ラフィナとの再会

 その日から、真人は自分がエルフたちを救う義務があるということを、毎日毎日繰り返しネット上で訴え続けた。

 メディアの取材にも積極的に応じ、政府に対し、エルフたちを一日も早く自由の身にするよう求めた。


 政府は今回の出来事を秘匿する気はない(先に生配信に乗ってしまった以上、秘匿のしようもないが)らしく、異世界から現れたエルフたちの存在を公式に認めた。

 一種の難民とも言えるエルフたちに対して『非人道的な扱いをすべきでない』と諸外国から釘を刺されたのも、真人にとっては追い風となった。

 県内の総合病院で検査を済ませたばかりのエルフたちへの面会が許されたのは、それからほんの一週間後のことだった。




「おだっちさん!」


 病院の個室で一週間ぶりに会ったラフィナは、真人の顔を一目見るなり満面の笑みを浮かべ、ぎゅっと手を握ってきた。

 まるで少女のような無邪気さに癒されつつも、彼女の服装を見て真人は驚いた。

 無地の半袖シャツと紺のジーンズ。すっかり現代的な姿だ。


「久しぶり、ラフィナさん。覚えててくれたんだな」


「忘れるわけありません。初めて私たちに優しくしてくださった方なんですもの。またお会いできると聞いて、心待ちにしていました」


「嬉しいよ。ところで、その服は……?」


「着替えをいただいたんです。この世界にはたくさんの種類の服があって、どれもすごく清潔で……素晴らしいですね。ちゃんと着こなせているといいんですが」


 ラフィナはそう言って、少し照れたように笑った。

 廃病院では暗かったうえに、ゆったりしたワンピースのような服だったのでよくわからなかったが、ラフィナはスタイルも極めて魅力的だった。

 飾り気のないシャツと、体にフィットしたジーンズが、出るところは出て締まるところは締まった体型をほとんど露わにしている。

 ……性的な目で見ていると思われたら軽蔑されそうな気がして、真人はラフィナの首から下をできるだけ見ないように努めた。


「ラフィナさん。俺はエルフたちの権利を守るために戦うよ。絶対に悪いようにはしないから、君にも、君の仲間にも安心していてほしい」


「……おだっちさん……」


「ごめん、最初に言ったけどそれってあだ名みたいなものでさ……本当の名前は、小田原真人なんだ。真人って呼んでくれると嬉しいんだけど……」


「はい、マサトさん!」


 素直に頷いて、ラフィナは真人に抱きついてきた。

 突然の積極的すぎる行動に、真人の心臓は激しく跳ね、声は動揺に上ずる。


「ラ、ラフィナさん!? 何やって……!?」


「マサトさん……あなたが私たちのために動いてくれていることは、政府の人からも聞きました。たった一度会っただけの私たちのために。それを知ったら、私……あなたのことが……」


 感極まった声で囁いて、ラフィナは目を閉じ、唇を寄せてくる。

 真人は一瞬ためらったが、誘惑に抗えず、その唇に自身のそれを重ねようとして――。


「ゴホン、ゴホン!!」


 視界の外から大きな咳払いが聞こえて、真人はとっさに顔を上げた。

 振り向けば、制服姿の警官がジロリとこちらを睨んでいた。

 すっかり忘れていたが、この面会には監視がついているんだった……。


「あと俺もいるのわかってるか、小田原? ふたりだけの世界に入る前に、仕事があるだろ」


 真人に最初からついてきていた竹下も、苦い顔でせっついてくる。

 気まずさに耐えかねて、真人はラフィナから一歩離れると、背筋を正した。


「そ、そうだ、ラフィナさん。もう一度君に会ったら、聞いてみたいと思ってたことがいくつもあるんだ」


「聞いてみたいこと、ですか?」


「エルフが人々に理解してもらえるように、君たちの事情や背景を世間に広めたいんだ。どうしてこの世界に来たのか、あの廃病院にいたのはなぜか……君たちのことをよく知れば、みんな必ず優しくしてくれる」


 もう一度ライブ配信を行い、エルフについての特集番組を作る。これは竹下の案を真人が採用したものだった。

 配信は必ず注目されるだろうし、何よりエルフたちの今後を思うと、世間の理解を深めることは極めて重要だと考えたのだ。


「──それには及びませんよ、小田原さん」


 不意にドアの方から女の声がして、真人は弾かれたように振り向いた。

 黒服の護衛を従えた、スーツ姿の中年女がそこに立っていた。柔和な笑みを浮かべて、値踏みするように真人と竹下を見比べている。

 ニュースで見たことのある顔だった。


「あなたは……確か、外務大臣のほたるさん?」


 竹下が先に尋ねたことで、真人も思い出した。

 彼女は外務大臣のほたるみつだ。あまり目立つような政治家ではないが、取り立てて悪い評判も聞かない。良くも悪くも堅実で地味なタイプだ。

 螢田は肯定の代わりか、意味ありげに笑みを深めた。


「どうも、初めまして。エルフの件はどの省で取り扱うか議論になったのですが、ひとまず外務省の管轄となりました。そこで、私たちも小田原さんと同じようなことを既に考えてあります」


「同じようなこと? ……まさか……」


「これは、個人のチャンネルで扱うには大きすぎる問題です。政府から正式な記者会見を開き、エルフの皆さんに関する質問は生中継で全国に放送する。彼女たちのためにも、それがベストでしょう?」


 理詰めで来られ、真人は返す言葉に詰まった。

 螢田の提案は、真人がやろうとしていたことを純粋にスケールアップさせたものだ。確かにエルフのためには、その方がいいのだろうが……。


「待ってくださいよ、大臣。記者会見も俺たちの配信も、両方やればいいだけの話でしょう。なんで俺たちを止めるんですか?」


 納得できない様子で、竹下が食ってかかった。

 螢田は笑みを崩さないまま、小さく肩をすくめる。


「まだエルフについては出回っている情報が少なく、世間は不安に駆られています。あなたたちは第一発見者なだけに、情報を発信すればその影響力も大きい。個人レベルで、誤った情報を拡散して欲しくないのです」


「誤った情報だって? 政府が正しい情報を広めるとも限らないでしょ。俺たちには真実を国民に届ける義務があるんですよ」


「まるでジャーナリストのようなことをおっしゃるのですね? あなたがたのチャンネルを拝見しましたが、廃墟に不法侵入しては、ありもしない幽霊の存在をでっちあげるのが主なお仕事のようでしたけれど」


 軽蔑混じりに言い捨てられ、竹下は小さくうめいた。

 過去の活動のことを突っ込まれると分が悪い……真人は少し考えて、譲歩することに決めた。


「螢田さん、わかりました。ただ、言うとおりにする代わりに、ひとつ条件を飲んでもらえませんか?」


「条件?」


「その記者会見に、私と竹下も出席させてください。エルフの発見者であり、またエルフの皆さんを支えることを約束した人間として。公的な場に同行すれば、私や竹下のように人間とエルフの懸け橋になる存在がいるということを全世界にアピールできるはずです」


 真人は考え考え提案したが、螢田は自分の領域である外交問題に踏み込まれたと感じたのか、不愉快そうに顔をしかめた。

 が、それも一瞬のことで、すぐに穏やかな表情に戻って小さく頷く。


「……いいでしょう。ただ、記者会見での振る舞いについてはこちらの指示に従ってもらいます。勝手な発言や、予定にない発言は控えてください」


「はい、構いません」


 答えた真人の隣で、竹下がつまらなさそうにふんと鼻を鳴らした。

 その気持ちはわかるが、何もかもこちらの思い通りにできる状況ではないのだから、ここらが適当な落としどころだろう。

 今はとにかく、ラフィナのそばにいられればいい……。


「マサトさんが一緒にいてくださるなら、とても心強いです」


 輝くような笑顔で答えたラフィナの言葉に、真人は自分の判断が間違っていなかったのだと確信を深めた。

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