第49話
ジェダは「一度、面談の席を設けますね」と言い帰って行った。
私は一息ついて仕事に取り掛かる。
昨日採ってきた薬草を乾燥機に入れてから、畑を見に行った。
収穫時期の薬草をカゴに集めて同じように乾燥機に入れると、気づけばもうお昼時だった。
客は来ず、作業に没頭できたのは嬉しい事だが、そろそろ散らかった屋敷内の掃除をしなければなと、憂鬱な気分が私を覆っていた。
畑では薬草だけではなく、野菜も少しだけだが育てていたので葉野菜にマヨネーズを掛けてパンに挟んで食べてお昼を済ませた。
午後は掃除でもと思い気合を入れていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
「姉上。早速ですが連れて参りました」
「え、もう?」
「はい。よろしいですか?」
「えっと……まあいいわ。入って」
ジェダとエリゼに連れられて一人の少女が屋敷に足を踏み入れた。
この辺りでは珍しいミヤと似た黒い髪を靡かせて歩く姿は、まるで人形のようだ。
「えっと……まず名前を伺っても?」
「はい。ハナと申します」
「ハナ? あまりこっちでは聞かない名前ね。……もしかして、極東出身かしら」
「そうですね。彼女は極東からその……人身売買目的で連れてこられた過去があります。ですが、連れてこられてすぐにシェーダー家がああなってしまい、今まで僕らが経営する孤児院で暮らしていました」
ジェダがそう説明すると、私はハナへ微笑みかけた。
すると彼女は怯えた様子から一転、私の方をじっと見つめて「ミヤ様に似てる」と呟いた。
「あら、よく言われるのよ。ね、ジェダ?」
「……姉上。あまりそういうことを他の者に伝えるのは……」
「いいじゃない。で、どうしてミヤ様を知ってるの?」
「私、友達がいなくてよく神社で遊んでいました。そこでたまたまミヤ様と会って一緒に遊んでいたんです。その後、こっちに連れてこられて……」
ハナはそう言うと物悲しい微笑んだ。
「どうして笑うの?」
「ミヤ様が私には笑顔が似合うって言ってくださったのです。私はミヤ様はきっと神様だって思っていたから、ずっと約束を守っています」
「ジェダはこの話、知っていたの?」
「いいえ。僕も初耳です。彼女は微笑むだけで多くは語ろうとしませんでしたから……」
「私にもあまり話はしてくれなかった」
エリゼもそう言うと、私は少し考えをまとめる時間が欲しいと二人に退席してもらい、ハナと二人きりになった。
「ミヤと最後に会ったのはいつ?」
「えっと……一年位前です。ミヤ様からもう会えないと言われて、お別れしました」
「そう。で、その後連れてこられたと……」
「はい。うち、兄弟が多くて貧乏だったんです。それで、唯一の私だけ女だったので売られてしまって……」
「そっか……なんとなく気持ちはわかるわ。よし決めた、あなたは今日からうちで預かる。もちろん働いてもらうけどね」
ハナにそう伝えると嬉しそうにまた笑った。
外にいる二人を呼びに行こうとすると、なんだかいい感じに見えたのでしばらく陰から観察していた。
二人がキスをした瞬間、ハナが出てきてそれを見てしまい困惑していた。
「もう……良い所だったのに」
「あ、姉上!居たなら声をかけてください!」
「ああ、エリゼ。君なしでは僕はもう……」
私がそうさっき聞いた台詞を言うと、ジェダは恥ずかしそうに私を殴ろうとした。
「あら……私に勝てると思っているの?」
「お忘れですか? 最近、うちの宗派かなり信者が増えているんですよ?」
「地力が違うでしょ」
バチバチやり合ってると、エリゼが止めに入ってその場は収まった。
ハナを預かると二人に伝えると手続きを進めてくれて、ハナは私と主従契約を結んだ。
「奴隷じゃないんですか?」
「んー、似たようなものだけど、主従関係の方がいいでしょ? それに、この契約を結んでても働かない子も居たし」
「私はちゃんと働きます!えっと……セレスティア様?」
「セレナでいいわよ」
私がそう言うと笑みを浮かべたハナが私に頭を下げた。
そして私はその違和感に後から気が付いた。なぜセレスティアの名前を知っているのだろう。
「これはご丁寧に……それって極東での挨拶よね」
「はい。神様に会った時にはちゃんと挨拶をしないと」
ハナの言葉に私は驚いた。私は彼女に女神であることを伝えていない。どうしてそれを……。
「ミヤ様に似てるからきっとセレスティア様も神様なんでしょ?」
私は戸惑いながらジェダを見遣ると、彼も困ったような顔をしていた。
「うーんそうね。そういう事にしておきましょうか」
「じゃあ私は神子ってこと?」
「ミコ?」
「神様の従者って意味だよ。こっちでは言わないの?」
「そうね」
ハナの頭を撫でると、少し擽ったそうにしたものの、嬉しそうに私を見た。
「それじゃあ早速買い物にいきましょうか」
「どちらへ?」
「ハナの服とか買わなきゃ」
私はそう言うとハナに左手を差し出した。彼女はその手を取りジェダとエリゼに挨拶をすると「二人とも、お幸せに」と言い二人を困らせていた。
商店街で色々買い込んで屋敷に戻ると、すっからかんになっていたルティスの部屋をハナに充てがった。
「ここ使っていいんですか?」
「もちろん」
嬉しそうにベッドに座るハナが何かを思い出したかのようにはっとして私の前に立った。
「ありがとうございます。セレナ様」
「うん。これからはそんなに丁寧にお礼しなくていいからね」
「でも……」
「じゃあ、これは命令です。いいですね?」
「は、はい……」
困っているハナを抱き締めて「お風呂一緒に入ろう」と言いそのまま連れ去った。
私の裸を見て狼狽えて目を隠しているハナが、堪らなく可愛い。
ハナの体は肋骨と腰骨が浮き出ており、私がアイリスに拾われた時を思い出した。
「ハナって魔法使えるんだよね」
「はい。向こうでは魔術の方が盛んなんですけど、ミヤ様に魔法を教えてもらいました」
魔術は物を媒介にして使う魔法の一種だ。魔力が微弱なものでも使うことができる。魔法は自らを媒介として魔力を別のものに変換する。仕組みは似ているが勝手が違う。極東では前者が一般的で、こちらでは後者が一般的だ。
「私こう見えて魔法の学校で先生もやってたのよ。短い期間だけだけどね」
「じゃあ、魔法を教えてもらえますか?」
「うん。掃除とかに便利な魔法をまず教えるわね」
「ありがとうございます!」
ハナは知識欲旺盛で、湯船に浸かりながら少し話をしただけでも食いついてくる。
お風呂上がりに髪を乾かす為の熱風を出す魔法を見せると、自分もやりたいと言ったが、いきなりやると温度調節を間違えてしまうので今日は私が髪を乾かしてやった。
「なるほど。こめる魔力の量で温度調節するんですね」
「そう。風を起こす魔法と炎魔法の応用ね。基礎はミヤに教えられてるから大丈夫とは思うけど、明日からしばらくおさらいを兼ねて基本のところもやりましょう。もちろん、仕事の合間にね」
「はい!」
外はまだ明るく、夕陽もまだ沈みきっていない時刻、お風呂上がりの私達は窓を開けて涼んでいた。
随分と風も冷たくなって来たので長くはそうしなかったが、ハナは安心したのかうとうとし始めた。
「ちゃんとベッドで寝よっか」
「……はい」
私は彼女を抱きかかえて寝室へ連れて行った。
「セレナ様……」
「どうしたの?」
「今日は一緒に寝てもいいですか?」
「私はまだ眠くないけど……まあいいわ」
私はハナの隣で横になると自分に睡眠魔法を掛けた。
あまりこの方法で眠るのは気が進まなかったが、彼女のリクエストに応えてハナを抱き締めるように私は眠った。
ハナの寝息が首筋に感じられる距離で眠っていると、突然誰かのやかましい声で私は目を覚ました。
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