異世界からの来訪者

「い、いや、冷静に考えてエルフなわけないよな……えーと、あなたたちは……?」


 状況はよく飲み込めないままだが、彼女たちの正体が何であれ、訊かないわけにはいかないと思い直して真人は尋ねた。


 室内を見回すと、エルフらしき女たちは全部で20人ほどいるようだ。

 全員、はっとするような美貌の持ち主であり、薄手のワンピースのような服を身に纏っている。年齢も見た感じの印象は10代後半から20代前半くらいで揃っていて、若い外国人女性の集まりに見えた。

 火を囲んでいた中で、一番真人から近いところに立っていた女が、こちらに一歩近づいて口を開く。


「ワングァ レ ヴォルク……? ジ ワディク プーシャ?」


「は?」


 謎の外国語で何やら尋ねられ、真人はぽかんとして聞き返した。

 他の女が横合いから大きな声を出す。


「ラフィナ! クィーチェ アン! ツァッカ レンブル マギエル ディーシア!」


 何を言っているのか全然わからない。

 ほんの少しも聞き覚えがないから、少なくとも英語ではなさそうだが、それ以上のことはまるでわからない。


 最初に話しかけてきた女が、横合いからの声にあっと驚いた様子で、自らの胸に手を当てる。

 他の女たちもそれにならうように、一斉に自身の胸に手を当てる。



 次の瞬間、女たちの体が青い光に包まれた。



「うわっ……!?」


 真人は思わず声をあげてのけぞった。

 青い光はほんの一瞬で収まり、目の前の女は再び真人の方を見つめながら口を開く。


「これで……通じるでしょうか? 『言意訳レンブル』の魔法を使いました。私の言葉がわかりますか?」


「……えっ? に、日本語喋ってる? いや、魔法って……?」


 真人が驚きの声を漏らすと、女たちは一斉に沸き立った。


「よかった! これで話ができますね、人間さん!」


「に、人間さん? ……あんたたち、なんなんだ? エルフになりきってるのか?」


「あ……そうそう。人間さん、さっきも確かに『エルフ』って言いましたよね? 私たちのようなエルフが、この世界にもいるんですか?」


「この世界?」


 真人はただただ、言われた言葉をオウム返しのように聞き返すばかりだ。

 状況が自分の理解力を完全に超えている。

 目の前の女はにっこりと嬉しそうに微笑んで、小さく頷いた。


「私たちは、別の世界から来たエルフなんです。私の名はラフィナ。あなたは……人間の、男の人、ですよね?」


「あ、ああ。えっと……」


 名乗られて、こちらも名乗り返すべきかと迷ったが、こんな怪しい集団にチャンネルのことを素直に教えていいものだろうか?

 判断に迷って竹下の方を見ると、竹下は血走った目でスマホを見つめていた。


「バズってる! 同接500人を超えてて……いや600……650……どんどん伸びるぞ! 続けろ!」


(マジか……!?)


 真人は驚いたが、『心霊スポットを訪れたらエルフが出てきた』なんて展開は確かにバツグンの意外性がある。たとえそれがコスプレ集団であろうと、撮れ高としては申し分ない。

 これはチャンスに違いない。そう思って、ラフィナの方へ向き直った。


「あの……どうしたんですか?」


 ラフィナは真人と竹下の顔を交互に見比べて、不思議そうにしている。

 ひとつ気になったのは、彼女たちが全く竹下のスマホに注意を払っていないことだ。

 撮影されていることを理解していれば、少しは気にするはずだと思うが……まさか、本当にエルフなのだろうか?


「えーと、ラフィナさん。俺のことは『おだっち』と呼んでください。それがあだ名みたいなものなんで」


「わかりました、おだっちさん。あの、それで……ひとつご相談があるんです」


「相談?」


「はい。……私たちは、新たな暮らしを求めて異世界からやってきました。さしあたって、あなたが属する集団の代表であるお方とお話がしたいのです」


 曇りのないまなざしでこちらを見つめながら、ラフィナは言い切った。

 思わず見とれてしまうような端整な顔立ちに緊張を覚えつつも、真人は眉をひそめる。


「集団の代表……?」


「私たちエルフの場合で言うと、村長になりますね。あなたが人間の町にお住まいなら、町長さんとか市長さんとか……さすがに国王陛下ともなれば、簡単にはお会いできないでしょうが」


「う、うーん。国の代表なら一応、総理大臣とかになるのかな……?」


「ソウリダイジン? すみません、私たちの中に概念がない言葉は通訳されないもので……とにかく、その方があなたたちの代表なのですね? 私たちが会うことはできますか?」


「いや、どうかな。いきなり会うってわけにはいかないと思うけど」


 なんだか、話せば話すほど現実離れしたことばかりで、急にこのやり取りが茶番のように思えてきた。

 困惑していると、ラフィナはすがるような眼差しを真人に向けて、手をぎゅっと握ってきた。



「お願いします、おだっちさん。……あなただけが頼りなんです」



 柔らかく、あたたかい手が重なる。細い指がそっと絡められる。

 ラフィナの潤んだ瞳に見つめられた瞬間、真人の心臓は大きく跳ねた。

 ……この子の力になってやりたい。


「わ……わかった! とにかく、俺がかけ合ってみるよ! 大した力はないけど、市役所なり何なり、とにかく解決できそうな場所まで付き添ってあげるから」


 自分でも頼りがいのない答えだと思いながらも、真人は胸を張って答えた。

 それでも彼女のためにできることをしたいという気持ちは伝わったようで、不安に揺れていたラフィナの表情がぱっと明るくなる。


「嬉しいです。おだっちさん……! どうか、私たちのことをよろしくお願いします!」


「う、うん」


 結局、本物のエルフなのかコスプレ集団なのかはよくわからないままだが、どちらにせよラフィナのような麗しい女性に頼られて悪い気はしない。

 とはいえ、ここからどうすればいいのだろう。生配信には何らかのオチをつけねばならない。ひとまず、ラフィナにカメラの前で喋ってもらうのがいいか?

 そんなことをぼんやり考えていると、玄関の方から足音が響いてきた。


「ん? なんだ……?」


 振り返った真人の目に、まばゆい光が飛び込んできた。

 思わず目を細めると、こちらに懐中電灯を向けている警官の二人組が視界に映る。


「お前たち、ここで何してる!?」


「げ……っ!? な、なんで警察が……」


「バカ、お前ら配信者なんだろう? 視聴者から通報があったんだよ。ここは私有地だぞ。こんな大勢で何してたんだ……? とにかく、全員署まで来てもらおう」


 警官たちは室内を見回して、その異様な光景に顔をしかめつつ、無線で応援を呼び始める。

 その威圧的な声に恐怖を感じたのか、ラフィナは真人の腕にすがりつくように、ぎゅっと密着してきた。


 ……この子だけは、俺が守らなくちゃ。

 真人は生まれて初めての庇護欲を感じながら、ラフィナの手を握り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年11月23日 17:00
2024年11月24日 17:00

侵略的外来エルフ なごみ村正 @nagona

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ