第46話
「なんですか?」
「こちらにギルダンさんは居ますか?」
「いませんけど……」
無精髭を生やした顔色の悪い男が訪ねてきたが、さっきの扉を叩いたのが彼であることが疑わしい。
私は彼の後ろに誰かいないか確認したが、そこには誰もいなかった。
「いないはずはないんだけどなぁ」
彼は豹変したように扉を蹴ると、私が抑えている扉を押し開けようとする。
「何ですか!」
「あんただって何だ!」
一発でも殴られれば正当防衛でやり返せるのになと思いつつもすでに住居侵入を行っているわけで、多少の抵抗は許されるだろうか。
「いないって言いましたよね?」
「嘘だ!彼女はここにいるんだろう!」
そう言う男の顔を睨みつけると、彼は一瞬怯んだあと、唇を噛んで更に迫ってきた。
「いいからここを開けろ!」
「嫌です。ここは私の家ですよ?」
「そんなの関係ない!いいから開けろ!」
私は大きな溜息を吐いた。仕方なく中に入れてやると「中を見るだけですよ? 物には触れないでくださいね」と忠告した。
男はしばらく家の中を探したが、もちろん目的の人物など探し出せず、悔しさを滲ませていた。
「だから言ったじゃないですか。いないって。大人しく言うことを聞いていればよかったのに」
「うるさいっ!彼女は何処だ!言わないと……」
「お、ようやくナイフを取り出しましたか。いいですよ、やるというならその喧嘩、買いますよ」
私がウキウキで拳を鳴らしていると、憲兵隊を引き連れたフィリスが屋敷に雪崩れ込み、彼を簡単に取り押さえてしまった。
「趣味が悪いですよ。弱いものいじめは臆病者がすることです」
「いじめてないよ。彼が思うままにさせてあげただけだよ。ね?」
抑え込まれて床に伏せる彼に問い掛けるが、返事はもらえなかった。
折角のおもちゃが大人しくなってしまったと残念がる私を見て、フィリスは「そんなに退屈なら学院に顔を出してくださいよ」と呆れて言った。
私はあからさまな嫌な顔をする。そして、自分に立って仕事はあるからとフィリスに言った。
「それに、表立っての身動きは取らない方がいいかなって」
「ですが……あなたの力を借りたいこともあるんですよ?」
「それはその都度相談してくれればいいから。そのためにここにいるんだから」
私はそう言うと連れて行かれる男を見送った。
「それにしても、よくわかったわね」
「ルティスのお陰です。あなたに危害を加えようとする気配を察知して、学院で暴れていましたから」
流石はルティス。契りを結んでるだけはあるな、と私は思った。
フィリスも帰り、静けさを取り戻した屋敷で、私は仕事をする気を無くしてしまっていた。
とりあえずコーヒーを淹れて一息ついていると、慌ただしく玄関を開けてルティスとシャノンが屋敷に入って来た。
「セレナ、大丈夫だったか?」
「え? ああ、うん。大丈夫だよ」
「主人……なんて姿に……」
私は面倒だったからネグリジェ姿でベッドに寝転んでいた。
もう今日はやる気ないと二人に伝えると、私はそのまま昼寝をした。
「起きろー」
「んんっ?」
私の上に乗るシャノンの重さを感じながら、重い瞼を開ける。
とりあえず私は前屈みになってるシャノンの胸を揉んでニヤついた。まだ、寝惚けていたと誤魔化せるだろうと思ったが、シャノンに「ふざけんな!」と仕返しに胸を揉まれた。
「セレナ……こんなに大きかったっけ?」
「人間の肉体も元の姿に近づいているんだろうね」
「そんなことあるのか?」
シャノンはそう言って私の上から降りると、私は体を起こして服を着た。
「ほら、昼飯作っておいたから早く食えよ。アタシは学院に戻るからよ」
シャノンはそう言うとエプロンを衣紋掛けに引っ掛けると、制服の裾を翻しながら屋敷を出て行った。
「通い妻……」
「なんだそれは?」
「一緒には住んでないけど、食事とか洗濯とかの家事を通いながらやる恋人みたいな関係の人のことよ」
「つまり、主人とシャノンは……」
ルティスはそれに気づくとハッとして申し訳なさそうにした。それを見た私は、ルティスの頭を撫でながらテーブルに着いた。
「別にそんなつもりはないけどね……ただ、私の力の影響を受け過ぎてる心配はあるけど」
「力の影響?」
「神に近づき過ぎるとね、人間はその存在に魅了されてしまうことがあるの。もちろん、その人次第なんだけどね」
私はそう言うと、シャノンが作ってくれたサンドイッチを齧った。
ルティスに学院に戻らなくていいか訊くと、授業がつまらないから、とテーブルに頬杖をついて言った。
「でも律儀に通ってるのは偉いね」
「主人との約束だからな。それに、皆んなの様子を見ておくように言ったのも主人ではないか」
「まあそうだけど、ルティスは大好きなシャノンと一緒にいれるから嬉しいんでしょ?」
私が揶揄うように言うと、ルティスは少し照れつつも「ち、違う……」と顔を逸らした。
その可愛らしい姿にキュンときた私は、ルティスに「これ、シャノンが作ったサンドイッチだよ?」と言い、私はそれを頬張った。
「シャ、シャノンは美味しい飯を食わせてくれるから好きなだけで……」
「好きは好きなんだねぇ」
「む、むう……」
ルティスは唸りながら屋敷を出て行った。
私は残りのサンドイッチを食べ切ると、伸びをしてから仕事に戻った。
しばらく、薬草の在庫管理をし、今度取りに行かなければいけないものをリストアップして行く作業をしていた。
そして夕方になった頃、一人の女性が来店した。
「すみません。娘が風邪を引いてしまって……」
「なるほど。症状はどういったものですか? 例えば咳がひどいとかあれば、それに沿った処方をしますが」
「そうですね……とにかく体が熱くて、咳とかはないんですが……」
彼女はそう言うと、娘の症状をどう言葉にすればいいのか悩んでいた。
「お医者さんには診せましたか?」
「いえ……」
「では、様子を見に行ってもいいですか?」
私がそう言うと、彼女は迷いつつも承諾してくれた。
彼女の家に着き、娘の様子を見ると、紅潮した顔と浅い呼吸、咳などの症状はなさそうだが……。
「熱はいつから?」
「昨夜あたりから、寒気がすると言ってから、今朝からは熱が上がりずっと眠っている状態です」
「では、食事は摂れていないと言うことですね。正直、単純な風邪は特効薬がないので、栄養を摂って自己免疫力でどうにかするしかないんですけどね。咳止めなどはあくまで症状を抑えるだけで、治るわけではないですし」
彼女は心配そうに娘を見遣ってから、私を不安気に見た。
私は元気づけるための言葉に迷ったが、とりあえず彼女の肩に手を置いた。
すると、娘が起きたのか体を起こして私を見た。
「うわぁ、女神様だ。ついにお迎えに来てくれたのね」
私はその言葉に思わず「え?」と聞き返すしかなかった。
「女神様よね? 夢の中で会ったんだ!」
「えっと……女神じゃないというか、そうであるというか……」
「だって夢の中で会った女神様とそっくりだもん」
熱を出している割には元気だなと,私は思いながら発する言葉を選んだ。
「じゃあ、女神様と約束。ちゃんと食べて元気になってね」
「うん!」
彼女はそう言うと母親に「お腹空いた!」と言い、母親はキッチンへと向かった。
「はい!約束のおまじない!」
娘はそう言って私に小指を差し出す。小指を引っ掛け合って彼女はおまじないを唱えた。
「え?」
彼女はそう声を出して私を目を丸くして見つめていた。
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