど、俺はラフィナさんの恋人なんだ。彼女の姿を勝手に撮られて、いい気持ちする男は少ないと思うけど?」


 真人は気丈なフリをして答えたが、どうしても声の震えは抑えられなかった。

 4人相手とはいえ、年下に向かってこのザマとは我ながら情けない。

 こんな時、竹下がいてくれたら真人に代わって睨みを利かせてくれるのだが。


「へー、言うじゃん。だったらさぁ、彼女の前でせいぜいカッコいいとこ見せてみろや!」


 吼えた瞬間、男はいきなり殴りかかってきた。

 男の拳が真人の頬にめり込み、頭蓋骨の反対側まで衝撃が抜ける。


「がっ……!?」


「真人さんっ!」


 よろめく真人を、後ろからラフィナが抱き支えた。

 撮影しながら殴りかかってくるなんて、こいつ正気か……!?

 驚き混じりに睨み返した真人を、赤髪の男はニヤニヤと笑って見下ろした。


「あ、生配信じゃねーから。アンタの存在は編集でまとめてカットしちゃいまーす。ってことだから、ここで消えとけ!」


 もう一度、赤髪の男が拳を引き絞った。

 ダメだ、殴られる……でも、ラフィナさんだけは守らなきゃ……。

 そう思ったその時だった。



 ゴッ、と鈍い音がして、男の拳は真人の目の前で止まっていた。



「が……ぁっ!? ぎゃあああっ!」


 赤髪の男が、出血した拳を押さえながら絶叫する。

 真人は自分の後ろから、蒼い光が放たれているのに気づいた。

 これは初めて会った時にも見た……魔法を使っているときの光だ。

 ラフィナが魔法を使ったのだ。


「真人さんっ……!」


 ラフィナは先ほどまでの真人とは逆に、赤髪の男との間に割り込むようにして真人に正面から抱きついてきた。

 赤髪の男は激昂し、三たび拳を振り上げた。


「このクソが……がっ!? クッソ、なんだこれ……オラッ! ざけんなぁ!!」


 赤髪の男の拳は、やはり真人たちに触れる寸前で何かにぶち当たって止まる。

 目を懲らしてみると、半透明の薄い膜のようなものが真人とラフィナを包み込んでいるのがわかった。

 前に言っていた魔法のバリアに違いない。


 男とその仲間たちも加勢し、バリアを破ろうと何度もパンチや蹴りを入れてくるが、バリアは全くビクともしない。

 だが、いくら効かなくても大勢に寄ってたかって暴力を振るわれるのはかなりの恐怖だ。

 ラフィナは真人以上に強い恐怖を感じているようで、真人に抱きついたまま肩を震わせて泣いている。

 真人はただ、ラフィナの背を優しく撫で続けて彼女を安心させるように努めた。


「ぐっ……ち、ちくしょう……」


 男たちはいつの間にか、拳や脚を押さえてうめいていた。強固なバリアを殴ったり蹴ったりし続けたせいで、痛めてしまったらしい。

 ふと声がして周りを見ると、遠巻きに真人たちの様子をうかがう人だかりができていた。

 周囲からは、叫び声をあげながら4人がかりで真人とラフィナを袋叩きにしていたように見える(実際バリアがなければそうなっていたが)わけだから、人目をひいて当然だろう。

 通行人の中には慌てた様子でどこかへ電話している者もいるが、警察を呼んでいるのかもしれない。


「くそっ、行くぞ!」


 恨めしげに真人を睨みつけてから、男たちは慌てて逃げていった。

 その姿が完全に見えなくなってから、真人はまだ震えているラフィナの肩を小さく揺する。


「ラフィナさん、助けてくれてありがとう。奴らはもう行ったよ。……ラフィナさん?」


「うっ……うっ、ぐすっ……うううっ……」


 いくら呼びかけても、ラフィナは一向に泣き止まなかった。

 本当は落ち着くまでこのままにしてやりたかったが、警察が来たら面倒だ。

 真人はラフィナの肩を抱いて、少し強引に引っ張っていった。

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