初夜

 その日はラフィナの歓迎パーティーを開き、豪勢な料理と高級なワインを盛大に振る舞った。

 エルフは基本的に人間が食べる物なら何でも食べられるようで、また元の世界では自分たちで造っていたほどワインが好きらしい。

 料理に舌鼓を打ち、ほろ酔いになって頬を赤く染めるラフィナもまた美しかった。


 宴がお開きになると、ラフィナは自分の部屋に戻っていき、それを見送ってから真人も自分の部屋へ戻った。

 慣れない高級ワインで酔いが回った体をベッドに投げ出し、天井をじっと見つめる。

 ラフィナは昼間に「今夜部屋に行く」と言っていたが、かなり酒が回っていたようだし、本当に来るかどうか……。


 そう思っていた時、部屋のドアが控えめにノックされた。


「……マサトさん」


 静かにドアが開き、ラフィナが部屋へと入ってくる。

 その姿を一目見た瞬間、真人は驚きに声を失った。

 ラフィナは一糸纏わぬ姿で、真っ白な裸身を真人の前に晒してきたのだ。


 カーテンの隙間から漏れ込む月明かりだけが、ラフィナの裸体の豊かな曲線を神秘的に浮かび上がらせている。

 不思議と淫らな気持ちは湧いてこなかった。

 女神をかたどった芸術作品を前にしているような、そんな厳かな感情が先にあった。

 以前、都内の美術館でいくつかの彫刻作品を見たことがあるが、どれだけ記憶を深く掘り起こしても、目の前のラフィナの裸の方が遥かに美しい。


「私の全部を、もらってくれますか」


 想像していたよりもずっと落ち着いた声で、ラフィナは問いかけてきた。

 音も立てずに真人のベッドに近づいてくると、そのまま真人の上に跨ってくる。

 真人はただただ圧倒されるしかない。


「……ま、待って。準備しないと……」


 まさか初日から使うとは思っていなかったが、結婚すると言ったからには、こういう事態も想定してゴムの買い置きはしてある。

 真人は戸棚にゴムを取りに行くためにベッドから降りようとしたが、その前にラフィナの手が優しく真人をベッドに押さえつけた。


「だめ」


 甘くくすぐるような、ラフィナの囁き。

 普段は澄んだ海のように蒼い瞳が、明らかに情熱のそれとわかる妖しい輝きを湛えている。


「もう……待てないんです」


 言い終えた直後、ラフィナは真人の唇を奪った。

 にゅるりとした肉厚の舌が、蛇のようにうねりながら口内に滑り込んでくる。

 上顎をくすぐるように舐められたかと思えば、根本まで舌を絡め取られ、絡んだ舌を甘い唾液がトロトロと伝ってくる。

 ラフィナの秘めた獰猛さに蹂躙され、真人はされるがままであった。


 気づけば、服も下着も残さず剥ぎ取られていた。

 ディープキスに溺れ、ぼうっとしている間に脱がされていたようだ。

 巧みな手管に戸惑う真人を、愛でるように見下ろしながらラフィナは微笑む。


「男の人を満足させる方法……仲間のみんなから聞いて、勉強したんです」


 ラフィナは真人の腰に手をつき、膝立ちになる。


 その瞬間、なぜか真人の脳裏には全く別の光景が浮かんでいた。

 巣にかかった蝶を捕らえ、貪り食らう蜘蛛のイメージだ。

 食われる? なぜ?

 思考はそこで中断された。


「あ──」


 ラフィナが腰を落とす。

 その瞬間、真人の頭の中は完全に真っ白になった。




 ………………。

 快感で、人は失神することがあるのだと……真人は、生まれて初めて知った。

 その真人を叩き起こしたのもまた、強烈な快感だった。

 その晩だけで、真人は少なくとも6回以上失神と覚醒を繰り返した。




 肩を揺り起こされて目を覚ますと、朝になっていた。

 部屋着にエプロンを纏った姿のラフィナが、真人を見下ろしている。

 まるで昨夜の情事など夢だったかのように。


「おはようございます、マサトさん。朝ですよ♡」


 おはよう、と言おうとして声にならず、真人は自分の喉が枯れているのに気づいた。

 布団の下は裸のままで、全身を丁寧に拭かれた跡がある。


「服を着たら、朝ごはんにしましょうね。私、下でお母様の手伝いをしてますから。早くこの世界のお料理も覚えなくちゃ」


 活力に満ち溢れている様子で、ラフィナはパタパタとスリッパを鳴らして下の階へ降りていった。

 真人は全身に重くのしかかる疲労感を、根性ではね除けながら身を起こした。


(体力、つけないとな……)


 ──さもないと、俺が死ぬ。

 真人は心の底からそう思った。

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