Case.1 2030年5月17日 小田原誠(30)
出会ってしまった男
「どうもー、おだっち怪奇潜入チャンネルのおだっちです! 今日はですね、こちらY県O市の廃墟に幽霊が出るという情報をキャッチしましたので、早速突入していこうと思いまーす!」
陽気な声で、おだっちという
スマホを持っているのは同じ動画チャンネルの撮影アシスタントで、高校の頃からの友人でもある
竹下がスマホを廃墟の方へ向けたのを見て、真人も廃墟に向き直る。
輝く満月の下。
街から遠く離れた山中、ほとんど交通量もない片側一車線の道路沿いの敷地に、そのコンクリート造の廃墟はぽつんと打ち棄てられていた。
ろくに管理もされていないのだろう。そこら中、膝の高さまで草が生い茂っており、油断すると簡単に足を取られてしまいそうになる。
「えー、この廃墟は10年ちょっと前まで精神病院として使われていたんですが、ある入院患者が看護士の目を盗んで自殺してしまいました。院長は自然死に見せかけようとしたのですが、結局は発覚し、非難が殺到。病院は廃業に追い込まれ、以後放置されているんです──が」
あらかじめ調べてきた情報を話しながら、真人は廃墟に向かって歩みを進める。
既に違和感はあった。
草むらがかき分けられているうえ、しっかりと踏み固められており、山道から廃墟へと一直線に伸びる道ができている。
最近、誰かがこの廃墟に頻繁に出入りしているのは間違いなさそうだ。
「少し前から、この廃墟に明かりが灯ってるのを見たとか、真っ白な人影が入っていくのを見たとかいう情報が寄せられてるんですね。そこで、当チャンネルでさっそく調査に踏み切ったわけです。さあ、鬼が出るか蛇が出るか……?」
実際にリスナーから寄せられたりSNSで拾ったりした情報を、表面上は明るい声で語りつつも、真人は緊張で胸が張り詰めていた。
今までにも似たような廃墟を何度か見てきたことがあるが、ここも恐らくヤバい。危険な匂いがする。
最近誰かが出入りしたということは、ホームレスが住みついていたり、死体が遺棄されていたりする可能性は大いにある。
前者は撮影中に襲われる危険があるし、後者はうっかりグロ画像を映してしまおうものならせっかくの動画がBANされかねない。
真人は廃墟の説明で場を持たせつつ、できるだけ慎重に足を進めた。
派遣の仕事を切られたのを機に、真人が動画配信を始めてもうすぐ1年になる。
最初はジャンルを定めずに色々と手を出していたが、軽い気持ちで上げた廃墟探索の動画が少しだけバズり、以降はそちらの方向にシフトした。
しかし最近は伸び悩むどころか、ただでさえ少ない登録者がどんどん減少の一途を辿っており、今も同時接続者数は10人に満たない。
有名配信者になる夢を追って飛び込んだ世界だったが、現実はあまりにも厳しかった。
スマホで撮影を続ける竹下の目は、いつも以上に冷ややかに見えた。
竹下は強面の持ち主で体格も良く、廃墟探索でホームレスやヤンキーと出くわした時には大いに頼りになるのだが、本人は今の境遇を「割に合わない」と思っているようだ。
アシスタント料は毎回きっちり払っているのだが、危険なわりに決して高い金額ではないから、そう思われても無理はない。
今回の動画が跳ねなかったら、いよいよ手を引かれるかもしれない──そんなことを考えて気を重くしていた時、真人はふと気づいた。
「……あれ? 中に明かりがついてますね」
草むらを抜け、壊れて開きっぱなしになっている出入口のドアを横目にして玄関へ足を踏み入れた瞬間から、違和感は確信に変わっていた。
外からではわからなかったが、廃墟の中は廊下がくっきりと見えるほど明るい。ゆらゆらと揺れる明かりが、奥の方から漏れ込んでいるようだ。
確実に、中に誰かがいる。
地元の不良か、ホームレスか──いずれにしても厄介ごとになりそうな気配しかしない。
しかしライブ配信している以上、今更「やっぱりやめます」とはいかない。
意を決して、真人は明かりの元であろう部屋へと足を踏み入れた。
そこは元々大部屋の病室か何かだったようで、広々とした空間になっていた。
部屋の中央では火が焚かれており、いくつもの人影が火を囲んでいる。
それらの影が、一斉にこちらへ振り返り――目が合った瞬間、真人は驚愕に声を失った。
部屋の中にいたのは一様に、同じ特徴を持つ女性たちだった。
黄金を溶かしたような髪、透き通るような白い肌、宝玉にも似た輝きを湛える碧眼。
そして――頭の横へまっすぐと伸びる、尖った耳。
「……なん、だ?」
思わず、真人は素に戻って呟いていた。
あんな耳をした人間などいるわけがない。作り物か? コスプレパーティーでもしていたのか? こんな場所で?
いくつもの疑問が頭の中をぐるぐると回ったままの真人のすぐ後ろで、竹下がぽつりと呟いた。
「エルフ……?」
竹下の呟きを聞いて、真人の中でひとつ腑に落ちたものがあった。
そうだ、どこか既視感があったのだが、彼女たちによく似たキャラクターをゲームの中で見たことがある。
これはエルフの格好だ――。
その出会いが、すべての始まりであり、すべての終わりだった。
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