第67話


「ルティス? 久しぶりですね」


「セシル様、只今戻りました」


「その様子では魔力切れですか?」


 セシルはいつものように淡々とルティスと会話をしていた。

 ルティスはそもそもの主人に対して最敬礼の状態だった。


「ではこちらへ」


「あのセシル。もしかしたら私との契りの関係もあるから……」


「もちろん、姉上もこちらへ」


 セシルの後を歩くと、だだっ広い草原へと出た。そして、ルティスは本来のドラゴンの姿に戻ると、セシルと口づけを交わした。

 光に包まれ目に見えてセシルからルティスに対して魔力が注ぎ込まれているのがわかる。

 それを終えると、何か違和感を覚えたのかセシルは不満気な面立ちで私の方へ向かってきた。


「姉上」


「どうしたの?」


 私は油断をしていたのか、セシルがここまで間合いを詰めていたことに気付かず、セシルは私の腰を抱き寄せキスをしてきた。


「……っ!な、何をするのよ!」


 私は全力で平手打ちをすると、セシルは向こうの山まで吹き飛んでいった。

 唇を袖で拭うと、そばにあった清水で口を濯いだ。


「そこまで力を込めなくても……」


「いきなりキスをする馬鹿には足りないくらいだと思うけど?」


「では、説明をしていればしてくれましたか? キスを」


「しないわね。他の解決策を探すわ」


 セシルは「ほら」と言わんばかりの笑みを浮かべると、私はルティスの元へ行き、セシルと同じように口付けをした。


「……この前キスしたけど、その時は魔力が入らなかったのはそのせいか」


「ええ、供給する権利を姉上が持っていなかったからです」


「あ、私ぐらいになると、口付けはいらないんだけどね。時間は掛かるけど」


 私がそう言うと「では、僕をずっと抱きしめておきますか?」とセシルは訊ねて来たのでもう一発殴ってやろうと私は拳を鳴らした。


「冗談です。口付けの方が手っ取り早いのは知ってるでしょう?」


「下界に染まってるわね、私は。下界では口付けという行為はとっておきなのよ?」


「仕方ないじゃないですか。儀式として必要なのですから」


 セシルはそう言うと「でも僕は、姉上との口付けは嫌じゃなかったですよ?」と微笑みながら言ったのでルティスにさっさと人間の姿になれと急かした。


「早く帰るよ!」


「わ、わかった」


 下界に戻り、屋敷に帰ると誰もいなかった。

 急いでシャノンの家に向かうと、ハナとカノンがヒノモト料理を準備していた。


「ショウユさえあれば……」


 そう言いながら苦悩しているカノンを「仕方ないよ」とハナは言いながら、結局はこっちの味付けにシャノンが変えていた。


「ショウユってどんなの?」


「簡単に言えば穀物を発酵させて、それで出来る液体のことです。豆などを蒸して、そこに塩と特別な菌を着けて発酵させるんですよ。大体早くて一年ほどかき混ぜながら熟成させて最後にそれを搾り取ればショウユの完成です」


「へぇ。カノン詳しいね」


「はい……父がショウユへの拘りが凄い人だったので……わざわざ作ってる所にまで見学に行きました」


「私も行きましたよ」


 ハナもそう言うと、私はどうにか仕入れられないかと、思案した。


「今度港町へ行ってみるか……」


「港町ですか?」


「確かに、あそこならあるかもはしれねーが、極東と貿易してるなんて聞いたことがねぇよ?」


 シャノンはそう言うと、皿をテーブルの真ん中に置き、人数分のナイフとフォークを用意するとルティスの胃袋が嘶き始めた。


「こ、これは……」


「魔力注入されてお腹空いちゃったか」


「む、むう……」


 照れるルティスの頭を撫でると「あ、主人と触れ合うだけで魔力を得られるようになったのだな」と私の手を見てルティスは言った。


「本当だね。こんなことでも……」


「主人はそもそも特殊なのかもしれないな」


「かもね」


 私はそう言って目の前に置かれたサラダをカノンの前に置いた。


「ちゃんと食え。野菜は大事だぞ」


「えーだって、神様には栄養は必要ないもん」


「え、そうなのか?」


「ええ……言ってなかったけ? 私達神が食事をする理由は味を楽しむためよ。もちろん、お腹には溜まるけどね。ただ、例外はあって、都合がいいけど下界の人間の姿になっている時は、郷に入れば郷に従えの如く、食事を取らないと体が動かなくなるのよ」


 私はそう言うと視線をルティスに向けた。


「私は生物だからな。ちゃんと食べないと餓死する。が、神である主人はそうなっても肉体が再生してしまうんだ」


「そう。だから、神殺しの力を使わない限り、私は死なないのよ。下界での姿は保てなくなるけどね」


 私は少し寂しそうに言うと、シャノンは俯いた。


「じゃあ、アタシらが年取って死んだら、セレナは一人取り残されるんだな……」


「前から言ってたと思うけどな……。だから神様は下界に降りて人間と触れ合おうとしないのよ。森の奥でひっそり暮らしてるエルフも同じ理由ね」


 そう言うと、寂しそうなシャノンをハナが慰めていた。


「待てよ。ここにいる全員そうじゃねーか!」


「確かにそうです!セレスティア様、私達はどうなるですか?」


「ハナとカノンも同じよ。ただ、自己再生能力がないから餓死してしまうのはルティスと同じよ」


「そうなのですね……」


 哀れむようにシャノンを見るハナ。シャノンは少しムカついたように溜息を吐いた。


「じゃあ、これはおままごと見たなものか?」


「そんなわけないじゃない。私はシャノンと過ごす時間が好きだし、他のみんなもそう。私が記憶を封じてた時からの付き合いじゃない」


「思えば不思議な出会いだったよな。アタシら」


「確かに。私を囮にしてさっさと逃げた割には戻ってきたし……」


 私は少し違和感を感じた。すでにあの頃の記憶が白んで霞んでいる。

 いくら神様でも全てを事細かく記憶しているものではない。

 そう思いながら私はサラダの葉っぱを口に放り込んだ。


「ドレッシング、美味しい」


「アタシ特製だ。美味いだろ?」


「うん」


 私は少し考え込んだ。どうにかシャノンを天界に連れて行けないかと。ルカとシャノンが入れば食べる物は全て美味いに決まっている。

 

「どうにかならないかな」


「何をだ?」


「ああ、シャノンに天使の素養があれば……」


「悪かったな、無くて」


 シャノンは不貞腐れ多様にそう言うと、野菜のトマト煮を突っついた。


「我ながら上手く軌道修正できたな」


「本来はもっと……醤油と出汁の旨味で……」


 カノンはそう言うと、私はヒノモトに行ってみたくなった。

 どうにか口実はないかと色々考えていると、シャノンは「食事中に悩み事は無しだ!」と一喝してきた。


「確かにね」と返事をして私は食事を続けたのだった。

 食後、今度の休みに港町へ行こうという計画を立てた。

 そこの市場には舶来品が多数並んでいると噂を聞いたことがあるし、ハナとカノンに馴染みのあるものがあるかもしれない。


「それじゃあ、おやすみ」


 そう言って私達はシャノンの家を出た。


「何者だ!」


 カノンはそう声を上げると、睨みつけた方角に向かってナイフを投げた。

 キィィンという金属音とともに、カランと音を立ててナイフは地面へ落ちた。


「まさか気付かれるとは……」


「まさか……」


 カノンは輩の声を聞き反応を示していた。


「兄様……なのか?」


「待ちなさいカノン。彼もあなたと同じく洗脳を受けているわ」


 私はそう言うと、彼の洗脳を解こうとしたがその瞬間煙幕により逃げられてしまった。


「まさか兄様までが……おのれ……」


「落ち着きなさいカノン。シャノンが狙いならまた来るはずだわ。ただ今夜は念の為シャノン達はうちで泊まってもらいましょう」


 騒ぎを聞きつけたルティスとシャノンに事情を説明し、私達は二人を連れて屋敷へと帰った。

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