9.天使とは、神の使いである

第51話

 ハナが立ち上がるまで数分掛かり、私はその間ずっと彼女の体を支え続けていた。

 ハナは離していいと言っていたが、私はずっと彼女の脇の下に手をやり、倒れ込まないようにしていた。


「ハナは十三歳なんだよね」


「はい。それがどうかしましたか?」


「いや、その割には体があんまり大きくないから」


「……育ち盛りの兄に囲まれてましたから。食事の量は兄らが優先で、私は残ったものしかほとんど食べてませんでした。それに、こっちに連れてこられるのに四日ほど殆ど何も食べずに飲み物と塩だけで過ごしてました」


 私は痛い程わかる。セレナの幼少期、同じような生活だった。それに船の中でも同じく、食べ物は出てはいたが栄養を搾り取った後の滓みたいな食事だった。


「じゃあまずは食べないとだね。薬草の中でも食欲が増す効能がある物もあるから、接種してみる?」


「そこまでして食べたいわけではありません!今日のみたいなので十分です」


「あれ、結構量あったよ?」


 私がそう言うと慌ててそれを否定して、最低限の食事でいいとハナは立ち上がってから言った。


「立てたね」


「はい……お恥ずかしい限りです」


「お漏らしはしてない?」


「し、してません!」


 怒ったハナは屋敷内に入り、私もそれを追うように屋敷へと戻った。


「魔力の扱いに慣れていくことが大切だから、日常的に使うようにね。例えば、埃を落とす時は風の魔法を使ったり、キッチンの火を起こすのは火打ち石じゃなく魔法で点火するとか。あとは、ランプとか家の中の照明もだね」


「扱えるようになると便利なのはわかるんですけど……ちょっとまだ加減の仕方が心得無いんです」


「それが慣れ、だよ。ハナはまだまだこれからなんだから」


「そうですか……」


 少し落ち込んだ様子のハナを励ますように、私は一つ昔話を聞かせた。


「私もね、記憶を封じた状態でセレナとして生まれ変わったような感じでエリゼの家族に紛れ込んでいたの。そこでハナと同じような幼少期を送ったのよ。そこが魔法が使えない人達が集まる村だったせいもあって、魔法師は虐げられていたわ。私も例外じゃなかった。村が不作の年に、私は口減しのために島流しにされたの。その時、助けてくれたのがアイリスだった」


「この国のお姫様……ですよね。先程、お会いした」


「そう。で、私が魔法を使えるから見せてって言われて、加減がわからなくて物凄い威力の魔法を使っちゃって困らせちゃったの。だから、誰だって皆んな、初めはそうだってことを覚えておいてね」


 私がそう言うと、ハナは頷きキュッと拳を握った。

 私は話疲れたと、ハーブティーを淹れにキッチンへ向かうと、彼女も手伝うと一緒に来た。


「お茶用の薬草はここに入れてあるからね。無くなったら教えて。補充するから」


「はい!」


「で、お湯を沸かすためのポットはここ。水はここに魔法を掛ければ自動的に井戸から水を汲み上げるから、最初の数秒は念の為に捨ててね」


「魔法じゃないとダメなんですか?」


「そうね……そう設計してもらったから。お風呂も同じよ?」


「そうなんですね」


 ハナはいよいよ魔法を扱いきれないと生活ができないことを悟ったのか、まず弱めの魔力で蛇口を捻った。


「これって……」


「そう魔術の応用よ。汲み上げる装置は元々あって、そこに魔力を注入して動かすの」


「画期的ですね」


「こっちでは魔道具って呼ばれてるけどね。極東の魔術も似たような物じゃないかしら?」


 ハナは横に首を振ってそれを否定した。

 蛇口から水が出てくるのを見て、彼女は感動していると思い出したようにポットを手にして水を注ぎ入れた。


「で、こっちのコンロに木を焚べてから魔法で火をつけるの。やってみて」


「は、はい!」


 ハナは慎重に火をつけようと、火花を散らす程度の威力から初めて徐々に出力を上げていく。


「なるほど……こうやるんですね」


「そうそう、上手いじゃない。魔法は魔術と違って物に魔力を注入するんじゃなく、力と同じで例えば物を持ち上げる時の力加減と同じようにするの」


 私はコンロにポットを置くと「まあ、こんなことしなくても、お湯は沸かせるんだけどね」とあっさりと言った。


「それを教えてください!」


「だめ。料理をする時は火をつける必要があるし、裏技はちゃんとできてからしか教えないわ」


 少し拗ねた様子を見せるハナの頬を私は人差し指で突いた。

 するとハナは擽ったかったのか、まるで猫のように頬を摺り寄せた。

 お湯が沸くと、ティーポットに専用の匙を使って茶葉を入れ、沸騰から少し置いたお湯を注ぎ蓋をして三分程蒸らし、カップに淹れる。

 ハナはその作業を熟すと、ハーブティーの良い香りを楽しんでいた。


「なんだか落ち着きます」


「そうね。リラックスできる薬草を選んでるから。お店で出しているのも同じものよ」


「へぇ」


 ハナは少し冷ましてからそれを飲むと、ほっと一息吐いた。


「味は大丈夫? ハーブティーって結構葉っぱの味がするから、子供には向かないと思うけど」


「大丈夫です。寧ろ、好きなくらいです」


「なら良かった」


 私達はハーブティーを飲み終え、片付けを済ませると寝ることにしたが、ハナは一人で寝たくないと言ったので私のベッドで二人で寝ることにした。


「セレナ様の胸の中、落ち着きます」


「そりゃご自慢の女神の懐だもの」


 私はそう言うとハナを抱き寄せて、ギュッと胸に押し当てた。


「んんーっ!」


 苦しむハナを見て私は微笑むと、彼女に少し神の力が注ぎ込まれたことに気付いた。


「なんか……温かいのが……」


 思わぬ形で本当に私のしもべとなってしまったハナは、むくりと起き上がり両手を不思議そうに見ていた。


「これが、神様の力?」


「そうね……ごめんなさい。あなたを人ではなくしてしまった」


「いいんです!この命、もうセレナ様の物ですから!」


 ハナはそう言って私の体を締めつけた。

 しばらくそうしてると、ハナは眠ってしまい、私も同じように眠りに落ちた。

 翌朝、私は笑いながらハナを天界へ連れて行き、セシルに紹介した。


「しかし、神子……ですか。こちらでは天使と言いますが、それは誰にでもなれるものではないのですが……」


「ハナにはその素養があったのね。全く……母上の目の付け所がいいというか……」


「そうなのですか?」


 セシルにハナの経歴を説明すると「母が世話になりました」とハナにお辞儀をした。


「い、いえ!私は遊んでもらっただけなので……」


「そうはいきません。母だけならまだしも、姉まで世話になるとなれば、弟として感謝をするのは当然です」


「こ、困ります……」


 イケメンモードのセシルがハナに迫っているのを見て、私はセシルの頭上に手刀を振り落とした。


「ぐっ……姉上、力の加減を知らないのですか?」


 頭を抑えながらセシルがそう言うと、ハナは声を上げて笑っていた。


「皆んなに崇め奉られている聖教のセシル様も、こう見れば私達と変わらないように見えますね」


「でしょ?」


 私はそう言うと、セシルは少し怒ったように「姉上が人間にかぶれているからです」とキッパリ言い放った。

 しかし、その言葉にハナが「そんなことないです!」と強気に反論した。


「セレナ様はかぶれていません!」


「ちょっとハナ……」


「冗談ですよ。そんなに怒らないでください」


 私は二人のやり取りを笑いながら見ていた。

 ハナはセシルに向かって失礼なことを言ってしまったと頭を下げて謝罪したが、セシルは頭を上げるようにと言った。


「し、しかし、セシル様に無礼を働いてしまいましたし……何か処罰を」


「処罰なんてしたら私が黙ってないわよ。それに、僕の無礼は主人である私が罰を受けるべきだわ」


「何を仰るんですか……僕は別に罰を与えようなどとは……」


 困ったセシルの顔を見て私は笑いながら、ハナの肩を抱いた。

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