第70話


「セレナ?」


「ミヤ……驚かさないでよ」


「なぜこんなところにおるのじゃ?」


「ちょっと調査に」


「ふむ……ではこっちへ来い」


 ミヤに連れられて天界へ向かう。

 極東の天界は少し違って、向こうより簡素な作りだった。私はまたお上りさんのようにキョロキョロ辺りを見ているとヤコがこちらに向かって手を振っていた。


「セレスティア殿」


「なんじゃ、ヤコと知り合いか?」


「こっちに来た時に世話になってね」


「まあ、座って話をしよう」


 ミヤは椅子に腰掛けると、私も近くの椅子に座わり、姿をセレスティアに戻した。


「何かあったのか?」

「極東から来るシノビについて……何か知ってることない?」


「大陸の国に雇われることが増えているようじゃな」


「そう。それで洗脳を受けてるみたいでかなり汚い仕事もしているらしいの。それで、洗脳魔法について何か知らないかなって」


「洗脳か……それは厄介じゃな」


 ミヤはそう言うと脚を組んだ。。


「しかし妾が知っとるシノビは、忠誠心の塊のような者たちで、主人の為なら汚れ仕事も平気で行うものと認識しておりますが」


「本人に聞いたらそれはそうなんだけど、より従順にするために洗脳を使っているらしいのよ。それでうちの魔法学校の生徒とかも襲われたりして……」


「セレスティアは文句を言いに来たのじゃな」


「まあ、そうなるかな」


 私はそう言うと「なんてね。文句ってほどじゃないけど、事実確認をしたくて」と言った。


「トウアに怪しげな魔法師がいた記憶がありますが」


「其奴かもな。性格の悪い魔法を編み出すような奴なのか?」


「いえ……妾も噂を耳にしたまでです。確かなことは分かりかねます」


 ヤコがそう言うとミヤは溜息を吐いた。

 脚を組み直したミヤは私の方を見て「それで、セレスティアはどうするのじゃ?」と訊ねて来た。


「どうもしない……かな。そこを潰しに行くと過干渉になるから流石にそこまではしない。でも、場合によっては神の力を封印してでも潰しに行くかもね」


「場合によっては……か。神の力を封印すればお咎めなしというのは、お前がセレーナの頃に実証されておるからなぁ。問題はなかろう」


 私は二人に礼を言ってその場を去ろうとすると「待てセレスティア。手を出せ」とミヤは言った。

 私はそれに従い手を差し出すと、ミヤは手を重ね目を閉じた。


「よし……これでこちらとの縁が結ばれた。こっちの天界にも簡単に来られるようになるぞ」


「そんなのがあるの?」


「そりゃそうじゃろう。じゃったら、なぜお前は直接ここに来なかったのじゃ? わしに会いに来たのじゃったら、こっちに来る方が早かろうに」


「確かに……」


 私は頷くとミヤの顔をじっと見た。


「なんじゃ?」


「いや……ちゃんとこっちでやってるんだって思って。よくエクセサリアに来るからさ、よっぽど退屈なのかなって……」


「退屈……じゃったよ。ヤコに会うまではな」


「へぇ……ヤコとは最近一緒にいるようになったの?」


「まあな……」


 ミヤはヤコを見ると、ヤコは少し照れてみせた。私はこれ以上の詮索は無粋だと判断し、踏み込むことをやめた。


「ねえ、シノビの里ってどこにあるかわかる?」


「……ハナのことか?」


「ええ。一応ご両親に挨拶を……あとカノンって子も預かっててその事情説明もしたいかな」


「ふむ……シノビの里はわしもよく遊びに行ったからの。ついて行こうではないか」


 そう言って私を連れてミヤは転移魔法を使いシノビの里へと降りた。


「ここは……エクセサリアと変わらないのね」


「そうじゃな。人里離れた場所に隠れ住む。誰もここを知らん」


 私は人影のない村を歩く。

 恐らく部外者が来たことで警戒しているのだろうか。ミヤは馴染みがあるかもしれないが、私は完全にそれだ。


「ここがハナの実家じゃな」


「ヨザクラ……確かにここね」


 私は扉をノックすると、中から恐る恐る引き戸を開けるハナの母親らしき人物が隙間から顔を覗かせた。


「ミヤ様……? それに……」


「久しぶりじゃなミチル」


「初めまして。西方で女神をやってますセレスティアと申します」


 私がそう言うと「セレスティア……伝説の女神様?」と彼女は言った。


「伝説?」


「ええ。こちらでは悪虐非道の父を殺したと言い伝えが……」


 強ち間違ってはいないが……そこまで伝説化するものか?


「ここでは何ですし、中へどうぞ」


「すまぬな、突然の来訪で」


 ミヤはそう言って中へと入っていった。

 私は背後から突き刺すような数多の視線に目をやり、中へと入っていった。


「粗茶ですが……」


 差し出されたお茶を一口飲むと、私は驚いた。


「ハナの入れたお茶と似てる?」


「ハナをご存知なのですか?」


「ええ、まあ……」


 私ははぐらかしたような返事をした。しかし、ミチルはハナから聞かされていたような厳しい母親のようには見えなかった。


「えっと、私がお伺いした理由を説明しますね。まず、事実確認ですが、ハナを人売りに売ったのは本当ですか?」


 ミチルは苦しい顔を浮かべると、ゆっくりと頷いた。


「色んな事情があっての事だと思います。私はそれを最大限に尊重することとしましょう。実は今、ハナは私の所にいます。ああ、天に召されたわけではないですよ。こちらで言う神子になったと言えばいいでしょうか……」


「あ、あの子が神子に? そんな……」


 ミチルは驚いたように口を開けたまま額に手をやった。

 

「まあ驚くのも無理ありません。こちらでは落ちこぼれだったと聞いていますが……」


「ええ……あの子は何をやらせても人よりできない子だったんです。私はそれでもいいと思っていたので家事全般くらいはできるようにと……。ですが、夫はシノビとしてしか人を見ないのでハナを家畜扱いして……」


「大体のことは察します。それでハナを助けるようなことをすれば、あなたに矛先が向く。だから家族ぐるみでハナを虐るしかなかった」


「はい……。なので人売りの話が入って来た時に、ハナを救うにはこれしかないと思い……」


「なるほど。ある意味正解だったかもですね。ハナは売られて大陸に来た後、エクセサリアに当時いた闇商売にさらに売られました。こちらでは黒髪の少女は珍しいですからね。ですが、その闇商売をしていた人物と組織は国によって潰されてしまい、ハナは孤児院で暮らしていました」


 私はそこで区切り、お茶で一旦口を濡らした。一息ついて再び口を開こうとすると音を立てて扉が開き、夫であろう男性が私達を睨みつけた。


「ミヤ様……」


「よう久しぶりじゃな、カゲ」


「ええ、これは一体何用で?」


「あなたが……」


 私はドスの効いた低音でそう声を発すると、男を睨みつけた。

 それに臆したように身を固めた男は、ミチルの横に座り緊張の面立ちで目を伏せた。


「奥様から説明しますか?」


 そうミチルに訊ねると、何も言わず夫と同じように目を伏せた。


「それでは私から。私は今、ハナを預かっているものです。丁度、ヒノモトに来る用事があったのでご挨拶にと思って……」


「ハ、ハナ……ですか?」


「ええ。奥様にも先ほど話しましたが、今は神子をやっています」


「ハナが神子を!?」


 カゲはそう言うと、ミチルと同じように驚いていた。


「で、俺たちに何を……?」


「ただのご挨拶ですよ。そもそも、売ったからすでに自分達の物ではないでしょう?」


「し、しかし、神子ってことは……」


 カゲは何かを察したようだ。恐らく、神子について知っていることがあり、それをハナに照らし合わせているのだろう。


「恐らく、旦那さんはわかっていると思いますけど、ハナはあなた達と同じ人間ではなくなりました」


「そ、そんな……」


 ミチルはそれを聞いて卒倒しそうになったが、カゲがそれを支えた。


「神子は神の使い。神のしもべとして働く者です。その体も神に近しいものへとなり、人間ではなくなります。もちろん寿命も神々と同じようになります」


「そ、それをハナは受け入れたと?」


「そうですね。そもそも私が下界で暮らすのに側使いが欲しくて、それで雇い入れたんですけど、素質があったみたいで無意識下でなってしまったんです。事後承諾のような形になってしまったんですけどね」


 私はそう言うと、少し顔を強張らせたミチルに気がついた。

 お茶を一口飲んでからまた話始めようとすると、先にミチルが口を開いた。

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