第60話
「贔屓か……。それは誰が言い出したの?」
「実は……」
「セレスティア様。これは私が悪いんです。私がろくに魔法も使えないのに、セレスティア様のそばに居るから……」
「そばに居ることが問題なの? じゃあ誰がそう突っかかって来てるのか推測し易いわね」
私は悪い笑みを浮かべ、遠くにいるシャノン達を見た。
彼女はルティスと談笑しながら昼食を摂っている。それはいつもと変わらない光景だ。
「悪いことは言いません。大事にはしない方がいいですよ」
「アイリス……。大事になんてしないわ。ただ、わからせてあげるだけ。どうしてハナの体が急に成長したか。私もそうだったけどそれだけ神の力が増しているって事よ」
エリンはそれを聞いて少し納得した様子だった。昨日の飛行魔法の時に目の当たりにした、ハナの潜在能力を知っているからだと思う。
アイリスは席に座ると、持ってきたサンドイッチをひと齧りした。
何も持ってなかった私にそれを分け与えると、どこか嬉しそうだったがそれが何故か、私には知る由もなかった。
「セレナも凄かったし、やっぱりハナちゃんも凄いのね」
「そりゃ……私の力を分け与えてるからね」
私がそう言うとアイリスは少し考え込んだ後、言葉を発した。
「つまり……分け与える分量が増えればハナの力は増すことに?」
「まあそうだね。多分、昨日私に重なるように寝てたせいかもしれない。それで無意識の内に、力の供給がされたのかも」
「だから寝て起きたら体が成長していたんですね」
「ええ。それに神の力の許容量は無限大。天使はそれに限りなく近いくらいと言われているわ。力によって肉体も変化する。だからハナは成人になった時と同じくらいの力は有してることになるわね」
ハナは俯きながらフォークを皿に置いた。そしてグラスに入った水を一口飲むと溜息を吐いた。
「ルティスさんに言われました。『力だけあっても、使えなければ役立たずも同然だ』って。私、そう言われて初めてムカつきました。それが何故かがわからないですけど、負けたくないと思ったんです。それで……気がついたら色々言い返していて」
「偉いじゃないハナ。それは一つのあなたにとっての成長よ。あなたは自己肯定感がとてつもなく低い。自分の力、才能、そして努力。自分を一番認められるのは自分自身なんだからね」
「でも、ルティスさんに勝てるわけ……」
「私が勝たせてあげる」
私の謎の自信に満ちた言葉を素直に疑うハナは、私の耳打ちに只々頷くだけだった。
そもそも、天界での位の話をすればハナの方がルティスより上の立場になる。
その位というのも、大昔に力の差によって定められたものである性質上、力比べなら鼻の方が優れているはずである。
「午後の授業は模擬戦ね」
「本気で言っているんですか?」
エリンは訝しげに私に問うも、私は嘲笑でそれを一蹴した。
ハナは覚悟を決めたように自分に対して頷き、拳に力を込めていた。
「セレナとして、これをどう決着つけるつもりなんですか?」
「そりゃお互いの蟠りが解消されるのが一番よ。納得いく形でね。優劣をつけたがってるなら、そうしてあげるだけ」
「……以前とは少し性格も変わりましたわね、あなた」
「変わるということは成長よ。アイリスだって五歳の頃のままってわけはないでしょ? 体も、物事の考え方も」
「それは……当たり前です」
「そう。当たり前なのよ、変わるのって。背が伸びたり考え方が変わったりね。それを成長とも言うわ。色んなことを知るからこそ、意見が変わるだとか主張が変わるはずでしょ?」
「つまり、セレナの中の友情も変わりゆくということですか?」
アイリスは目を伏せながら私に問うた。私はそれに頷くわけでもなく、否定するわけでもなく、呆れたような表情を浮かべた。
昼食を終え、教室で午後は模擬戦をすると言い模擬戦場へ移動した。
「じゃあ適当に相手を選んで、決まったものから私に言いに来て。相手がいなかった場合、私とやることになるからね」
最後の一言を聞き、皆んなは必死に相手を探し始めた。そのあからさまさから、私は思わず笑いが出てしまった。
「私は決まりましたわ」
「アイリスは、エリンと?」
「はい。彼女の飛行魔法に対抗できるか、やってみたくて」
「王女相手というのは緊張しますね……」
「エリン、相手の位なんて関係ないんだからね」
アイリスとエリンが決まってから、続々とペアが組まれて行き、なんとなく予想通り、ハナは誰とも組めなかったので私とやることになった。
「まあ、こうなるよね」
「もしかして狙い通りですか?」
「まあ、少しは」
シャノンはルティスとペアを組んだが、その力の差を心配した。
一組ずつ順番に模擬戦を行っていく。次々と勝敗を決していき、ルティスの手加減具合が私には滑稽に見えた。
「じゃあ次は私とハナね」
「よろしくお願いします!」
「本気で来ていいからね」
「わかりました!」
ハナは早速構えると、飛行魔法の応用で地面を這うように駆けて突進してきた。
私はそれを受け流すと、次の攻撃もかわし、ハナは一度間合いを取った。
私が仕掛けることはせず、ハナの思うように戦ってあげた。
ハナの成長速度は人並み外れたものだ。そりゃ、人ではなくなったわけだが、それでも体の成長も含め、魔法の上達も早い。単純に使っていなかっただけで、使い始めると簡単に熟していく天才肌なのかもしれない。
「そんなものかしら、ハナ」
「はぁはぁ……どれだけ攻撃しても避けられるか弾き飛ばされる……どうすれば」
それでも向かってくるハナは、私への突破口を模索し続ける。
衝撃波や四属性魔法、強化系魔法に重力制御魔法。どれを放っても効果がない。
そうこうしている内に、技の精度が向上し続けているのに私は気付いていた。そしてそれを肌で感じ取りながら私は楽しくなっていた。ハナの成長をもっと見たい。もっともっと、これ以上のものを見続けたい。
それが、隙になってしまった……。
「そこです!」
「えっ……」
私の体を貫いた氷の刃を血が染めていく。
ハナはようやく攻撃が通じたことに喜んでいるが、私の意識は薄れていく。
——ハナに超えられたのか?
——私の油断のせいか?
油断も弱さだとすれば、そうなる。私の体から湧き出る赤い雫を、私は只々見つめている。
体の言うことが聞かない。魔法すら発動できない。そうか……神の力を持つものだけに許される神殺しの力のせいか……。
体を辛い抜いている氷の刃は、即席の神殺しの剣と言うわけか……。
模擬戦場は沈黙に包まれていた。赤く染まったハナの服が、まるで私が今来ている赤い服のようだった。
無邪気に喜ぶハナがようやくその事に気付いた時、人の姿を保てなくなった私は天界へと音も立てずに転移した。
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