14.正義は必ずしも正しいとは限らない

第72話

 いつもの日常に戻る、ということは無く、私達はその日からショウの捜索に乗り出した。

 私が居なかった数日、特に姿を見たとかはないと聞いている。

 しかし、町の様子は少し変な気がした。

 その日、魔法学院で授業を終えてその他の仕事も終わった頃、私は王城へと向かっていた。


わたくしに相談とは……一体なんでしょうか?」


 アイリスは紅茶を片手にそう言うと、一口啜ってソーサーにカップを戻した。

 私は持ち上げたカップに映る自分の顔を見つめながら「シノビについてなんだけど」と言い、紅茶を啜った。

 ソーサーとカップがぶつかる音が鳴り、私は手で横髪を掻き上げた。


「最近、魔法学院の生徒を襲ってるという? 確か昨日も被害が出ていましたね」


「ええ。最初の犯人はカノンだったけど、今度は彼女のお兄さんらしいのよ。同じく、洗脳魔法を受けているようで……」


 私はかつてアイリスも同じようにされたことを思い出すと、気まずい顔をした。

 アイリスは一つ笑みを浮かべて目を閉じて「洗脳魔法……私も受けた時の気分はわかりますよ」といい、そっと胸に手を遣った。


「恐らくシェーダーが使ったものよりも強力なものだと思う。完全に意識を刈り取らず、記憶もそのままに主人に従うようにする精度よ」


「私もあなたに切り掛かった時の記憶は有ります……。あの時も同じような、これが正しいことだと思い込んだような感覚でした」


「そう。ただ、トウアの魔法師は余程の使い手で、一度掛けたら解けるまで継続するほどの拘束力を持っている」


 私はそう言ってクッキーを一枚手に取ると、そのサクッとした香ばしさを味わった。


「けれど……トウアが何故わざわざエクセサリアを狙うのでしょう。帝国の命令でしょうか?」


「あり得ると思う……というか、それしかないでしょうね。だからこそ、アイリスに相談しに来ている」


「相談というよりか、動けと命じられている気分ですけど」


 私は笑いながら「まあそうね」と言うと、テラスには冷たい風が吹いた。


「冬がやって来ますわね……」


「そうなれば帝国の軍港近海は凍りついてしまう。いや、もう始まってるか……」


「それが狙いと?」


「帝国本土の領土とエクセサリアは奇しくも接している。それに、この前結ばれた西方同盟。それもあるでしょうね」


 大陸西側の端。エクセサリアを含む小国で結んだ同盟だ。連邦と帝国、どちらにも賛同できない諸国で結成したもので、有事の際は助け合おうというもの。

 北方の国境付近の小競り合いを解決するためにウォルターが発起人となり結んだ同盟だ。


「帝国も連邦も、エクセサリアに攻め入るとしても山脈を越えなければならない。そこで消耗してしまうから、まずは弱体化を狙うというのは理解できるわね」


「やはり、港が狙い……でも連邦は港はある。帝国は極東地方にしか冬季に動かせる港はないから、と?」


「そうね。帝国は恐らくそんなに兵力を割けないのでしょうね。だからチマチマとやってる」


 アイリスの目は強く、そして何か覚悟を示すような目だった。

 私はあくまで自分が立てた仮説にすぎないけどと付け加えて城を去った。

 屋敷に戻ると今日こそはとカノンがヒノモト料理を作っており、私とハナ、それにシャノンとルティスは完成を待った。


「よし……これこそ和食だ!」


 牛肉とジャガイモを煮たものと、ミソを溶かしたスープが食卓に並んだ。


「ありがとね、カノン」


「いや、当然の仕事だと思うが……味はどうだろうか?」


 私は一口食べると、ほのかに香る出汁の香りとショウユの味、そして牛肉の旨みも吸い込んだホクホクのジャガイモの味が口いっぱいに広がった。


「うん、美味しいよ」


「よかった……」


 シャノンとルティスも大絶賛していると、暗い表情をしたハナを皆んなで心配していた。


「私は……お肉とか食べさせてもらったことなかったんで……。カノンは族長の娘だからこういうの食べ慣れてるんだろうけど……」


「ハナ……」


「いいのよハナ。今のあなたはこれを食べる権利がある。違う?」


「そうですね。では、いただきます」


 ハナは丁寧に手を合わせて会釈をして一緒にヒノモトから持ってきた箸で食べ始めた。


「美味しい……これが肉じゃがなんだね」


「うん。うちでは定番だった……ごめんねハナ。私、配慮に欠けてた」


「気にしないで。私を売ってくれた両親に感謝しなきゃだね。じゃなきゃ、こんなの食べられなかった」


 これまでも豪勢な料理を食べてきたが、今回は今まで最もハナの感情を揺さぶったのだろう。頬に一筋の涙が伝うと、それを拭いながら二口目、三口目とハナは食べ進めていく。

 食べ終えた頃にはそんなことも忘れて「また作ってほしいなぁ」とハナは満足そうだった。


「ほら、順番にお風呂入っちゃって」


 シャノンとルティスにそう言うと「セレナ達はいいのかよ」と言ってきたので「私達は天界で入ってくる」と言うと、ルティスは「ずるいぞ……」と言いながらもシャノンと一緒に入浴していた。


「本当に天界に行くんですか?」


「嘘よ。ヒノモトにも温泉があるんでしょ? そこに行こうかなって」


「各所にありますよ。クサツやアリマ、それにユフインが有名ですが……」


「そうユフイン!実は向こうで知り合った子が行くって言っててね」


 私達はお風呂セットを持って転移魔法を使った。

 

「んあ!セレスティア? どうしたんじゃ?」


「温泉に入りたいと思って来ちゃった」


「温泉ならお前のところにもあるじゃろうが……」


「ヒノモトの温泉よ!」


「ああ……なるほど」


 ミヤはそう相槌を打つと「して、どこの温泉じゃ?」と訊いて来た。


「えっと、ユフインに行きたいそうです」


「ほう……それならベップも近いしよいぞ?」


「この前世話になった子がベップも言ってたな……」


 私達はミヤにまずベップに連れて行ってもらった。


「おお……湯煙がすごい……そこら中で温泉が……」


 私達は少し辺りを散策していると、私は見覚えのある車を見つけた。


「あ、この車……」


「え、セレナさん?」


 私が車を覗いていると、背後からシオリが声を掛けてきた。


「シオリ!」


「な、なんでセレナさんが?」


「温泉入りに来た」


 私がそう言うと、よくわかっていないのか不思議そうな顔で彼女は私を見ていた。

 仕方がないので事情を説明しようかと思ったがハナとカノンが「私達が案内してきたんです」と言いそれにシオリは納得はしていないもののそれを受け入れていた。


「知り合いの子がいたのね」


「ええ。二人ともこっち生まれだけど、山奥育ちでね」


「そうなんだー。セレナとは同い年くらいかな?」


「まあ、そうだね」


 私はシオリとの再会を喜んでいると「温泉入りに来たの?」とシオリは私達のことを察した。


「私さっき入って来たよ」


「そうなんだ。私達は今から……」


「お金、かかるよ? また持ってないんじゃない?」


「え、ええっと……」


「大丈夫だ。この通り」


 カノンはポケットからヒノモトのお金の札束を取り出すと「おお!セレナと違って大金持ち!」と笑っていた。


「シオリは旅、もうすぐ終わりだね」


「うん……たくさん思い出ができたよ。今まで行ってみたかったところに行けたし、他の人にはできない体験もしたし。それに、セレナに出会えた」


「私に? そんなに特別かな」


 私がそう言うと、シオリは私に抱きついた。

 その瞬間、私の頭の中に彼女の死期が過ぎった。


「シ、シオリ……」


「なんとなく知ってた。あなたが人間じゃないって。私、霊感強くてさ。それで昔からよく視えていたんだ。セレナのもはっきり……」


「そっか……」


 私はセレスティアの姿に戻ると、シオリは驚く事なく堂々と私を見ていた。

 私も真っ直ぐシオリを見ると、お互いに笑いが出た。


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