第71話

「一度、ハナと話させてもらえませんか?」


 その意外な要求に私は驚いたが、少し考える時間を置いてそれを承諾した。


「少し待っててください」


 私はそう言うと転移魔法でエクセサリアへと戻った。

 突然現れた私に驚いているハナとカノンに事情を説明すると、カノンも実家に説明に行きたいとのことだったので、二人を連れてヒノモトへと戻った。


「お待たせしました」


 ハナは俯いた状態で両親の前に座る。カノンは私の後ろに座った。


「えっと……」


「本当にハナなの?」


 ハナの姿に驚いているミチルはそう問い掛けた。ハナは小さく頷くと、私の方を見た。

 

「力に対応する為に体が成長したんです。それで年齢で言えば二十歳ほどですかね」


「そうなんですね……」


 ハナの両親はそう言うと、ジッとハナを見つめていた。

 ハナはずっと俯いたままだったが、私はそんなハナの背中を叩いた。


「ほらハナ」


 小声でそう言うと、ハナは意を決したように目を一度閉じて前を向いた。


「お母さん、それにお父さん。私……」


「ハナ……私はちゃんと生きていてくれて嬉しいよ」


「俺も、お前には色々厳しくしたが……」


 父であるカゲがそう言うと、ハナは怯むと思ったがキッとキツい目をしていた。

 カゲは少しムッとして同じようにハナを睨みつけた。


「なんだその目は……」


 カゲはそう言っているが、ハナは動じていなかった。

 まるで、かつて虐げられていた頃とは違うのだと言っているような表情だった。


「やめておいた方がいいですよ。以前のハナとは違いますから」


 後ろからカノンは立ち上がりそう言った。


「誰だあんたは」


「カノンです。だからこそ知っています。あんなにドジで何もできなかったハナに、私の攻撃が通じなかったんですから」


「待て……待ってくれ。カノンって族長のところの……」


「はい。ハルカゼ・カノンです」


「そんな馬鹿な……」


「カノンも神子となりました。因みに、カノンはトウアに雇われた後、洗脳を受けてただ命令のままに動く人形のようになっていました。実は、その件で里に来たんです」


 私がそう言うとカゲは黙り、考え込んだ。


「ならば、族長の方にも挨拶に行った方がいいだろうな」


「そのつもりでした。」


「ではわしはもう帰ろうかの。後はセレスティアに任せてもよかろう」


「ええ。ありがとうミヤ」


 ミヤは天界に帰り、ハナとカノンで族長宅へ向かった。

 大きな門を潜り中へ入ろうとすると殺気を感じた私は、あえてそれを無視した。


「作り物の殺気で脅そうなど、私には通じませんよ」


 私がそう言うと、屋根の上から飛び降りてきた男は私達を警戒したまま後退った。

 その顔をみた瞬間、カノンが「父上!」と声を上げた。


「カノン……? いや、カノンはまだ……」


「私です!カノンです!」


 カノンの姿を確認して何度も目を擦る男は構えていた短刀を鞘に納めた。

 そして屋敷内に案内すると、またもお茶を出された。それはお手伝いさんがしてくれ、カノンの父は妻を連れて部屋に入ってきた。


「初めまして。私は天界で女神を務めていますセレスティアと申します」


「女神様とは……本当なのでしょうか?」


 しまったな、ミヤを帰らせたのは時期早々だったか。


「この辺りもミヤの加護下にあるんでしたっけ?」


「ミヤ様をご存知で?」


「ええ。それにこちらに来てからヤコとも仲良くなりましたよ」


「あなた、これは本当に……」


 カノンの母がそう言うと、むすっとしながらも納得したのか「それで、要件は?」と男は言う。


「まずはご報告までにですが、あなたの娘であるカノンが西方のエクセサリアという国でなんの罪もない子供に危害を加えていたところを捉えました。その際、尋問をしていたのですがどうやら洗脳魔法に掛かっていたようなのですが、何かご存知ですか?」


「洗脳魔法? さあ、心当たりはありませんな」


「私はカノンが派遣されたトウアを怪しんでいるんですが……確か、カノンのお兄さんも同じくトウアに派遣されていますよね?」


 私がそう訊ねると、彼は言葉を絞り出すように「そうだが……」と頷いた。


「そのお兄さんも同じように洗脳状態でした。生憎、逃げられてしまいましたがね」


「まさかショウが……トウアめ、金払いがいいと思ったらそういう狙いか」


「完全にトウアの狙いについては把握しきれていませんが、エクセサリアが標的になったということは、貿易港ないしはその港の機能でしょうね」


 カノンの父は難し顔をしたが、その内容に納得したのか目を閉じて頷いた。

 そしてカノンの方を見遣って「で、これはどう説明していただけるのですかな?」と私に訊ねた。


「カノンに神子の素質があったんです。それで彼女の同意の元、私の神子になってもらいました」


「神子様に……しかし、選ばれたものしかなれんと聞くが……まさかカノンが」


「申し訳ございません、父上。里の役目を果たせぬばかりか、勝手なこと……」


「いや良い。神子様になったということは、我々とは違う存在になったということ。その役目を果たせば良い。それに我が家系から神子様が現れたことが何より自慢だ」


「父上……ありがとうございます!」


 カノンは頭を下げてそう言うと、カノンの父は隣にいたハナを見て少し訝しんだ。


「もしかして……ハナちゃんか?」


「は、はい!そうです!」


「ハナちゃんも神子様になったのですね。凄いわ!里から二人も神子様が現れるだなんて!」


 カノンの母は喜びを隠すことなくはしゃぐと、隣の夫の咳払いで我に返った。

 元は無邪気な人なんだろうと私は優しい視線を送ると、彼女は私の方をぼーっと見つめて来た。


「どうかしましたか?」


「えっ? い、いえ……なんでもありません」


 彼女はそう言うと目線を落として深呼吸をした。


「その……女神様というのはこれほど美しいものなのかと思いまして……」


「あはは……よく言われます。しかも女性ばかりに言われるんですよね。男性からは魅力がないのかしらね」


「どうなんでしょうね? ね、あなた?」


「な、何故俺に訊く……。まあそうだな……」


 そう思えば彼は私と目が合った試しがない。

 私は彼を見つめると、彼は照れたようにあからさまに顔を背けた。


「あらあら……」


 カノンの母はその様子を見て笑っていた。


「おほんっ!そんなことより、ショウについてだな……」


「そうですね。彼についてもどうにかして洗脳を解く必要がありますね」


「兄様の方が私より先にトウアに派遣されていたので、洗脳がより深いものになっているとかはあるのでしょうか?」


「どうだろう……期間でどうこうとかは聞いたことないけどな」


 私がそう言うと、カノンは少し考えた後「私は兄様を救いたい……」と呟いた。


「カノンは兄弟の中でも、歳の離れたショウに一番懐いていましたから……」


 カノンの母がそう言うと、私は意を決して「必ずショウさんを返してみせますね」と言いそろそろお暇すると言うと、カノンが「母上、頼み事が一つあります」と神妙な面立ちで言った。


「どうしたの?」


「えっと……ショウユを分けてくれませんか? あとミソもあれば嬉しい。向こうではなかなか手に入らなくて……」


「いいわよ」


 カノンは母について行き台所からショウユとミソを分けてもらっていた。


「私ならサッとこっちに来れるんですけどね」


「なら、女神様に取りに来て貰えば……」


「流石に私がお遣いをするのは、彼女達の仕事を奪うことになるので」


「そうですよね」


 私達はこれでお暇することにした。

 外まで見送りに来てくれたカノンの両親はどこか誇らしげで、どこか寂しそうだった。


「ちゃんと偶に顔出すように言っておきますから」


「ありがとう。よかったら女神様も何時でもいらしてくださいね」


「そうですね。カノンが歯向かって来たらすぐに来ますね」


 笑いながらそう言って私達は転移魔法でエクセサリアに帰った。

 降り立った私の屋敷で寛ぐシャノンとルティスを一喝した後、私は疲れのせいか眠気の襲われたのだった。



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