第56話
クラスに馴染むには余りにも幼すぎたハナが萎縮していると、アイリスが面倒を見てくれた。
そして図書室から私の肖像画が載っている本を見つけてきた生徒は私を「本物だ」と言い、私はそれを揶揄っているのかと問い質した。
教員室へ戻る途中、階段で鉢合わせたこの姿で会うには最も面倒な人物。そう、フィリスことリディアだ。
「え……ほ、本物ですか?」
「会長? どうされたのですか」
隣にいたマージェリーは驚いてフィリスの顔を覗き込んでいた。
フィリスは膝をついて頭を下げると、涙しながら「またその姿を見ることができるとは……」と、私を見上げながら言った。
「セレナさん……ですよね?」
「違います。このお姿はセレーナ様です」
「まさかそんな、生きているはずは……そうか、そもそも神様だから死んでなかった?」
「マージェリー、流石ね。その通りよ」
私はマージェリーの頭を撫でると、彼女は不思議そうに私を見た。
「年齢は……」
「丁度セレーナが亡くなったとされるくらいの歳かしらね。三十いくつだったか……」
「三十四です。私は三十になる手前で火焔龍に殺されましたから、よく覚えています」
少し食い気味でフィリス……いや、リディアはそう言うとスッと立ち上がり私の隣に立った。
「……あの時と同じ光景です。私はセレーナ様の少し後ろを歩く。常に視界にはセレーナ様が居ました」
「か、会長……」
フィリスの豹変ぶりに若干引き気味のマージェリーは、フィリスが持っていた資料を預かり学院長室まで駆け足で運んで行った。
「ちなみに……」
私は光に包まれると、少し若いセレーナの姿になって見せた。
「お若い姿も良いですね。先ほどの姿は貫禄もあって教員としては良さそうですけど」
「みんなそう言うわね。一応今回はセレーナ・エクセサリアとして教員になったから、学院ではこの姿でいるからね」
フィリスは嬉しそうに返事をすると、マージェリーの後を追って行った。
「あ、セレナ先生……でいいんですか?」
「もちろんです」
若手教員のペトロフがそう言うと、少し照れながら私をランチへ誘った。
「ごめんなさい。いつもの面子で集まろうと決めてしまっていて……」
「いつもの面子とは?」
私はアイリス達のことを伝えると、彼は申し訳ないと平謝りだった。
教材を机に置いて、食堂へ向かうとアイリスが席を確保しており私は彼女の隣に座った。
「あら、仲良いじゃない」
テーブルを挟んで向かいにはルティスとハナが仲良くならんで座っていた。
しかし、ルティスは一方的にハナを敵視しており、隙があれば睨みつけていた。
「あのねルティス。天界ではバハムートより天使の方が位は上なんだけど」
「わかっている。だが……」
「だが、何? 私が決めたことに口答えするの?」
ルティスをそう言って睨みつけると、彼女は萎縮してしまった。
そんなルティスを慰めるハナの健気さにアイリスは母性を擽られていた。
料理はシャノンが選んで運んでくるということで、私達はテーブルで談笑しながら待っていた。
「おう、待たせたな」
「シャノン……それって」
「チビはいっぱい食べないとな」
特製わがままカレー。それは、大盛りのカレーライスにありとあらゆるフライ物を乗っけたハイカロリー飯だ。
カレーソースでエビフライとアジフライ、それにトンカツとカキフライが半身浴をしていた。
「こ、こんなに食べ切れるかなぁ」
「大丈夫だよハナ。食べ切れなければ隣のルティスにあげればいいから」
「そんなわけにはいかない。お前は食べることも訓練と思え」
「うう……」
「ちょっとルティスさん、それでは可哀想ですわ。よければ私がお手伝いいたしますので……」
アイリスはそう言いかけると、シャノンが目の前に置いた皿を見て言葉を引っ込めた。
「シャノン、あなた物の限度というものを知っていますか?」
「だって腹減ってるだろ? それくらい入るだろ」
「あーもう、やめてよね。ご飯の時くらい静かにして」
私はそうぼやくと、アイリスは物凄い勢いで謝り始めた。私はそれを止めると、いいから食べようと提案した。
「魔法師は体が資本だろ?」
「だからと言って、アイリスが言ったように限度がある。足りなければおかわりすればいいじゃない」
「めんどくせぇから嫌だ」
シャノンはそう言うとスプーンを雑に扱った。
それを見て私は注意すると「なんだよセレナ、まるでかーちゃんみたいだな」と言い不機嫌そうにスプーンを置いた。
「何カリカリしてるの? もしかしてあの日?」
「ちげーよ!」
「だったらさ、そんな態度取らないでよ」
私が放った言葉で食堂の空気がピリついた。が、その中でも気にせずルティスとハナは目の前のわがままカレーを貪り食っていた。
「なんだ表出ろ!」
「ちょっとシャノン、喧嘩は流石に」
「拳なら勝てるだろうさ」
「本気で言ってる? いいわ。わからせてあげる。模擬戦場へ行きましょう」
私達は模擬戦場へ移動すると、ギャラリーもそのままついて来た。
「喧嘩か……ん、シャノンのやつ……ん」
「セレナ様……ん、頑張ってください……ん」
「……二人とも食べるのやめない?」
ルティスとハナは皿ごと持って模擬戦場へ来ていた。控えベンチに座りわがままカレーを食べ続けていた。
「こう見ると可愛らしいですわね」
「私の方が、ハナより先に食べ終えなければ、先輩としての尊厳が……ん」
「気が抜けるわね……」
私はそんな二人を見てから中央付近へ向かう。
「手合わせも長らくしてなかったからな」
「するだけ無駄ってことをわかってると思ってたけど」
「まさか……アンタが居ないうちに、アタシだって上達してんだ……」
「へぇ」
なんの合図もない。ただ、シャノンが一方的に殴り掛かってくるだけだ。注文通り、私は魔法は使わない。そして、シャノンもたぶん、魔法は使っていない。
「くっ……クソ、なんで当たんねーんだ」
「そりゃ、火焔龍の引っ掻きより遅いもん」
「その火焔龍に負けそうになったくせに!」
「あの時は力を半分以上封印してたからね。今は違うよ?」
動き続けて息が上がっているシャノンの回復を待っていると、シャノンは身体強化の魔法を自分に掛けた。
「魔法はありなの?」
「直接当てなければ、ありだろ!」
「へぇ、そっか」
「なっ……」
「直接は当ててないわ」
私はシャノンの動きを止めた。強力な魔力の膜でシャノンを包み込み、身動きを取れなくしたのだ。
「さて……このままなぶり殺しも悪くないわね」
「それをされてはわしが困る」
「ミヤ? どうして……」
「セシルのところに行ったら何やら面白いことをやってると見ておっての」
ミヤは私がシャノンに掛けていた魔法を打ち消すと、私に近づいた。
「のうセレスティア。わしは娘をこんな育て方をした覚えはないぞ」
「……すみません」
「それに、人間相手にこんな大人気ない事をして……」
「はい……申し訳ございません」
私はミヤに頭を下げながら姿をセレスティアに変えた。
「わしの言うことを一つ聞けば許してやろう」
「言うこと、ですか?」
「そうじゃ、幼い姿になれ。久しぶりに母親になりたいぞ」
「え……」
「いいから早うせえ」
私は渋々姿を変えた。
「あの頃のセレスティアじゃ……懐かしいのう……」
「でしたら母上も、あの頃の姿になってくださいよ」
「むう……少し待っておれよ……ええっと、これじゃったか? よし、むん!」
姿を変えたミヤは、大人の私と瓜二つだった。
それを見たシャノンも驚きのあまり唖然としていた。
「よし、今日はセレスティアはもらっていくぞ」
「え、ちょっと母上!」
私はミヤに抱きかかえられて天界へと帰って行ったのだった……。
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