波乱の記者会見
エルフと共に記者会見に臨むことになった真人と竹下に、事前の準備として一冊ずつ台本が配られた。
今回の記者会見には台本があり、どの会社の記者がどのような質問をするのかは事前に決まっているのだという。
パラパラとページをめくりながら、竹下は唇を尖らせて舌打ちした。
「前もって質問も回答も決まってるなんて、やらせじゃないんですか? こんなの公正な記者会見じゃないでしょ」
「記者に自由な質問をさせると、どのような質問が飛び出してくるかわかりませんし、その場で確認できないことについては持ち帰りとなってしまう場合もあります。二度手間を避け、記者会見をスムーズに進めるためには、事前に連携を取っておいた方がいいのですよ」
螢田は台本をめくりながら、顔色ひとつ変えず竹下を軽くあしらった。
台本を正当化するわりに、台本の存在を機密扱いにしているあたりは少々チグハグなんじゃないかと真人は思ったが、口には出さなかった。
そんなことよりも、台本に書かれたエルフたちの回答にはいくつもの新事実が記載されており、そちらの方に気を取られていた。
「あの、螢田さん……ここに書いてあるエルフの回答って、全部本当のことなんですか?」
「ええ、すべて彼女たちから聞き取りしたものです。彼女たちが本当のことを言っているなら、そこに書かれていることは全て事実ということになります」
「そ、そうですか……」
記者会見における質問の内容は、真人がラフィナに聞こうと思っていたことと大半がかぶっていたので、質問の方に文句はない。
問題は、それに対するエルフたちの回答だ。
これが事実なら、率直に言って、彼女たちを見る目が変わってしまう。
隣で同じように台本を読んでいた竹下も、すっかり目を丸くしていた。
「こりゃ……驚いたな。なあ小田原。ラフィナちゃんがお前にやたら懐いてるのも、もしかしたらそういうつもりなんじゃ……」
「やめろよ! ラフィナさんは純粋に俺を頼ってくれてるんだ。邪推するのは失礼だろ」
真人は反射的に声を荒らげた。
ラフィナの無邪気な笑顔が脳裏に浮かぶ。まるで穢れを知らない天使のようにすら見えた彼女が、そんなことを考えているわけがない。
しかし、竹下は憮然とした顔で真人の方を見ながら、なおも言った。
「別にいいじゃねえかよ。お前の夢を壊すつもりはねえけど、相手が女の子だからって勝手に清純なイメージを押しつける方が失礼だと思うぜ」
「勝手なイメージなんかじゃない! ラフィナさんは可憐で純情で……」
「小田原さん」
反論しかけた真人の言葉を遮り、螢田が厳しい声で呼びかけてきた。
「失礼ですが、小田原さんはラフィナさんの年齢をご存知ですか?」
「……いえ」
「60歳です。この世界に来たエルフたちの中では最も若いそうですが、あの人は小田原さんの倍の年月を生きているのですよ? それを少女のように扱うのはいかがなものかと思います」
「……ろ、60歳……?」
「記者会見の場では、決してそんな風に取り乱すことはないようにしてください。そのためにわざわざ台本をお見せしているのですから」
ショックを受けている真人に呆れた様子で、螢田は溜息を漏らす。
……考えてみれば当然のことだった。エルフというのは、どんな創作物でも非常に長命な種族として描かれている。見た目通りの年齢でなくても、何らおかしくはない。
「マジか……俺、ずっとラフィナちゃんって呼んでたわ。めっちゃ年上なのに」
竹下のお気楽な感想が、今の真人には羨ましくすらあった。
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それから3日後。いよいよ記者会見本番の日を迎えた。
ラフィナは同席した真人の隣に陣取り、当然のように手を繋いで、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべている。
離職してから久々のスーツに袖を通した真人は、エルフたちの席に紛れるような形で記者たちのフラッシュを浴びながら、何とも居心地の悪い思いをしていた。
エルフたちは全員、最初に会ったときと同じ薄手のワンピースのような服を着ているので、スーツ姿の真人と竹下はあらゆる意味で浮いている。しかし、だからこそ異文化が交わっているという印象もあった。
司会進行を務める螢田は、エルフたちについて世間の理解を深めるために今回の記者会見を開いたことを改めて簡潔に述べた。
「……さて。齟齬のないように、ここから先はエルフの皆さんに直接、記者の皆様から質疑応答をしていただきましょう。どうぞ、アーミアさん」
脇へ退いた螢田に代わって壇上に上がったのは、アーミアという名のエルフだった。
異世界から転移してきたエルフたちの中では最年長で、現在807歳らしいのだが、見た目の印象はほとんどラフィナと変わらない。
アーミアはどこか物憂げにも見える表情のまま、深々とお辞儀をした。
「皆さん、初めまして。エルフのアーミアと申します。……既にご存知のことと思いますが、私たちはこことは違う世界から転移してきました。それは、とある目的のためです」
アーミアは一度そこで言葉を切ると、深く息を吸ってから、はっきりと通る声で続けた。
「その目的とは──私たちの伴侶となってくださる男性を、見つけることです」
会場がどよめいた。
台本の中身は事前に共有されているため、彼らの動揺には演技も含まれているはずなのだが、素の反応を思わせるものだった。
台本通りに挙手したひとりの記者を、螢田が当てて質疑応答を続けさせる。
「失礼ですが、何故わざわざ伴侶を求めて転移をしたのですか? 同族であるエルフの男性をパートナーにすることは難しかったのでしょうか?」
「いいえ。私たち20人のうち半数は、エルフの男性と結婚し、家庭を築いていました。ただ……」
「ただ、何ですか?」
「……翻訳魔法がうまく概念を伝えてくれるか、わかりませんが……私たちは、エルフの夫との暮らしに耐えられなくなりました。その理由は……」
「セックスレス……なんです」
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