13.ヒノモト観光をするセレスさん
第68話
「どうなってるんだ? カノンの兄貴までがって……」
シャノンがそう言うと、気まずそうに俯いているカノンは口を開く。
「ヒノモトではシノビの需要は下がる一方で、外へ稼ぎに行かないといけなくなったんだ。それで私や兄様のような若くて優秀なシノビは高額な契約金のために国を出たんだ……」
が、結果はカノンやその兄は洗脳魔法で命令のままに動く人形となったわけだ。
「自分が何をしていたか……記憶がそのままあるというのも気味が悪いものだ。価値観や思想、それら全てをすり替えられて、術者に従いたいという欲求を抑えられなくなる……。思い出したくはない感覚だ」
カノンは身震いを起こすと、ハナがそっとカノンを抱き締めた。
その話を聞いたシャノンは、その悍ましさに表情を歪めていた。
「エクセサリアを弱体化したい理由がわからねぇな……他国から見ても魔法師の数もそう多い訳じゃねぇし……」
「貿易港じゃないかしら。オベリアは大陸西部の玄関口だからね」
「だけどそれだけか? なら内側からちょっかい出す必要なくねぇか?」
確かにそうだ。私は椅子に腰掛け脚を組んで思案した。
だが思い付かない。そこまでする必要がない。連邦ないしは帝国が攻め入るなら物量で押せばあっという間に制圧できるだろう。
「エクセサリアをそう簡単に攻められず、魔法師を減らしたいというのは……意味がわからないな」
「逆に不気味な気がするな。主人の言う通りそうまでする理由がない。だからこそ不気味だ。何か裏がある……というのは訝しみすぎかもしれんが、そうとしか思えん」
ルティスはそう言うと、私の隣に座る。私の肩に頭を乗せると、目を閉じてそのまま眠ってしまった。
「どうしたんだルティス」
「きっと疲れていたのね。まあ、色々あったからね」
私はそっとルティスの頭を撫でると、嬉しそうに喉を鳴らした。
「因みに、カノンを雇ったのは帝国?」
「というか、帝国の同盟国のトウアという国だ」
昔に地図で見た記憶がある。大陸の東の端にある国だ。どういう国かは情報はないが……そちらの方面に詳しいミヤに聞けば何かわかるだろう。
「極東ではトウアは魔術が盛んな国と認識されている。あの洗脳もそれだ……」
「そっか……ちょっとミヤと話に行くかぁ」
私はそう言うと、立ち上がったがルティスは眠ったまま倒れそうになったので、彼女を抱き抱えてベッドへと運んだ。
「どちらへ?」
「ヒノモトに行ってくる」
私はそう言うと、転移魔法を使った。
「え?」
私は驚いた。
何も知らないヒノモト。ここがそうなのかと思いつつ、私は見上げた背の高い建物を見ていた。
なんだあの板は……人々はそれを見ながら歩いている……。
「この国は一体……」
そうだと思い出し、ミヤが祀られているという場所を目指そうとした……が、まずとりあえずヒノモトに飛んで来たが、ここがヒノモトの何処かがわからなかった。
せめてハナを連れて来ればよかったかなと、私は物陰に隠れ、周囲の人間に紛れるために容姿と服装を変えた。
癖のない黒髪と白いブラウスと暗いグレーのスカート、それにセットアップのジャケットを羽織って目の前で待ち合わせをしているであろう成人女性の服装を真似た。
「さて……」
慣れないヒールの高い靴に足を取られそうになりながら、私は歩き出した。
言語はなんとかなる。そのお陰でそこらにある案内板のおかげで地名がわかった。
そして近くに神の力を感じられる施設があるようで、私は導かれるようにそこへと踏み入った。
「お主……何者じゃ?」
「え、ええっと……」
私は突然背後から話し掛けられて驚いて振り返った。
背後に立つ、白髪で赤いアイシャドウの入ったまるで白い何かの動物のような者に、少し見惚れた後に少し距離を取った。
「警戒しなくても良い。妾も同じ神じゃよ。じゃがその雰囲気、こちらの神ではなかろう」
「あ、ええっと……西の方の神というか……」
「変装を解いてはどうだ? 神同士じゃし、今はここに誰も来んよ」
「わかり……ました」
私は元の姿に戻ると、彼女は驚いたように私を見て社に案内してくれた。
建物の中はどこか厳かで、しんと静寂に包まれ、天界のような雰囲気だった。
「妾はヤコ。こちらの文字では夜に狐と書いてヤコじゃ」
「えっと……セレスティアです」
「ほう。あの女神か」
なぜ知っているんだ、と私が思っているとヤコは笑みを浮かべて私を見た。
「お主は西のと申したが、セレスティアは地域など関係なかろうに……」
「いつの間にそんな大きくなって……」
「そもそも転移魔法は加護のある地域にしか飛んじゃろう?」
だったらミヤは……と思いながら私はヤコが淹れてくれたお茶を受け取った。
「セレスティア。下界ではセレナ、またはセレーナと名乗っている女神。イタズラに下界に介入し、人々を嘲笑う……」
「嘲笑うって……それにイタズラだなんて、そんなことは」
「妾のように社から見守る出なく、人に紛れ交流し続けている。それが神としてはイタズラではないか」
ヤコはそう言うと、その鋭い眼光で私のことを突き刺した。
私は動じずに真っ直ぐヤコを見返していた。
「妾とはスタンスが違う。神も居ればいるだけ考え方が違うものよ。まるで人の子のようにな」
「そうですね。私もその意見には同意します」
「お主がヒノモトに来た理由も何となく察しておる。大陸は変わらず醜い争いを続けておる。それについて何か調べ事で来たのじゃろう?」
「ええ、まあ」
私は返事をしてお茶を一口飲む。ヤコは不敵な笑みを浮かべながら同じように茶碗を指先で抱えて口元へ運んだ。
「とまあ、妾が威張るのはここまでじゃな。セレスティア様」
「いやそんな……私はそこまで偉くないので……」
「妾の位が低いだけじゃ。ほれ、この通り……」
ヤコが見せてくれたのは衣服の中に忍ばせていた白いモフモフ。そう、尻尾だ。
天界の人間でも神と呼ばれる位の者はそのままの姿で下界へ降りることができるが、神の一つ手前の位は半分人間の姿になる。
「つまりあなたは……」
「神に成り損ねた神、という訳じゃ」
ヤコは私に首を垂れる。
「先程の無礼をお詫び申し上げる」
「気にしてませんよ!」
ヤコは頭を上げると、私の体を見渡した。
「ど、どうかしましたか?」
「いや、お噂だけしか聞いたことがございませんでしたので、よもやここまで美しい方だとは……」
さっきと態度が豹変して私は調子を崩した。
ヤコは私の方をそのままじっと見つめているが、私はその目を逸らせないかと必死になった。
「そうです。こちらを……」
「これは……?」
「稲荷というものです。出汁を含ませた薄く切って油で揚げた豆腐で甘酢であえた米を包んだものです」
「ほう……これがヒノモト料理か……」
私は一つ、それ口へと運ぶとジュワッと出汁が染み出してお酢が仄かに効いた米を包み込む。
その旨味と豆腐の甘みが絶品すぎて、差し出された三つの稲荷を一気に平げた。
「美味しいですね、これ」
「もうずっとずっと昔のことですが、偶々これを献上された時、同じように美味い美味いと食べていると、いつのまにか、妾の好物だとして毎日献上されるようになりました」
「それは嬉しいような……」
「流石に飽きますよ」
ヤコはそう言うと、自分もと一つ口へと運び頬を緩めていた。
「で、何やら迷われていたようですが……」
「ミヤに会いに来たのだけれど、こっちにいるとだけ聞いてて、詳しく何処にいるのか知らないのよ」
「ミヤ様ですか……でしたらイツクシマですね。ここから西に向かったところです」
「ありがとうヤコ」
私はヤコの手を取り礼を言うと、赤面したヤコが「い、いえ!そんな、礼を言われるようなことは……」と慌てていた。
「一応アドバイス貰いたいのだけど、さっきの変装どうだった?」
「大変良かったと思いますよ。それに言われてみればミヤ様と少し似ているというか、面影があるような……」
「そりゃ、親子だからね」
そう言って私はヤコの社を出て再び変装をし街へと繰り出した。
それにしても、なんでこんな高くて四角い建物ばかり……一般庶民と見られる者も、立派な屋敷に住んでいる……。
ヒノモトという国がどういう国なのか、見定める必要があると思い、私は飛んで行かず歩いてイツクシマを目指したのだった。
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