第61話
天界に戻ると、私はふらつきながらセシルのところへ向かった。
「姉上……」
「どうせ見ていたんでしょ?」
「はい……あの娘にあれほどの力があるとは……」
セシルはそう言うと、私を抱えてベッドに寝かせた。
「幸い、魂に擦り傷を負った程度ですね。しかし、あの短時間で姉上に対抗する手段を見出すとは……彼女は戦いのスペシャリストになれそうですね」
「私としては嬉しいけど、神殺しの力をあそこで使うのは反則よ……」
私はふかふかの枕に頭を埋めながらそう言うと、セシルは回復薬を持ってきてくれた。
「世界樹の雫か……久しぶりに飲むなぁ。父上を殺しに行った後以来かな。これ、苦いから苦手なのよね」
「そんなこと言っていないで、お飲みください」
小瓶一本分を飲み干すと、スッと体が軽くなり力も元に戻った。
「しかし、あの状況でよくこちらに戻ってられましたね」
「緊急脱出は緊急時に役立たないとね。向こうにいたままなら死んでただろうけど、こちらにくれば多少はマシになるから」
私はベッドから立ち上がると、下界に転移した。
模擬戦場では泣き叫ぶハナが私の姿を見ると、地面に額を擦り付けながら謝罪し続けた。
「大丈夫だから、ほら。もうピンピンしてるでしょ?」
「ですが……ですがっ!」
「いいのよ。あそこまで焚き付けたのは私だし、その力が使えるようになっただけでも収穫だわ。授業料としては世界樹の雫一本分に相応しいわよ」
ハナを立たせると、私はセレーナの姿に戻り、その場にいる全員の顔を見渡した。
「じゃあ、そんなハナとやり合いたいそうなルティス。前に出てきて」
「あ、主人……その……」
「何?」
「私では到底敵わない。さっきの戦いを見て思った。もし、私の力が上回っていようと、ハナは戦っているうちにそれを凌駕してしまう」
「私は超えられたつもりはないけどね。実際、私は攻撃していないもの」
ルティスはハナに頭を下げた。するとハナもそれを受け入れてルティスを許した。
「アタシは納得してねーからな」
「はぁ……じゃあシャノンとハナでもう一戦する?」
「上等だ。但し、使える魔法は身体強化系だけだ。あとは拳で殴り合い、でどうだ?」
「ハナは構わないかしら?」
私がそう訊ねると、ハナは当たり前のように頷き、拳を鳴らして見せた。
「ハナ、殺さない程度にしなさいね」
「わかっています。さっきは相手がセレスティア様だったから全力で戦っていただけですから」
ハナはそう言って中央付近まで歩いて行った。
「それじゃあ、始めっ!」
掛け声とともに両者自分の体に身体強化を掛けた。
そしてシャノンの目で追えないくらいの攻撃を、ハナはさっきの私のようにかわしていた。
「まるで、さっきのあなたを真似ているような……」
「そうね。ハナは他人の技を盗むのも得意なのかも」
隣に立ったアイリスにそう言うと、後ろからエリンが「ああ、だから飛行魔法もあっという間に修得できたのか」と頷いていた。
徐々にシャノンの手数が減っていき、ハナは笑みを浮かべながら攻撃を避け続ける。
周りの人間も見ていて勝敗は決したように見えていた。へばったシャノンにハナが一撃を加えればそれで終わりだ。
「そこまでよ」
「ま、まだだ……まだ……」
「無理でしょシャノン。そのまま防御もできずにハナの攻撃をまともに受けるつもり?」
「ありがとうございました。凄かったですシャノンさんの攻撃の早さ。三回くらい危なかったです」
その言葉を聞いたシャノンはその場に倒れ込んだ。慌ててルティスが駆け寄ると、シャノンの肩を担いでベンチへと連れて行った。
「思ったのですが、ルティスとシャノンはどういう関係なのでしょう?」
「さあ……ルティスに情が芽生えて私の元からシャノンのところに行った、と言うのが正しいかもわからないわ」
「しかし……何故シャノンは怒っていたのでしょう?」
「まあ単純に、構って欲しかったんじゃない。私が隠居生活しててさらに新しく側に置く人を雇って、構ってもらえなくなるからって」
「そんな単純でしょうか?」
首を傾げるアイリスは、模擬戦場を出て教室へ戻って行った。
「ハナも戻りましょう」
「はい」
成長したとは言え、私より背は低いハナが隣を歩いていると、授業を終えたフィリスがそれを見て嫉妬してしまった。
「セレーナ様のお姿の時は私が第一位の側近ですから」
「なんでムキになるのよ」
「それに、私は側近じゃなくて部下にあたると思うんですが……」
「そうね、確かに」
呆れながら腕に組みついて来るフィリスの頭を撫でて歩いていると、甘える生徒会長の姿に校内はざわついていた。
「フィリス、そろそろ離れてくれない?」
私の一言で絶望でもしたかのような表情を見せたフィリスを見て、ハナは笑っていた。
「ハナさん、何を笑っているんですか?」
「いえ……飼い主にへばり付くワンちゃんみたいだなって」
「確かに、フィリスを天界に連れて行ったら犬になっちゃいそうね」
「そ、そんな理があるんですか?」
「下界の人間が天界に行ってもそうだし、天界の下級の人間が下界に来ても同じように動物になっちゃうのよ」
私はそう言うと、お手を命令するように手を差し出した。すると、フィリスはあっさりと手を伸ばし私の掌の上に乗せた。
「ほら、ね?」
「あ、つい……」
「うふふ、フィリス先輩可愛いですね」
ハナはそう笑うと、フィリスの頭を撫でた。それを見た全校生徒は恐れ慄いたが、ハナは普通に頭を撫で続けた。
「ハナさん? そろそろやめてくれませんか?」
「す、すみません!つい……」
「別に構いませんよ」
フィリスは生徒会室へ向かい、私とハナは教室へと戻った。
教室ではルティスとシャノンが待っており、私達を見るや否や頭を下げた。
「すまねぇ……色々ムキになっちまって……何というかその……」
「シャノンはなんの相談もなしで戻ってきたのが気に入らなかったんだ。だから……」
「なるほどね……」
私は空いている机に腰掛けると、頭を上げた二人が私達に歩み寄る。
「まあいいわ。別に気にしてないし」
私はぶっきらぼうにそう言うと、机から降りて教卓の前に立った。
「相談なしって言われても、ウォルターの命令でもあるからねぇ」
「ウォルター?」
シャノンはその名を聞き返す。丁度教室へ入ってきたアイリスが「私の父の名です」と答えると、ルティスと二人で驚いていた。
「なんで名前呼びなんだよ」
「そりゃ……一夜を共にしたからね……」
「ややこしい言い方はやめてください!あなたは私の所で泊まっただけでしょう!」
「いやいや、アイリスの知らないところで二人っきりの部屋で……ね」
「まじか……やることやってるんだな。セレナも」
シャノンがそう言うと、アイリスは変な想像をしたのか顔を真っ赤にしていた。
「ま、昔話をしてただけなんだけどね。セレーナとして生きていた時の事とか」
「それでセレーナとして戻る事になったのか……なんだ……アタシ、ルティスを取った事、怒ってんのかなって思ってたぜ……」
「それは……まあ、そうね。セシルとも話し合ってルティスの処遇は決めないとって話はしてる」
そう言うとルティスは青ざめて「ちゃんと帰るからどうにかならないか!?」と懇願してきた。
「冗談よ。一応セシルも好きにさせておけって」
「そうか……」
一応の仲直りというか、蟠りを解消し私達は帰路へ着いた。
私とハナはアイリスを城まで送っていくと、今日は屋敷で夕食を食べるか話し合った。
「今日はバーで食べるか」
「私、行ったことありません……お酒を飲むところですよね」
「そうよ。それにこの姿ならお酒も飲めるしね」
「ダメです!昨日すぐに酔っ払ってしまったじゃないですか!」
ハナにそう言われ、今日は酒を飲まないと決めバーへと向かうと、またいつもの二人と出会った。
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