次のステップへ
チャンネルに動画が残る形で告白するという、よくよく考えてみれば相当恥ずかしい目に遭いつつも、真人とラフィナは恋人同士になった。
とはいえ、お互いに恋愛経験がなく奥手ということもあり、それから何が変わったということもない。手を繋ぐ程度のスキンシップが、以前より更に多くなったくらいだ。
エルフに自由行動が許されるようになったら、ラフィナと色んなところへデートに行きたい。たくさんの思い出を一緒に作っていきたい……。
真人はそんなことを考えていたが、なかなか自由行動の許可は下りないまま、瞬く間に時は流れていった。
やがて、真人が初めてエルフたちと出会ってから3カ月が過ぎる頃、病院での検査や本人たちへの聞き取りなどによって様々なことがわかってきた。
例えば身体的なことなら、エルフたちは非常に免疫力が高く、病気になりにくい肉体を持っている。そのおかげで、大気汚染が進んでいるこの世界にも無事に適応できているようだ。
また、最初から使っている翻訳の魔法をはじめ、彼女たちは色々な魔法を使うことができ、空を飛んだりバリアを張ったり火の玉を撃ち出したりできる。
聞くところによると、それらの魔法はごく初歩的なもので、10代くらいの子供のエルフですら使えるというのだから驚きだ。
次に文化的な面で言うと、エルフはおおよそのイメージに違わず、自然を愛する種族だ。
特定の神を崇めてはいないが、例えば大樹や山などに畏敬の念を払う自然崇拝の傾向がある。
ただし厳格に体系化されているわけではなく、「意味もなく自然を傷つけると罰が当たるぞ」くらいの感覚らしい。このあたりも多くの日本人の感覚と親和性が高いと言えるだろう。
世間の人々がそのようなエルフの性質を知れば知るほど、彼女たちを取り巻く熱狂の渦は全世界で拡大の一途を辿った。
エルフ伝承の起源を持つ北ヨーロッパの国で、ある民間団体が「エルフは我が国のものだ」という運動を起こしたのを皮切りに、日本政府にエルフの引き渡しを求める声が各国であがるほどだった。
どの国でもあくまで国民の一部が勝手に騒いでいることで、さすがに政府が公式に引き渡しを求めるような事態には今のところなっていないが、それも時間の問題かもしれない。
状況が変わったのは、それから更に1カ月が経った、厳しい残暑が続く9月下旬のある日のことだった。
「日本政府はエルフの皆さんに対して自立支援を始めます。帰る方法がない以上、最終的にはエルフの皆さんをそれぞれ日本国民として受け入れ、一般市民と変わらない生活を送れるように手助けすることが目標となります」
その日、いつものようにエルフたちのいる施設の一室へ呼び出された真人は、螢田から簡潔にそう告げられた。
隣で聞いていた竹下が目を丸くする。
「マジですか。じゃ、エルフたちはようやく自由の身になれるんですね?」
「これから始めるところですがね。正直なところ、課題は山積みです。この世界の常識や文字の読み書きをまず学んでもらう必要がありますし、それができても彼女たちにできる仕事がどのくらいあるか……ただ、『形式上でもいいから、早くエルフたちに自由を与えろ』と各所にせっつかれていまして」
螢田は憮然とした顔を隠そうともせずに言った。
ある程度の信頼関係は築けているとはいえ、外部の人間である真人たちにそこまで言ってしまうあたり、腹に据えかねるものがあるようだ。
「ただ、身寄りも財産もないエルフたちをいきなり放り出すわけにもいきませんから、当面は政府の施設を住居として集団生活を営んでもらうことになるでしょう。……信頼に値する身元引受人がいるのであれば、話は別ですが」
そう言って、螢田は真人と竹下の顔をちらりと一瞥した。
それでようやく、真人は螢田が自分たちにこの話をしている意味を理解した。
「俺がラフィナさんを引き取ってもいいってことですか!?」
「……そういうことです。本人もそれを望んでいますしね。事が事ですので、本来は他にも厳しい基準をクリアしてもらう必要があるのですが、小田原さんや竹下さんになら構わないだろうというのが我々の結論です」
「ありがとうございます! ……って、えっ? 竹下も?」
思わぬタイミングで名前が出てきたことに驚いて、真人は隣の竹下を見やった。
竹下はまるで小悪党か何かのようにニヤリと笑う。
「お前にゃ恥ずかしくて言ってなかったけどよ。俺もアーミアさんと、ちょっとな」
「アーミアさんって……記者会見で壇上に上がってたエルフだよな? 竹下、お前いつの間に……」
竹下が真人の知らないところでエルフと仲良くなっていたことにも驚いたが、その相手がエルフたちの中でも最年長である807歳のアーミアだったことになお驚く。
真人の考えていることがわかったのか、竹下はむしろ得意気にうんうんと頷いてみせた。
「廃病院で出会ってから、もう4カ月だぜ? 美人のエルフたちを前にじっとしてられるほど、俺は奥手じゃねえ。それに、俺って知性の香り漂う大人の女が好みだからな。アーミアさんには前からグッとくるものがあったわけよ」
「大人とかいうレベルじゃないと思うが……竹下、お前本当にアーミアさんと仲良くなってるのか?」
「まあ、会うたびキスするくらいの仲ではあるな」
「キス!?」
真人は思わず声が裏返っていた。自分とラフィナは、まだ手を繋いだり抱き合ったりするところまでしか進んでいないのに……。
頭を掻いて能天気に笑う竹下の向かいで、螢田が深い溜息をついた。
「小田原さんは本当にお気づきでなかったのですね。竹下さんとアーミアさんは部屋でも廊下でもお構いなしに頻繁にキスしているので、警備の者も見せつけられてうんざりしていたくらいですよ。仲が悪いよりはいいですが……」
「この前なんか盛り上がっちゃって、アーミアさんにトイレに連れ込まれかけてなぁ。すぐに職員がすっ飛んできて、めちゃくちゃ説教されちまったわ」
「当たり前でしょう。政府の宿泊施設をホテルか何かと勘違いされては困ります」
その件も事実らしく、螢田は心の底から忌々しげに顔をしかめて言い捨てた。
いつの間にか完全に竹下に先を越されていたらしいとわかって、真人は複雑な気持ちになった。
「話を戻しますが……小田原さん、竹下さん。大事なことですから確認します。ラフィナさんとアーミアさんの引き取りを希望される……つまり、彼女たちと結婚し、家族の一員として迎えるおつもりだということでよろしいですね?」
螢田の問いに、真人と竹下は一度顔を見合わせた。
互いに小さく頷き合ってから、螢田の方へ向き直る。
「はい。ラフィナさんと結婚します」
「俺も、アーミアさんと一生添い遂げます」
真人と竹下はそれぞれの想い人と結ばれることを誓った。
形式的な問いだったとはいえ、真人たちの答えを聞いて螢田は満足した様子で頷く。
「……けっこう。では真人さんはラフィナさんの、竹下さんはアーミアさんの身元引受人として、それぞれ手続きを進めます。同居後はエルフのおふたりの基本的人権を尊重し、国内であれば外出に制限は設けませんが、トラブルを起こさないようしっかり監督してください。それから、しばらくの間は毎日定期連絡を欠かさないように」
言いながら螢田はカバンから手続き用の書類を取り出し、スラスラとペンを走らせていく。
これからの生活を思い描いて、真人は思わず頬を緩めた。
もちろんいくつもの困難を乗り越えねばならないだろうが、ラフィナと一緒なら、それ以上の楽しみだってたくさん待ち構えているはずだ。
愛する人と手を取り合い、ともに次のステップへ進めることが、今の真人にとって何より喜ばしいことだった。
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