愛の巣

 真人がラフィナの身元を引き受けることが決まってからは、あっという間だった。

 いや、実際にはそれなりの日数があったのだが、受け入れ準備のためにやるべきことは山積みで、瞬く間に時間が過ぎてしまったという方が正しい。

 書類上必要な手続きもあれば、ラフィナが実際に暮らす場所を整える準備もある。螢田に大見得を切った手前もあり、真人は全力で奔走した。


 そして、とうとう真人はラフィナを連れて、タクシーで自宅へと帰ってきた。




「ここが、マサトさんのお家……なんですね」


 真人の実家でもある築数十年の一軒家を見上げて、ラフィナは感慨深げに呟いた。


「古い家でごめんね。今までは母さんと二人暮らしだったんだけど、部屋は余ってるから不自由はしないと思う」


 配信業が爆発的な人気を得たおかげで、何なら余裕でマンションを買えるくらいの収入は得ているのだが、足の悪い母をひとりにはしておけず、結局ラフィナを実家に招くことにしてしまった。

 ラフィナは特段気にした様子もなく、にっこりと微笑む。


「立派なお家ですよ。私たちの世界の家なんて、もっとボロボロなのが当たり前で……この世界は本当に何でもキレイに整っていて、素晴らしいです」


「そう言ってもらえると嬉しいよ。……あっ、母さんだ」


 玄関から出てきた母が、杖を器用に使ってせかせかと歩いてくる。細めた目でラフィナを嬉しそうに見つめながら。


「あらあらあら。あなたがラフィナちゃん? まあまあ、こんな美人さんがうちの真人をもらってくれるなんてねえ。この子ったら30にもなって浮いた話のひとつもないもんだから、一生孫の顔を見ることもないと思ってたんだけど」


「母さん、余計なこと言うなよ……! ええと、ラフィナさん。会うのは初めてだよね。この人が俺の母さんで……」


「初めまして、ラフィナと申します。マサトさんには色々と助けていただいて、とてもお世話になって……私がこうしていられるのもきっと、お母様がマサトさんを優しい人に育ててくださったおかげです。ありがとうございます」


 うやうやしく頭を下げたラフィナの言葉を聞いて、母は目を丸くした。


「あらまあ! 別の世界から来たとかいうから心配してたんだけど、なんて礼儀正しい子なんでしょうね。今どきの日本の若い子よりもよっぽどしっかりしてるわ。そうそう、この間もテレビで見たんだけどねぇ、最近の子ときたら……」


「あー、うるさいな。いつまでも立ち話してないで、家に入ろうよ。ラフィナさんが困るだろ」


「ふふっ。私は楽しいですよ、マサトさん」


 くすくすと笑うラフィナの言葉に嘘はないようだったが、真人の方が恥ずかしさに耐えかねていた。

 とはいえ、ラフィナと母がうまくやっていけそうなのを見ると、嬉しい気持ちにもなるのだった。




 3人で家に入った後は軽くお茶をしてから、居間でのんびりしている母を残し、真人はラフィナの部屋を案内した。

 元々客間として使っていた部屋で、家具は全て新品に入れ替えてある。

 クローゼットにテレビにセミダブルのベッド、それから母の勧めで化粧台も置いてある(エルフは化粧をする習慣がないらしいので、不要かもしれないが)。


「ラフィナさんはこの部屋を自由に使って。俺の部屋は向かいにあるから、何かあったらいつでも声かけてよ」


「えっ……マサトさんとは別々のお部屋なんですか?」


 ラフィナは心細そうに眉根を寄せた。

 真人は慌てて首を振る。


「そ、そりゃまあ……さすがに、最初は分けた方がいいかと思って……」


「でも、マサトさんは私と結婚してくださるのですよね? 夫婦になるのに、お部屋が別々だなんて……」


 ラフィナは今にも泣き出しそうなくらい落ち込んでしまった。

 しかし、すぐにポンと小さく手を叩き、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。


「そうです! すぐ向かいのお部屋なんですもの、夜はマサトさんのお部屋に行けばいいだけですよね!」


「えっ?」


「さっそく今夜はマサトさんのお部屋にお邪魔しますね。ふふっ、とても待ち遠しいです♡」


 満面の笑顔で大胆な宣言をされて、真人は何も言えなくなってしまった。

 今夜が……ラフィナとの初夜になるのか?

 そう意識してから、その日は一日中ずっと動悸が治まらなかった。

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