10.たまにはセレーナの姿もいいじゃない
第55話
朝になるとその熱はあっさりと冷めて、普通に目が覚めると、枕元にはアイリスの寝顔があった。
ハナは既に起きて私の隣で伸びをしていたが、私が起きていることに気付くと恥ずかしそうにベッドから出てお辞儀をした。
私はというと、アイリスに左腕を掴まれているので身動きが取れず、腕も少し痺れていた。
安眠しているアイリスを起こすのは忍びなかったので、私はそのままアイリスの寝息を聞きながら天井を見つめていた。
だが、侍女がアイリスを起こしに来て私は望まぬ解放を受けた。
「すみません。ずっと掴んでいたようで」
「いえいえ。ずっと柔らかい感触を楽しんでましたから」
私はそういうとアイリスの胸を指差した。するとアイリスは恥ずかしそうに胸元を両腕で隠した。
朝の支度をして着替えを済ませると私とハナは屋敷に帰ろうとしたが、国王であるウォルターに引き留められた。
「少し相談があるのだが、いいかね?」
「ええ、構いませんよ」
私はそのままアイリスと共に会議室へと入り、ハナは外で待ってもらった。
「国境付近のせめぎ合いはご存知かと思う。ただ最近、帝国と連邦の争いとは別に北のアメルブルクの動きが怪しい。元は同盟国であるアメルブルクだが、噂では帝国に武器を卸していたり、連邦には帝国の情報を流したりとまあ近隣国からすれば評判が悪い。そのアメルブルクが国境で我が国にちょっかいを出して来てるのだ」
「……単純に同盟国なら抗議文を出すなりすべきでは?」
そういうとウォルターは当たり前のように頷いていた。
「返答がなかった、と?」
「ああ。いくら同盟を結んでいるからとは言え、あからさまな侵略行為を許すわけにはいかん。だがな……」
「兵力差、ですか」
「そうだ。さっきの話にもあったが、軍需産業が盛んで、国内供給も十分に賄えるからこそ国外へ商売としているんだろう。対して我が国エクセサリアは魔法師の育成も間に合っておらん」
アイリスは真っ直ぐ私を見た後、目線をテーブルへと落とした。
それを見て私は少し嫌な予感がした。
「まさかとは思いますけど、私に出張れと仰りたいのですか?」
「……そうは言わん。神の力を借りるなど其方の都合もあろう」
「確かに。私も立場上おいそれと人間の争いごとに手を出すことはできません。ただ、一つだけ例外があります。それは自衛のためであれば、です。我が身に危険が及べば、私も流石に動かざるを得ません」
「なるほどな。それは国にとっても同じことだ。エクセサリアは他に仕掛ける事はない。だが、かつても仕掛けられて自衛のために戦った歴史がある」
それは私が伝説と呼ばれるきっかけになった魔法大戦のことだ。攻め入る旧帝国と当時は連合国だった連邦を殆んど一人で凌いだ。
他国から赤い戦闘服を身に纏っていたので【赤い悪魔】と呼ばれていたそうだ。
そういえばセレーナであった時は、赤が好きだったことを思い出した。ガウンの色もそうだったし、普段着も赤を選んでいた。
「今は緑が多いかな」
「何のことでしょう?」
「ああ、服の話。ほら、セレーナだった頃は赤ばかり着ていたからさ」
「文献で読んだことがあります。エクセサリアの赤い悪魔、でしたか」
私はその名を聞いて思わず笑いが出てしまった。
そしてアイリスにアイコンタクトを送るが、アイリスはその意味を理解できなかったのか首を傾げた。
私は立ち上がり、光に包まれてその姿をセレナからセレーナへと変えた。
「懐かしいわね、この姿も」
「セレーナ……様」
「なんで様付けなのよ。アイリス」
真っ赤な服を身に纏い、明るいブロンドの髪を靡かせる。アクセントの黒い髪飾りと、銀の首飾りが光。
「まさか、伝説の魔法師と会えるとは……」
「これも神の力だったらしいけれどね。姿を変えること自体はずっと続くからこのままでいることもできるけど……」
私はあっさりとセレナの姿に戻ると、アイリスは残念そうに私を見ていた。
「また今度やってあげるから」
「すみません。この席ではセレーナ様で居てくれませんか?」
「まあ、いいけど……」
私は忙しなく衣装替えをする舞台俳優みたいにセレーナの姿に変えた。
「確かに、そのほうが私も少し気合が入るというものです。セレーナ様」
「陛下まで、何を仰しゃいますか」
私はそう言うと、自然と椅子に座りいつものように扇子を広げて自分を仰いだ。
「この姿、フィリスが見ると驚くでしょうね」
「トルーマンの長女が?」
「彼女はかつて私に仕えていたリディア・トルーマンが転生した存在だからね」
「なんと……確かに、トルーマンはセレーナに仕えて名を上げた家ではあるが、そんなことが……」
ウォルターは驚きつつも、私の姿のせいか少し畏まった様子だった。
私はそれに戸惑う事はなく敢えてセレーナとして振る舞っていた。
「本題に戻ると、アメルブルクについてよね。そこに関しては私ではどうすることもできないというのが、セレナとしても、セレーナとしても、更にはセレスティアとしてもその回答になるわね。ただ、一エクセサリアの国民として、何かあれば看過できないくらいかしらね」
「わかりました。あなたが取られる立場も難しいものがありましょう」
「ええ。よければまた魔法学院に戻りましょうか? 薬屋も暇ですし」
「よろしいのですか?」
「その代わりに、うちのハナを入学させてください。あの子、まだ魔法の扱いが未熟なので」
するとあっさり私の要求を飲み、私はまた魔法学院に戻ることとなった。
「その姿での方が教壇が似合いますね」
「本気で言ってる? 確かに、セレナの時より大人っぽいというか……セレーナの時は最後三十代半ばだったかしらね」
「なら尚更ではありませんか」
アイリスは何故か私のこの姿に固執する。その理由を訊ねると、やはり「憧れのセレーナ様だからに決まっています」と言った。
「私がセレーナだってこと忘れてたくせに」
「そ、それは……」
そして会議室を出てこの姿をハナに見せると「カッコイイです!」と目を輝かせてみせた。
「早速本日から頼みますわね」
「アイリス……その制服まだ持っていたの? 辞めたとばかり思っていたわ」
「あなたが戻るというのなら、私もまた通おうかと思いまして。お目付役も必要でしょう?」
私は呆れを含ませた笑いを浮かべると、ハナも一緒に魔法学院へ向かい久しぶりに会った学院長に色々と説明をした。
アイリスの復学とハナの転入、そして私の復職だ。
「しかし、その姿で……ですか?」
「この姿の方が説得力があるかと思いまして……かつてのセレーナの時の姿ですけど」
「確かに、そう言われれば説得力はあります。ですが、セレーナ様を見知っている人は……」
「一人いますよ。その側近の生まれ変わりが一人」
アイリスは得意気にそう言うと、学院長はただ首を傾げているだけだった。
授業が始まる前の教室にアイリスが入って行くと驚きの声と歓声が入り乱れていた。
そして私が引き継いだ教員であるアルテミアから引き継ぎを取り急ぎ行い、私もハナと教室へ向かう。
ルティスとシャノンを驚かせようと、アルテミアにいつものように朝礼を始めてもらい、私を紹介してもらった。
「どうも、アルテミア先生から担任を引き継ぐことになったセレーナ・エクセサリアです。よろしくお願いします」
私の自己紹介に驚いたのか、教室は沈黙に包まれた。そして何より、まず飛びかかって来たのがルティスだった。
「その魔力は主人……」
「あら、お行儀の悪い子が居るわね……」
「ひっ!」
ルティスは怯えた様子で私から慌てて離れた。
私は笑みを浮かべながら、ハナを教室へ引き入れて紹介した。
「こちらはハナ。私の使いの者よ。あなた達と一緒に魔法の勉強をするからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
ハナはその可愛らしさから、すぐにクラスの人間から気に入られた。
私はセレーナの姿でいるのが徐々に辛くなってきたが、学院長にもこの姿で教員をすると伝えてしまったので、戻るに戻れなかった。
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