第58話

「では早速……よければおんぶしましょうか?」


「いいじゃない。ハナ、一緒に行っておいで」


 私は鼻の背中を押すと、ハナは少し怯えた様子でエリンの背中に身を預けた。

 勢いよく飛び出したエリンはいつものようにコースを翔け抜けて行ったが、ハナは必死にエリンにしがみついているので精一杯だったようだ。


「ふ、ふえぇ……」


「ちょっとやり過ぎちゃいましたか?」


「大丈夫よ。ほらハナ!」


「は、はい!」


 次はハナ一人でコースを飛ばせて見せた。

 のっそりゆっくり、丁寧にコースを飛ぶ様子は、とても可愛らしく見ている皆んながうっとりしていた。


「わぁ!」


 ポールにぶつかりそうになり声を上げると、皆んなで心配そうに見ているのを私は少し面白くなって来てしまった。


「よし……慎重に……」


「ちょっとハナ、そんなにゆっくりだと何にもならないよ」


「で、でも……」


「まあ最初なんだし、いいんじゃないですか?」


「そうね……」


 エリンの言葉に頷くと、ハナはゆっくりコースを飛び抜けた。


「ふう……何となくコツは掴めた気がします。もう一度やってみます」


「今度は私も一緒に飛ぶわね」


 私はハナの隣を飛びながらアドバイスを幾つかすると、ハナは上手に飛べるようになった。


「そうそう。徐々に速度も上げていこうか」


「は、はい!」


 私が前に出ると、それに追いつこうとハナは速度を上げた。

 しかし、カーブで曲がりきれずコースアウトしてしまうと、慌てて戻って来た拍子に私にぶつかった。


「ハナ!」

 

 落ちそうになったハナを抱きかかえると、私はあることを思い付いた。


「ね、一回だけこのまま一緒に飛んでみる?」


「え?」


「ちゃんと目開けてなさいね」


「え、ちょっとセレナ様!?」

 

 全速力で飛ぶと、ハナは悲鳴を上げながら必死に私にしがみついていた。

 瞬く間にコースを何周もしてから着地すると、その速さにその場にいた人間は驚きのあまりあんぐりしていた。


「流石にここまでとは言わないけど、エリンに勝てるくらいにならないとね」


「んー、頑張ってみます」


 それからハナはずっと練習を続け、なんとエリンに負けないくらいの速さで飛べるようになっていた。


「一日で追いつかれるなんて……何者なの、ハナちゃんって」


「私の従者よ」


「つまり、神様の……だからって、この上達速度は半端じゃないわ」」


 エリンは汗を拭いながらそう言うと、涼しげに息を吐くハナを見ながら苦笑いを浮かべていた。


「おまけに無尽蔵の魔力って……」


「それを言えば私も同じだけど?」


「セレナはだって……昔からじゃん」


 エリンが名前で呼んでくれるのが少し嬉しかった。


「それにしても一日でここまでできるようになるなんてね。ハナちゃんすごいわね」


「そ、そんなことないです!エリンさんの教え方が上手だったから……」


「私は一緒に飛んでただけで、教えてたのはセレナでしょ?」


 ハナはしまったと言う顔をした後、エリンに頭を下げた。そうされたエリンも、困りながら頭を上げるようにハナに言った。


「極東では箒に乗るんだけど、やってみる?」


「やってみたいです!」


 食い付いたのはハナではなく、エリンだった。


「え、エリンが?」


「そう。昔から絵本で見てやってみたかったのよ」


 私は箒を探しに行こうとしたが、ハナがすっと手頃な箒を差し出してきた。


「さて……魔術はあんまり使った事ないから、上手くいくかな。やり方は簡単なんだけど、飛行魔法って対象が自分自身じゃない? それを箒に掛けてそれに乗るって感じかな」


「へぇ……つまり、魔法で石を投げるのと似てるのね」


 私は箒を浮かせてそこに座り、すっと飛び立って見せた。ふわっと浮かんだ私を見て、エリンは憧れの目をしていた。

 優雅に飛んで見せると歓声が上がり、皆んな周りにあるモップなどで真似をしていた。


「魔術が流行るのかな……だとしたら、私のせいかも」


「私はヒノモトでよく観てた光景なので慣れてます」


 訓練コースでレースが始まると、みんな熱中して日が暮れるまでやっていた。

 私は念の為、監督していたが特に怪我人も出ずに終わった。


「お腹空いたなぁ」


「帰って夕食にしましょう」


「おっと、待った」


 校門のところで私達を引き止めたのはシャノンとルティスだった。


「待ち伏せって……まだ何か?」


「主人、シャノンはそんなつもりは……」


「まあ、ルティス待て。その……アタシが怒ってるのは……なんだその……」


 シャノンは少し言葉を煙らすと、呆れたルティスが「なんの相談もなしに戻って来たことに怒っているらしい」と言った。


「まあ戻る話も流れで決まったというか……冗談半分で言ったらそのままね。そもそも、ハナに魔法を教えたかったから丁度よかったのよ」


「だったら、そう言えよ!」


「言う前に殴りかかって来たじゃない」


 私がそう言うとあわあわしたハナが間に入り「喧嘩はダメです!ミヤ様にも言われたでしょ!」と言い私を見た。


「また幼児化するのはごめんだわ」


 私はそう言うと、ハナの頭を撫でて笑った。

 

「すまねぇ。なんか……アタシは迷惑掛けっぱなしだな。ほんとダメだ」


「いいわよ。神様は迷惑掛けられるものだから。叶えられもしない願い事されたりね」


 シャノンを抱きしめると、突然のことで驚いた彼女は私の腕の中で暴れ始めた。

 それを押さえつけてシャノンを抱きしめ続けると、シャノンは力が抜けたように柔らかくなった。


「ちょっと……」


「主人!そのままではシャノンの自我が……」


 私はシャノンから離れると、虚ろな目をしたシャノンが倒れ込みそうになったところをルティスが支えた。


「んあ? アタシ……セレナに抱きしめられて……」


「ちょっと悪ふざけしてみた」


「やり過ぎだ」


 ルティスはそう言うと、シャノンの肩を抱きかかえた。

 シャノンは自分で立てるとルティスを拒むと、鞄を拾い上げてその場を去った。

 ルティスはそれを追うように走って行き、私とハナもそのまま屋敷に帰った。


「あの……」


「何?」


「いや……何かおこっていらっしゃるのかなと……」


「別に。怒ってないよ?」


「では、なぜシャノンさんにキツく当たってらっしゃったのでしょうか?」


「そんなつもりは……まあ、そう見えるか。そりゃね、あそこで引き下がっちゃうと私の尊厳が台無しじゃない」


 ハナは首を傾げながら「尊厳……」と呟き、ティーポットにお湯を注ぎ入れた。

 私は溜息を吐きながら窓の外を眺め、半分の月が見えることを確認して座っていた椅子から立ち上がった。


「そうだ。天界へ行かない?」


「よ、よいのですか? 私が……」


「もちろん。私の神殿の子達ににも紹介したいし」


「分かりました」


 ハナはティーポットで入れたお茶をピッチャーに移し替え、持続的な冷却魔法で一定の温度に保たれた保存庫にそれをしまった。

 ハナの手を取り、移動魔法で天界へ向かう。

 神殿前に着くと、慌ててルカとリカが神殿内から出てきた。


「おかえりなさいませ」


「ただいま……ってお昼ぶりじゃない」


「あ、あの……そちらがもしかしてハナ様ですか?」


「は、初めまして!ハナです!」


 ハナは礼をしながらそう言うと、二人はすぐに頭を上げるように言った。


「天使様はセレスティア様に次いで位が高いので、頭を下げられては困ります」


「ですが……お二人の方がここでは先輩に当たるのではないですか?」


「そうですけど……」


 困った様子のルカとリカに、私は「まあ年齢はハナの方が下なんだし、友達くらいの距離でいいんじゃない?」と、提案した。


「ですが……」


「そこまで畏まらなくてもいいって事。それに、下界では身の回りの世話はハナに任せてるんだから」


「わかりました。ただ、呼び方はハナ様で呼ばせていただきますね」


 ハナは少し照れながら頷くと「私が様を付けて呼ばれるのは、なんかくすぐったいです」ともじもじしていた。


「そうだ二人とも、食事ってできるかしら?」


「もちろん。ご用意できますよ」


 二人は早速準備に取り掛かり、私はハナを案内することにした。

 あらゆる部屋がある中、実際使ってるのは下界の屋敷とそう変わらない事を伝えると「無駄が多過ぎませんか?」と言ってきたので「威厳を保つためよ」と私はハナに返した。

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