第69話

 よくよく思い出すと、この国の通貨を持っていない……。私はそれを思い出したが、寒い季節でよかったと思いながら歩いていた。

 車なのか、馬が引いていないのに自走する車が行き交う中、煌々と照らす街灯のお陰で夜も暗くない。


「これは……」


 私はヒノモトという国を勘違いしていた。ハナとカノンが違和感なくエクセサリアで生活をできていたので、生活レベルは同じものだと思っていたが、これは……。


「どうやって立てたんだ、この建物」


 何階建かも数えきれない高層の建物に圧倒されつつ、大きな街であるオオサカに着いた。


「すごい……人の数もそうだけど……」


 私はとにかく道を訊いたり、看板を見たりしてなんとかオオサカの中心街のソネザキに辿り着いた。


「ノダハンシン?」

 

 私はずっと番号の振られた道を歩いていたが、①から②にそれは変わった。

 ただ、ずっと珍しいものを見続けている為か、疲れはなかった。


「少し冷えてきたなぁ」


 そう言って偶々目に入った服屋の店頭に飾られていたサンプルを真似て見た。


「あったかいな」


 だが、歩き続けていると暑くなってきたので上着を一枚脱いだ。


「ここがノダハンシンか」


 看板に【野田阪神】と書かれており、そこには何やら動く何かが走っていた。


「何あれ……」


 私は不思議そうにそれを見ていた。

 そのまま歩いていると違う自治体に入ったらしい。


「ふう……」


 公園のベンチで休憩していると、若い男が声を掛けてきたが、如何にもな求愛だったので断った。


「さてそろそろ……」


「あ、あの、お姉さん一人ですか?」


「はい……そうですけど」


 女性が私に声を掛けてくると、私はそう答えた。


「何処かへ行くとかですか?」


「まあそうですね。ヒロシマに向かうところです」


「……まさか、歩いてとか言うんじゃないですよね」


「そうですよ」


 私がそう言うと彼女は驚いたが「自分も人の事は言えないですけど」と照れていた。


「実は私、ハイウェイ使わずにヒロシマに行こうとしていて……」


「ハイウェイ?」


「はい。普通の道より速度を出していいんです」


「へぇ……すみません、西のエクセサリアから来たもので、こちらのものはからっきしで」


「エクセサリア? もしかして異世界人とかですか?」


 私は彼女の言葉に否定もできなかった。だって下界とは違う天界の者だからだ。


「異世界ではないんだけど……大陸の西の端かな?」


「あーなるほど。昔習いました!」


 彼女はそう言うと「一緒に行きますか?」と誘ってくれた。


「このまま行っても自動車専用道とかがあったりするから……」


「なるほど……ではお言葉に甘えます」


 私は変装を解き、セレナの姿になると「私はセレナと言います。あなたは?」と訊ねた。


「私はシオリです。アイザワ・シオリって言います。よろしくねセレナさん」


「こちらこそ。シオリさん」


 彼女の車に乗り込むと、何やら体を縛り付けなければならないらしく、そのベルトを締めると胸が窮屈だった。


「エクセサリアって自動車無いんですか?」


「この乗り物って、自動車って言うんですか?」


「はい。動力に魔石が使われていてそこに魔力を注ぎ込んで動かすんです」


「へぇ。ヒノモトの魔術ならではですね」


「そういえば大陸西側とこっちって魔法の使い方が違うって聞いたことがあります」


 シオリはそう言うと車を走らせて馬の手綱代わりのハンドルを握った。


「ヒノモトは魔石の産出量がすごいんです。それで色んな物に魔石を使って発展してきました」


 魔石は魔法を書き込める鉱石で、そこに刻まれた魔法を連続して発動する。

 こう言った動力に使うとすればそこの起動に魔力を必要とするだけだ。


「それで……セレナさんはなんでヒロシマへ?」


「えっと……イツクシマに行きたくて……」


「渋いですね。私は修学旅行で行った以来です」


「シュウガクリョコウ?」


「ああ、こっちの学校では最終学年時に行くんですよ」


 西側では学校の整備もまだ発展途上だ。

 ヒノモトはそれほど発展を遂げているということなのだろうかと、私は感心した。

 車はあっという間にコウベを越えるとオカヤマという文字が出てきた。


「この辺で休憩にしましょうか」


「すごいですね。夜なのにずっと明るい……」


 私がそう言うと「典型的なお上りさんですね」とシオリは笑った。

 食事処でうどんを奢ってもらい慣れない箸を使って食べていると「フォークの方がいいですか?」と持って来てくれた。


「いや、これで大丈夫です」


「そう?」


 コツを掴んで来たので難なく食べ始められた。

 テレビという映像が映る魔道具に映るものが珍しかったので、じっと見ていると「そろそろ車に戻ろうか」と私は名残惜しくその場を去った。


「喉渇いてない?」


「大丈夫です」


「そう?」


 さっきと似たやり取りをしてからシオリは車を走らせると、少し嬉しそうに「やっぱりこう言うのは誰かと一緒の方がいいんだろうね」と言い、車を停めて信号待ちをした。


「一人の予定だったんですか?」


「ええ。思い出にって思ってホッカイドウから始めて、カゴシマを目指してるの」


「思い出……」


 シオリは少し目線を下げてから青信号を見て車を再び動かした。

 流れる車窓を眺めていると「あ、鹿だ」と山間の道でシオリは声を上げた。


「可愛いねぇ」


「そうですね」


「……あのもしかして、退屈? 私の話面白くない?」


「違います!その……どこまで踏み込んでいいんだろうかと思って……」


「まあ初対面ですし……そうだ、もっと馴れ馴れしく話しましょ!」


「わ、わかった」


「で、セレナは今いくつ?」


「えっと……」


 私は困った。実年齢は十七歳だろうけど、見た目は二十五歳程だろうか。

 というか、本来は何千歳だが……。


「二十五だよ。シオリは?」


「私は二十三。私の方が年下だね」


 それからの車内は楽しい時間が流れた。

 時間は経過したが体感はあっという間にヒロシマに入ると「ここからが長いよ。ヒロシマは横に長いからね。イツクシマは反対側だから結構かかるよ」とシオリは言ってニヒルな笑いを見せた。


「でも、観光って感じじゃないけど、何のようなの?」


「人探し……というか」


「そっか……」


「シオリの思い出作りについて聞いていい?」


「いいけど……重いよ?」


 シオリはそう言うと身の上話を始めた。

 幼馴染と結婚の約束までしたが今年になって振ったこと、そしてその理由も……。


「私、余命宣告を受けたの。あと一年って言われてね。それで、やりたい事をしようと思って、もっと色んな所が見たいなって思ってこうして車で回ってるの」


「ごめんなさい。そんなところに見ず知らずの私が一緒で……」


「いいのよ。私が生きてたって証を少しでも残しておきたいから……」


 シオリはそう言うと、ギュッとハンドルを握った。

 そしてイツクシマへ向かう船着場に着いた頃、シオリは「ちょっと寝てからまた走り出すよ」と手を振って見送ってくれた。

 シオリから「これも何かの縁だし私が持っててもだから」と貰ったチケット代でイツクシマへと渡った。


「ここが……凄いなぁ」


 古い作りの木造の建物を見上げながら私は奥へと歩いていく。

 ヤコの社にも似た場所を見つけてそこを覗き込むと近くにいた係員に怒られた。


「夜の方がいいかな?」


 私はそう言うと、しばらく辺りを散策をして時間を潰そうかとも考えたが、ミヤがいるのならば気配を察知してもいい気がするが……。

 社がいくつもあり、それぞれを遠くから覗き込んでいると「何をしておる!」と背後から言われて私は飛び上がって謝った。


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