第52話


 天界への挨拶を済ませ、また屋敷に戻るとルティスが私を探していた。


「主人!」


「あらルティス、どうしたの?」


「いや……シャノンがそろそろ様子を見て来いと言うから……」


「へぇ」


 ルティスは私の傍に立っているハナを見つけると、少し敵意を向けた。

 怯えたハナが私の後ろに隠れてしまったが、私は彼女を前に出してルティスに紹介した。


「ああ、この子はハナ。私の天使よ」


「天使だと……この娘がか?」


「ええ。元々、素養があったみたいで、昨日の夜一緒に寝る時に胸に抱いたら力が注ぎ込んじゃって……」


「それにしても珍しい……天使なんて久しぶりに見たぞ」


 ルティスは物珍しそうにハナを見ると、ハナは少し怯えたように後退りながらルティスを見つめた。


「確かに。仄かに主人の力を感じる」


「極東では神の子って書いてミコっていうらしいわよ」


「直接の主人の子供じゃなく、人で言う養子のようなものか」


「そうね」


 私はそう頷くと、ルティスは私を見ると瞬く間に距離を詰めて私に抱きついた。


「ちょっと何よ」


 ルティスは黙って私の肌の温もりを感じ取ると、満足したようにハナを横目に見て帰っていった。


「なんだったんですか?」


「多分、嫉妬ね。自分から出て行っておきながら」


「ルティスさん……ですよね?」


「そう。元はセシルのバハムートなんだけどね。訳あって私と契りを結んでるの」


 ハナが「可愛い人でした」と笑いながら言うと、私は逆に顔を引き攣らせていた。


「それじゃあ、今日は仕事してるから、お掃除しておいてくれる? 捨てていいかわからないのがあれば聞きに来て」


「わかりました。頑張ります!」


 ハナは息を巻いて掃除に取り掛かり始め、私は仕事部屋に籠った。

 物音が聞こえていたので、スムーズに掃除は進んでいるようだ。私は集中して仕事を済ませ、午後からは自由時間となった。

 ハナが用意してくれた昼食を食べ、午後は店頭で店番をしていた。

 誰も来ないのは無理もない。ここは街外れにある薬屋。来るのは急を要する人だけだ。


「……暇ですね」


「だねー」


 持て余した時間を有効的に使おうと、私はハナに薬について説明した。

 傷薬や飲み薬、湿布などを用途と効能について語っていると一人の客が来店した。


「……その子は一体?」


 店に入ってきたフィリスはそう言うと、私は彼女にハナを紹介した。

 するとフィリスは嫉妬したように、何かと張り合いながら会話を進めていく。

 私って本当、一生懸命愛されてるなぁ。


「ともあれ……私もかつて従者として仕えておりましたから、先輩になりますので、以後よろしくお願いしますね。ハナ」


「よ、よろしくお願いします!」


 ハナは慌てて頭を下げると、勢い余ってフィリスに向かって倒れ込んでしまった。

 受け止めたフィリスはハナに触れた瞬間、私の力を感じ取ったのかギュッとハナを抱きしめた。


「で、フィリスは何か用があって来たんじゃないの?」


「ああ。お父様が腰を痛めてしまって……」


「でしたらこの湿布がお勧めです!セレナ様が丁寧に薬草の成分を抽出して作った薬液に、含水量豊富な特別な布を浸して患部に貼るのです。すると痛みが和らぎます!」


「あら、丁寧にありがとう。それを買いに来たのよ」


 フィリスはそう言うとお代を置いて品物を受け取った。

 ハナは店先までフィリスを見送ると、満足そうに私に笑みを向けた。


「ちゃんとできました!」


「うん、完璧だったよ」


 結局、客はフィリスのみでその後は誰も来ず、店仕舞いをした。

 屋敷に戻り、夕食前に食材の買い出しついでに散歩をすることにした。


「この格好で外を歩き回るのは恥ずかしいです」


「だめ。他所のメイドさんも同じ格好してるんだから。それに、メイドさんもその格好で買い物とかするんだからね」


 私はそう言うと、自分の服装を見た。

 端的に言えば、ほぼ部屋着。女神要素はゼロに等しい。逆に変装だと思えば完璧だ。


「あらセレナ」


「姉さん、珍しいですね」


「……ハナちゃん、なんか雰囲気変わったわね」


「ああ、後でジェダにも説明に行こうと思ってたんだけど、私の天使になったの。神の使いね」


「すごいじゃない。だからか、ハナちゃんから少し神々しいオーラが……」


 じっとハナを見つめるエリゼを、ハナは不思議そうに見ていた。するとハナは「ジェダ様との関係は順調ですか?」とノンデリカシーなことを訊いた。


「ジェ、ジェダ様とはその……」


「姉さん、わかってると思いますけど、神と人は相容れない関係です。ハナみたいに天使になれる素養があれば別ですけど……」


「……わかってるわ。でも、あの人……人って言うのもおかしいけど、私が支えてあげなくちゃいけないから」


 エリゼの面倒見の良さは知っている。私はそれに付け込むようなジェダを叱ろうと決めた。

 ハナはそんな私を見て「セレナ様が怒ってる……」と呟いた。


「まさか、ジェダ様を怒りに行くの?」


「当たり前じゃない。なんなら無理矢理姉上も私の従者にしてやろうか……」


「嫌じゃないけど、今はまだ……」


 エリゼが見せた満更でもない表情は、私を驚かせるには十分だった。

 そんなエリゼを見ながら、私はあくまで冗談だと伝えた。


「姉さんを取ったら、ジェダに本気で怒られそう」


 私がそう言うと、ハナはエリゼの買い物袋の中身に興味が移ったようで、何を買ったか訊ねていた。

 露店で買った牛串やピザを持ち帰るらしく、買った店を教えてもらった。


「夜は食べ歩きにするか」


「いいんですか?」


「ハナも、まだ作るの慣れてないでしょ?」


 お昼もお世辞にもしっかりした料理ではなかったし、そう提案するとハナも了承し私達はエリゼと別れた。


「さっきの牛串、美味しそうだったし先ずはそれね」


「はい!」


 牛串には少し粘度を持たせ絡みやすくしたグレイビーソースがかけてあり、ソースの旨味と肉の味が口いっぱいに広がる。

 五つほど串にサイコロサイズの牛肉が刺さっているが、あっという間に食べてしまった。


「次何食べたい?」


 意外と腹が膨れてしまった私達は早くも甘味に手が伸びそうになっていた。


「クレープってなんですか?」


「薄く伸ばした生地で具材を包んで食べるの。色んな種類があるから面白いよ」


「なるほど……」


 ハナは看板に書かれているメニューにある組み合わせを吟味しながら、私にチョコバナナがいいと伝えた。


「じゃあ私も同じもので」


 店主からクレープを手渡されると、通りの真ん中にあるテーブルに腰掛けてクレープを食べた。

 すると、ハナに大柄の酔っ払った男がぶつかり、ハナの手からクレープが零れ落ちてしまった。


「あ……」


「ちょっと、待ちなさいよ!」


「ああ? なんだねーちゃん?」


「ぶつかったでしょ、謝りなさいよ」


 大男は私を見下して睨みつけると、私はその舐めた顔をキッと睨んだ。


「気の強い女は好きだが、俺と喧嘩をするつもりか? 俺は王宮騎士だぞ?」


「だから何? 後ろ盾がないと何もできないデグの棒じゃなくて?」


「言わせておけば……!」


 男の拳が私の腹に当たる。が、私は薄い障壁を張っていたので拳が体に当たることなく止まった。

 殴っているはずなのに無傷である私を恐れるように何度も拳を向ける男。

 騒ぎを聞きつけた野次馬が私達を囲ってしまうと、ハナは恥ずかしそうに私を止めようとした。


「ガキは引っ込んでろ!」


 男が蹴りをハナに向けた瞬間、私はその蹴りを明後日の方向へ飛ばした。

 男の足はあらぬ方向へ折れ悲鳴を上げると、野次馬からも悲鳴が上がった。


「子供に手を出そうとするなんて最低ね」


「ぐっ……ううっ……」


 痛む足を気にする男を見下し私はそう言うと、騒ぎを聞きつけた憲兵と何故かそれについてきたルティスとシャノンが私達の元へ来ると、シャノンに「やりすぎだ」と私は言われてしまった。

 私は溜息を吐きながら男に治癒魔法をかけ、足を元に戻してやった。


「あなた、王宮騎士って言ってたわね。じゃあ、この落とし前はカインにでも付けてもらおうかしらね」


「団長に? なんで団長を……」


「なんなら、アイリスにでもいいけど……」


 その一言で何か察しがついたのか、彼は私を「ま、まさか……セレナ様でしょうか?」と、今更な問いを掛けてきた。


「わかって喧嘩を吹っかけて来たと思ってたけど」


 私はクレープ屋の店主に同じものを注文しハナに渡すと、憲兵達と一緒に城へ向かった。

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