エルフたちの渇望
セックスレス。
カップルのうちどちらかは性交渉を望んでいるのに、もう一方がそれに応えられない状態──というのが、一般的な解釈であるように思う。少なくとも真人の認識ではそうだった。
それが原因で夫婦生活が破綻するまではわかる。しかし、解消するために異世界までやってきたなんてことは、台本を読む前の真人にとっては想像だにしない状況だった。
切なる告白で静まりかえった会場に、アーミアのすすり泣く声が響いた。
「……エルフの男性の発情周期は、数十年に一度なんです。一方、エルフの女性にはそうした周期がなく、常に愛し合いたいと望んでいます。でも、私たちが愛する伴侶といくらしたいと望んでも、夫がエルフである限り、その想いに応えてもらうことはできないんです」
ガタッと音を立てて、真人のすぐ後ろでエルフのひとりが立ち上がる。その瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「私は夫に嫁いでから70年、一度も抱いてもらえませんでした! どんなに子供を望んでも、あの人は全く応えてくれなくて……だから私は……」
それが呼び水になったかのように、他のエルフたちも次々と立ち上がり、「そうよ!」「私だって!」と賛同の意を示した。
こんな流れは台本にはなかったはずだが、彼女たちにとって、よほど言わずにはいられないことだったのだろう。
雰囲気に押されたのか、ついにはラフィナまでもが立ち上がって叫ぶ。
「私たち未婚の若いエルフも、同じ気持ちです! そんな未来には耐えられないと思ったから、だからこうして異世界へ……!」
「不規則な発言は控えてください!」
混迷を極めつつあった場の空気を、螢田の一喝が引き締めた。
鋭い叱責を受けると、さすがにエルフたちも我に返った様子で、壇上のアーミアを除いた全員が大人しく座り直した。
……真人は彼女らの口から直接答えを聞いたことで、改めてエルフたちに対する印象を変えざるを得なくなった。
自分たちを満たしてくれる伴侶を見つけるため……望み通りの結婚相手を捜すために異世界からやってきた。それがエルフたちなのだ。
彼女たちの美しい容姿だけを見れば意外としか思えないほど、ある意味人間くさい苦悩を抱えていたと言えよう。
周りを一喝した螢田は、軽く咳払いをしてから続ける。
「失礼。記者会見の時間にも限りがありますので、あまり勝手に発言をなさらないように。……はい、そちらの記者の方、質問をどうぞ」
挙手した記者が当てられ、台本通りの質疑応答へと流れは戻る。
「……エルフの皆さんは異世界から転移してこられたそうですが、具体的にどんな方法を用いたのですか? また、元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」
続けざまの問いに、壇上のアーミアは小さく頷いた。
「順を追ってお答えします。まず転移の方法ですが、
「それは確かですか?」
「はい。ただし、狙った特定の世界へ転移することこそできないものの、転移先にある程度の条件付けをすることは可能です」
「条件付け、といいますと?」
「例えば私たちは『エルフに対して好意的な人間または亜人種が存在する世界』を望みました。もしも知的生命体が全く存在しない異世界などに転移してしまったら、目も当てられませんので。その条件付けを行った結果、こちらの世界に辿り着くことができました」
アーミアが淡々と答えるのを聞きながら、真人はどこか納得感を覚えていた。
そういうことなら、漫画やアニメの文化によってファンタジー要素に馴染みが深い日本へ彼女たちが飛ばされてきたのは、必然だったのかもしれない。
回答を受けて、また別の記者が挙手する。
「あなたたちエルフが人間との婚姻を求めて転移してこられたのはわかりました。しかし、なぜわざわざ異世界に? あなた方の元々いた世界には、人間はいなかったのですか?」
「……いいえ。人間はいました。そして私たちエルフの中には、元の世界で人間と結ばれた者も、かつては存在しました」
アーミアの頬を、大粒の涙が伝い落ちた。
「ですが……元の世界にいた人間たちは、私たちエルフを差別し、徹底的に迫害しました。私の妹も、周囲の反対を振り切って人間の男性と結ばれたのですが……妹も、その子供たちも、エルフの血が流れているという理由だけで最後は他の人間たちに虐殺されてしまい……うっ、うっ……」
肩を震わせて嗚咽するアーミアの姿に、記者たちは一様に同情の表情を浮かべる。
真人の手をぎゅっと握ったラフィナの小さな手からも、アーミアへの同情と悲しみが伝わってくるようだった。
アーミアは涙を拭うと、まだ震えの残る声を懸命に張った。
「みなさん……私たちエルフが、この世界の人々に望むことはひとつだけです。どうか私たちに、愛する人を見つけ、幸せに生きる権利を与えてください」
記者たちが幾重ものフラッシュを焚き、涙の訴えをフィルムに焼きつける。
彼らの顔をひとりひとり順番に見つめて痛切な訴えを終えると、アーミアは深々と頭を下げた。
「私たちは皆さんの文化を尊重し、静かに暮らすことをお約束します。どうか、この願いを聞き届けてください……」
同じ思いを表明するように、他のエルフたちも一斉に席を立ち、頭を下げる。
種族は違えど志を同じくする者として、真人と竹下も立ち上がり、彼女たちに倣った。
この記者会見を機に、それまで懐疑的だった世論の潮流は、エルフを受け入れようという流れに変化していった。
彼女たちが抱えている悩みと望みは自分たちにも理解できるものであり、自分たちとエルフはそう変わらない存在だとわかったからだ。
真人と竹下は積極的にエルフたちと会い、未だ政府の監視下ではありつつも、食事をしたり電子機器を見せてみたり、様々な形で交流を深めた。
その平和な交流を収めた動画はどれも驚異的な再生数を記録し、真人は一躍、時の人となった。
そして繰り返し会うたびに、ラフィナは真人への好意をどんどん露わにしていった──。
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