第53話
「ええっと……事は把握しました。部下が無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした」
「まあ、非番だった仕方ないけどね」
「だとしてもです。市民に手を挙げる王宮騎士がいたとなれば信用問題に関わります」
カインはそう言うと、頭を下げて謝罪をした。
「私としてはもうそこまで怒ってないので……それにあそこまで大柄だったら小さな子供に気づくのは難しいでしょうし」
「それは……そうですが」
「だから貸しとして今回は私からは何の要求も無しでいいわ」
「貸しというのは……要求みたいなものじゃないですか」
カインは苦笑いを浮かべながらそう言うと、私は不敵な笑みでその返事とした。
「失礼致します」
突然扉を開けてアイリスが部屋に入ってくると、私に謝罪して来た後、ハナを羨ましそうに見た。
「新しい従者、ですか」
「ええ、しかもセレナとしてじゃなくてセレスティアとしてのね」
「……どういう意味でしょう?」
「神の使い。天使ってやつね。人間の中に素養がある者しかなれないんだけど、偶々あったみたいで……」
「物語のように都合がいい話ですね」
私は半笑いでその言葉に応えると、ハナは目をパチクリしながらアイリスを見ていた。
「あ、お、お初にお目に掛かります!」
「あら、ちゃんと挨拶もできるんですね」
「邪神教の孤児院に居たから礼儀作法はね」
ハナは流石に王女を目の前にして緊張しているのだろう。カチコチに固まったまま立っていた。
「東洋の貿易品にある黒髪の人形のようですね」
「神の力が入ってからは瞳の色が紅くなっちゃったけど、元は瞳も綺麗な黒だったんだよ?」
「へぇ、瞳の色も変わるんですね」
「人によれば髪の色とかなんなら姿かたちも変わってしまう天使もいるけど……余程素養があったのね」
私が感心しながらそう言っていると、ハナは照れくさそうにもじもじしていた。
「そうだ。何か欲しい薬とかない?」
「薬ですか……こんな時まで商売とは……」
「アイリスからはお金は取らないわよ」
アイリスは少し考えてから口を開き「安眠効果のある薬が欲しいですわね」と言った。
「安眠効果……ラベンダーエキスとかをお香に混ぜて炊くといいけど……あとは……」
「あとは?」
「私と一緒に寝るとかかな」
私がそういうとハナも「それが一番おすすめです!」と言った。
「そ、それはわかってます。経験がないわけではないですから……ですが、簡単にそう言うわけにはいかないでしょう」
「今日、泊まろうか?」
「……いいんですの?」
少し嬉しそうにするアイリスを見て、ハナはクスリと微笑を浮かべた。
アイリスは少し恥ずかしそうにすると「用意させます」と言って部屋を出ていった。
口を挟む暇がなく居た堪れない状態だったカインはほっと溜息を吐き「それでは私もこれにて……」と部屋を後にした。
「お城に泊まるんですか?」
「うん、そうだよ」
「……私はセレナ様のところに来てからずっと夢を見ている気分です。美味しいご飯にあったかいお風呂、ふかふかのベッドで眠れておまけにお城にお泊まりだなんて……」
「しかも天使にまでなれてね」
「そうです!」
ハナは目を輝かせて私を見た。
すると迎えの者が部屋に入ってきて私達を案内した。
「まずは入浴を……」
「ありがとうございます」
広い浴場にたっぷりの湯。私も大衆浴場に行くことはあったが、城の風呂はそれより、装飾がすごい。
「目がチカチカします」
「本当、ね」
「湯加減は如何ですか?」
アイリスはその白い肌を見せびらかすように入ってくると、私とハナは唾を飲み込んだ。
「綺麗……」
ハナは思わず口に出してそう言うと、私は対抗意識を燃やしてセレスティアの姿になった。
「どう、私の方が綺麗でしょ?」
「セレスティア様の姿、初めて見ました!」
「ただこの姿だと神の力も抑え込めないから……」
そう言って私はアイリスを見ると、彼女はぼーっと惚けた顔で私を見つめていた。
「あ……」
「ね、こうなるの。これも耐性があったりなかったりするけど、アイリスは割とない方なのよ。シャノンとフィリスはある方なんだけどね」
「なるほど。そこにも個人差があるんですね」
私はセレナの姿に戻ると、アイリスははっとしたように我に帰った。
「あ、あまりあの姿にならないでください!その……あなたに向ける好意が本物なのかわからなくなるんで……」
「なんと健全な申し出だ」
私はそう言うと、ハナの体を石鹸で洗う。ハナはお礼にと私の背中を流してくれる。
「あ、アイリスは私がやってあげる」
「け、結構です」
「普段、自分でしないでしょ?」
「……いえ、最近は自分で洗っています。城内も経費の削減を進めていて給仕や侍女の数を減らしているんです」
「……それって効果ある? むしろその食について給金を得ていた人たちは職にあぶれるわけでしょ?」
私の言葉にアイリスは少し黙って俯いた後、顔を上げて私を見た。
「やはり、そう思われますか? 決めた時にも結構な反発があったので……」
「全てカットしたわけじゃないんでしょ? 必要最低限だけにして、余ったお金で他のことをしたりしてるわけだし、それはそれで一つの答えだと思う」
「正解ではないのですね」
「だって今はわからないからね。正解だと思ってやってても、間違ってることもあるし、間違ってると思ってたことが正解かもしれないし」
私はそう言うと、石鹸を泡立ててアイリスの背中を摩った。
「とはいえ、王女様に頑張ってもらわないとこれからのエクセサリアがどうなるかわかんないんだから」
「はい……」
考え込むアイリスとは対照的に広い浴槽を無邪気に楽しむハナ。
私はアイリスの体を抱き寄せると「大丈夫だから」と耳元で優しく囁いた。
「子供の前で……そういうことは……」
アイリスは体に付いた泡を流してハナと合流した。
私はそれを追うように浴槽へ体を浸けた。
「……気のせいか、お二人も似てますね」
「気のせいでしょ。流石にここは血縁はないわよ。家系に紛れ込んでた事はあるけど」
「ですわね。セレナの前世は我が王家に伝わる伝説の魔法師、セレーナ・エクセサリアです」
「伝説ってかっこいいですね。セレナ様」
「伝説ってほどじゃないよ。あの頃はただ必死に戦っただけ。自分たちが死にたくないって気持ちの方が強かった。そのために何をすればいいか、早くに親を亡くした姉弟が必死になってただけよ」
私はそう言うと、背伸びをした。息を大きく吸い込んで胸を膨らませると、ハナが眺望を向けてきたので触るか訊ねた。
「……以前より大きくなってませんか?」
ハナよりもアイリスが私の胸部に興味を示した。
じっと見つめて指先で感触を試すと、私はわざとらしく声を上げてみせた。
「子供の前でやめてくださいませ」
「えー、だってアイリスがそういう手付きで触って来たから」
私に向かってお湯を掛けてくるアイリスに対し私もやり返すと、最後に大量のお湯をハナが掛けて来た。
「あ、すみません……」
「ハナ?」
ハナに対して私は凄むと、怯える彼女をアイリスが身を呈して守ろうとした。
「えい」
「……やってくれましたわね」
「アイリスが勝手に掛かったんでしょ?」
「セレナ様、そろそろ出ませんか?」
少し顔が赤くなったハナを見て、私はアイリスにアイコンタクトを送り湯船から出た。
体をタオルで拭き、髪を乾かして用意された寝巻きに着替えた。
「……このガウン、確か」
「王家に受け継がれているものです。かつてあなたが着ていたものです」
「懐かしいな……」
深紅のガウンに懐かしさを覚えつつ、通された部屋に入ると、キングサイズのベッドにハナは大興奮だった。
「ここでしたら三人で寝れますわね」
「え、三人で?」
「ええ」
アイリスは至って真面目な表情で言うと、ハナでさえ苦笑いを浮かべていた。
広いベッドの上に寝転がると、両脇に花が添えられた。
「やはり落ち着きますね。これが女神の力なのですね」
アイリスはそう言って私にくっ付いて目を閉じた。
同じようにハナも私に縋り付いて眠りについた。
二人の熱を感じながら、私は目を閉じてみたが上手く眠れずしばらくは二人の寝顔を眺めていた。
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