第50話
「起きろ!」
「ううん……」
私は重たい瞼を擦り開けながら体を起こす。
闇に包まれた部屋の中で黒い髪が揺らぐのが月明かりのおかげで見えた。
ハナかと思い頭を撫でてまた目を閉じると、その人物は私の頬を抓った。
「痛いなぁ」
「早く起きろ。折角来たというのに、屋敷は真っ暗じゃし、誰も出てこぬし……腹が空いた。シャノンは来ておらぬのか?」
「シャノンは自分の家にいるんじゃない? ルティスも一緒に」
「ではこの者は……」
私はミヤの存在に気づいてから、ハナを見た。
部屋の灯りをつけると、その眩しさにハナも目を覚まして開ききっていない目で私を見た。
「セレスティア様。おはようございます」
「うん、おはよう」
ハナはぼーっとしながら私に笑みを向けて、来客の方を見遣った。
その瞬間、彼女は一気に目が覚めたように「ミヤ様!」と飛び跳ねたと思ったらそのままベッドの上で土下座をした。
「お主は……ハナ。ハナなのか?」
「はい!」
「心配しておったぞ。極東に帰って様子を見てやろうと思ったら、居なくなっていたからの」
「えっと……色々ありまして、今日からセレスティア……じゃなかった、セレナ様にお世話になってます」
「ほう……セレナも目の付け所が良いの」
ミヤはそう言うと、私を肘で突いた。
私はたまたまだとミヤに説明すると、ミヤはあっさりと私と自分が親子であることを告げた。
「やっぱりそうだったんですね!」
「うん……そうなんだー。まあミヤは向こうの神様になるのに一度姿を変えてしまったんだけど……元は私と同じ金色の髪だったんだよ」
私は気持ちのこもっていない笑い声を上げると、ミヤはそれを鼻で笑った。
「この子は神の存在を見分けられる素質があるからの。鍛えて正解じゃった」
「娘にドッキリでも仕掛けたかったんですか? って待てよ。じゃあ、ジェダのことも……」
「はい。気付いてました。でもミヤ様が『気付いてもすぐには言ってはならん』と、教えてくれていましたから」
「そうなんだ……じゃあ、私に対してはそれ守れてないじゃん」
私は項垂れながら振り子時計を見た。
「まだお店空いてるか。ご飯食べに行こう。そういえば何も食べずに寝ちゃったから、お腹空いたし」
私がそう言うと、喜んだのはミヤだった。
「持つべきものは可愛い娘じゃな。そういえばバハムートはさっき言っておったがシャノンのところか?」
「ええ。ちょっとシャノンの身の回りで付き纏われたりってのがあって、一人にするのは不安だったんで……」
「なるほどな。じゃあ行こうではないか。ダニエルへ!」
「母上は自分で払ってくださいね」
私は冷徹にそう言い放つと、ミヤは私に土下座して「こっちのお金がない」と言ってきた。
「私だって、無限じゃないんですからね」
「それでも貴族くらい金はもっておるじゃろ」
「そりゃ……」
とにかく噴水広場に向かいダニエルのテーブルに着いてハンバーグを注文した。この店の看板メニューで、鉄板に乗せられて運ばれてくるが、その間も肉汁とソースが鉄板で音を立てている。
他のテーブルにそれが運ばれているのを見ているだけでもお腹が空く。
「あの料理は初めて見ました」
「極東は肉よりも魚と野菜が多いからの」
「肉は贅沢品だからってお父さんも言ってました」
私達の分が運ばれてくると私は鉄板に乗る二つのパンバーグの片方をソースなしで注文していたので、テーブルに備え付けられている岩塩と黒胡椒をミルで引いて振り掛けた。
それを見ていたハナもそれを真似すると、ミヤももちろん同じ食べ方をした。
「ソースだけだと味が濃すぎるんだよね。だから一つは塩胡椒が丁度いいの」
「ああ、美味い……これを向こうでも食べられたなら、わざわざこっちに来なくても良いのじゃが……」
「でもいいんですかミヤ様。娘であるセレナ様に会えなくなりますよ」
ハナにそう言われ、ミヤは困った表情を浮かべた。
「ミヤ様、前に可愛い娘がいるって言ってましたし」
「やめろハナ!それ以上言うと呪うぞ!」
「私の従者を呪うと仰るんですか?」
私は少しドスの効いた声でそう言うと、ミヤは「冗談じゃ!」と言った。
少し照れた後「やはり残してきたお前たちが心配じゃったからの……」と言うと、私は嬉しくなった。
「いいな。私もお母さんにそう心配してもらいたかったな」
「ハナ……。でも、ハナはこれから幸せになるんじゃ。セレナの元でならそれも叶うじゃろう」
「そうね。絶対追い出した家族は後悔するわよ」
「そうなのかな」
ハナは手を止めてそう言うと「湿っぽい話はなしじゃ!冷めぬうちに食べてしまわんと」と、ミヤはそう言ってハンバーグを頬張った。
食事を終えて少し休憩していると、奥のテーブルからアイリスが姿を表した。
「あら……」
「アイリス? 珍しいね」
「ええ……久しぶりにここのハンバーグが食べたくなりまして……」
「ほう。お主もわかるやつよの。わしはわざわざ極東から足を運んだというのに」
「ミヤはすぐに来れるでしょう」
ミヤは私の言葉を聞きムスッとした態度をとった。
ハナはアイリスの姿を見て少し怯えた様子を見せた。しかし、アイリスがにこりと笑い挨拶をすると、少しそれが緩んで笑みを浮かべてお辞儀をしていた。
「ハナって言うの。今日から雇った従者よ」
「従者ですか……言ってくれれば城から何人か派遣致しましたのに」
「いいよ。それになんとか生計は立てれてるし、雇うくらいできるから」
「そうですか」
アイリスはそう言うと護衛を引き連れて店を後にした。
私達も屋敷へと帰り、リビングで少し寛いでいた。
「ハナがいるからわしも様子を見に来ねばな」
「毎日はいいわよ。向こうでの仕事もあるでしょ?」
「そんなものは無いに等しいわ。誰もこん神社でぼーっとしてるか、大きい社で大人数を相手にするかじゃ」
「ミヤ様はいつも遊んでくれたから、暇な神様なんだって思っていました」
「強ち間違ってはおらんよ。じゃあの」
ミヤはそう言ってハナの頭をぽんぽんと叩き、極東へと帰った。
少し寂しげなハナを見て、私は何か楽しい会話をしようと思ったが、何も浮かばなかった。
「えっと……寝るには早い?」
「はい……正直、さっき寝てしまったんで」
「じゃあ、ちょっと魔法の練習でもしましょうか」
「いいんですか?」
「大丈夫。ここ、街から離れてるし」
私はそう言うとランプに火を灯し、庭へ出た。
「まず基本的なところからやりましょう。私に向かって魔力の玉を投げてみて」
「はい!」
返事の後、魔力の玉が飛んできて、私はそれを打ち消した。
これで成功だったのかハナは不安気に私を見つめていた。
「よし。じゃあ次は炎で同じようにしてみて」
「はい!えっと……」
ポイっとボールを投げるように火の玉がこちらに向かってくる。同じように打ち消して、次は雷、氷、水といった順番で投げさせた。
「属性の扱いは十分できてるね」
「ミヤ様に教わりましたから。久しぶりだったけど、上手くできてよかったです」
ハナに足りないものは練度だ。
もう少し慣れれば発動速度、それに魔法の威力も上げられるだろう。威力に関しては加減していたかもしれないが、訓練次第では十分魔法学院のトップクラスになれる。
「じゃあ次は身体強化。これは教わってる?」
「いえ……」
私はまず手解きを行った。
身体強化の魔法は文字通り身体能力の向上を目的とした魔法である。
「そうそう。跳躍力をあげる時は脚に集中するの」
「……やってみます。えい!」
掛け声と共に空へと真っ直ぐ飛んで行ったハナを私は飛行魔法で迎えにいった。
「ハナ、飛びすぎよ。でも合格。あとは魔力の加減ね。これで脚力を上げて飛んだり早く走ったりするの。多少体の慣れも必要だけどね」
「わ、わかりました……ひぇ」
高さのせいか、ハナは下を見て情けない声を出すとギュッと目を閉じて私にしがみついた。
着地を綺麗に決め、ハナを下ろすと腰が抜けたのかその場で座り込んでしまった。
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