エルフの恋愛観
同棲生活を始めて1週間が過ぎる頃には、真人もラフィナとの暮らしに慣れ始めた。(毎晩意識を失うほど激しい、夜の営みを除いて)
真人が最も気にしていたのは、記者の存在だった。
今や誇張抜きで世界有数の有名人になった真人とラフィナの周りには、テレビや週刊誌の記者が入れ替わり立ち替わり張り付いているような状態だったためだ。
しかし結論から言うと、その流れはあまり長続きしなかった。
真人とラフィナが愛し合っているのは周知の事実なので今更「熱愛発覚」でもないし、わざわざ他のメディアで取り上げるまでもなく、ラフィナのことは真人自身が積極的に情報を配信している。
また、一足先に政府の保護下から離れて私人となったラフィナのプライバシーを公表するのには、さすがに慎重になっているようだ。
家に張り付く記者の数は日に日に減っていき、今では1日に数人見かける程度のものだ。
このくらいの注目度になってしまえば、周囲に迷惑がかかることもないだろう。
できるだけラフィナを守るため、人目に晒さないようにしてきたが、いつまでも家に閉じ込めたままでいるのは彼女がかわいそうだ。
そういう考えのもと、真人はラフィナを初めて街に連れ出してみることにした。
「……甘かった」
家を出てから3時間後。
ようやく辿り着いた駅近のカフェで、真人はぐったりとテーブルに突っ伏した。
向かいの席で困ったようにぎこちなく笑うラフィナを、店中の客や店員たちがまじまじ見つめている。
ここに来るまで、何十人という数の通行人に声をかけられてその度足を止めざるを得なくなったし、その数倍もの人々からずっと奇異の視線を向けられ続けていた。
記者の目が落ち着いたとはいえ、一般人からラフィナへの注目度は依然として高いのだ。
「たった徒歩10分の距離なのに、3時間もかかるなんて……今日はラフィナさんと一緒に買い物を楽しもうと思ってたんだけど、これじゃとても無理そうだな……ごめん」
「私のことなら大丈夫ですよ、マサトさん。街を初めて歩けただけでも、私にとっては珍しいものがたくさんありますし……このコーヒーもおいしいです」
真人は自分の不甲斐なさが情けなくなったが、ラフィナは笑顔で許してくれる。
それはラフィナが優しいというのもあるが、この世界における普通の男女付き合いに無知なおかげでもあるだろう。おそらく普通の女性なら見通しの甘さに激怒しているはずだ。
その無知につけ込んでいるような気持ちになって、真人はますます自己嫌悪に陥った。
しかし、よくよく考えてみれば、真人もエルフの一般的な男女関係についてはあまり深く知らない。女性側がセックスレスに悩んでいるというアーミアの言葉を聞いただけだ。
今なら深く突っ込んだ質問をしてもいいだろうと思い、思い切って尋ねてみた。
「エルフの男女関係……ですか? そうですね……だいたい300歳を過ぎたくらいで、同じ集落にいる異性の中から、歳が近い適当な相手と結婚させられるんです」
「えっ、自分で決めるわけじゃないの?」
「はい、基本的には長老が決めます。この世界では……というか私たちの世界でも人間はそうでしたが、大多数の人はお互いに愛し合ったうえで夫婦になるんですよね? 私たち、それがすごく羨ましくて」
「……でも、夫婦になった後は? エルフの夫婦はその……そういうことをしないのは聞いたけど、愛し合うこともないの?」
真人が眉をひそめて聞き返すと、ラフィナは悲しい目をして頷いた。
「エルフの男性は本当に淡泊なんです。もちろん、仲間を思いやる気持ちみたいなものはあるんですけど、それは燃え上がるような恋とは程遠いもので……私の父も、他の家庭の父親もみんなそうでした。数十年に一度の発情期を迎えても、ただ繁殖の義務を果たすみたいな感じで。ですから、エルフの男女の間にはいつも温度差があるんです」
「それは……つらいね」
月並みな言葉しか出てこなかったが、心の底から真人はエルフの女性たちに同情した。
エルフの男もそういう性質を持って生まれてきた以上、別に本人が悪いわけではないのだろうが、なんともやりきれない思いを感じずにはいられない。
真人がつられて悲しい表情を浮かべると、ラフィナは逆にその感情を振り切るように笑った。
「エルフの夫婦間には、信頼関係はあっても恋愛感情はないんです。だから……私、今こうしてマサトさんと結ばれることができて、とても幸せです」
「えっ……」
「だって、あなたは私のことを愛してくれるから。……愛しい人と出会うことができて、よかった。私、この世界に来て本当によかったです」
感極まったように潤んだ瞳がこちらを見つめる。
真人は無意識に、テーブルの上のラフィナの手を取っていた。
「ラフィナさん。俺も……俺も、あなたと出会えて本当に――」
言いかけた時、突然ぱちぱちと手を叩く音がした。
反射的にそちらを見ると、周りのテーブルにいた客たちのひとり。女子大生風の若い女が、ラフィナの言葉に感激した様子で涙ぐみながら拍手をしていた。
それが呼び水になったかのように、他の客たちも拍手をし始める。元々ずっと会話を聞いていたらしい。
「で、出ようか。これ以上いたら、お店に迷惑かかりそうだ」
「は、はい……」
真人はラフィナの手を引いて、互いに赤面しながらそそくさとカフェを後にした。
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