第45話
ミヤは食事を終えて帰り、私はアイリスを城まで送っていた。フィリスは途中まで一緒だったが、屋敷の方角が違う為途中で別れた。
シャノンはルティスが送って行くことが恒例となっていた。
月明かりが私達を照らしている。肌寒さを感じる風が吹いて街路樹を揺らし、散った枯葉が舞う。
ランプが石畳を照し、ブーツのヒールが足音を奏でると、その小気味よさが癖になっていた。
アイリスの横顔を見ると、思えばお互い大人になったなと思い知った。そうしていると、アイリスは私の目を見て微笑む。
「どうかされましたか?」
そう訊ねられ回答に困った私は、空を見上げて「月が綺麗」と答えた。
アイリスも空を見上げると「そうですわね」と言い、私の小指をキュッと摘んだ。
「少し冷えますね」
そう言って私の体温を僅かに奪うために、小指を絡める。
どうしてだろう。満月を見つめたからか、この胸の高鳴りに名をつけるとするならば……。
「月明かりに照らされていると、より神々しく見えますね」
アイリスのその一言がまるで、胸の内側を優しく愛撫するようで、私は全身を言葉で表し難いものに襲われた。
「……何か言ったらどうですの?」
「えっ……ああ。うん。神様だからね、私」
「それはわかっています。私はそういう意味で言ったわけではありません」
アイリスが少し怒っているのを私は分からず首を傾げた。
城門が見え、そこに立つ衛兵に彼女を任せると私達は小指を離した。
アイリスの瞳が語る感情を、私はようやく読み取れた。だが、もう遅い。彼女は城内へと姿を消し、私は自分の屋敷へと戻った。
「主人。丁度会えた」
「ルティス。シャノンは?」
「ちゃんと送ってきた。今日も駄々を捏ねてたが」
シャノンは最近一人になるのが嫌らしい。いよいよ本気でうちで雇うか悩みつつ、私はルティスの隣を歩く。
「主人……何かいいことがあったのか?」
「どうしてそう思うの?」
質問に質問で返すと、ルティスは微笑を浮かべ「顔に書いてあるというのは、こういう時に使う言葉なのだな」と言い、私は自分の顔を確認した。
「よくわからないけどなぁ」
「自分ではわからないと聞く。そばにいる私だからよくわかる」
そうなのかと思いつつ、私は飛行魔法を唱えた。
「空、飛んで帰らない?」
「いいな」
ルティスは翼のみを展開し羽ばたくと、少し風巻き上げ上昇した。
今日の月を堪能するように遮るものがないサンクシェの丘に向かった。
「月に兎がいると聞いたがあれは本当だろうか」
「嘘に決まってるでしょ。空に兎が浮かんでるとでも?」
少し意地悪だったかと思いつつ、私は目を閉じて月光浴を楽しんだ。
目を閉じていると思わず女神としての力を使ってしまった。
「え?」
「どうしたのだ?」
驚き狼狽える私を見てルティスはそう言った。
それを説明すると、それは何かの間違いではないかとルティスは言うが、死を司るこの力、誰かの死期を察知できる力といってもいい。私が見たものは……シャノンの姿だった。
「シャノンが?」
「う、うん……」
「何故……シャノンが……。どうして……どうやってだ!主人ならわかるんだろう!!」
「……誰かに殺される」
私がそう言うとルティスは直ぐに飛び去った。
私が見てしまったということは、私は手出しできない。それが運命というものだ。天命を私が悪戯に手を出すことはできない。例えそれが親しい友人だとしても。
多くの神はそれが辛いから、下界に関わろうとしない。
私はとぼとぼ街へと戻り、屋敷に着いた頃、息を切らしたルティスが帰ってきた。
「主人……」
「ルティス?」
ルティスの腕の中で丸くなって目を閉じているシャノンがいた。
私は目を逸らし、屋敷に入るとルティスは後ろを着いて歩き、シャノンの躯体をソファーに置いた。
「どういうつもり?」
シャノンの体を見て私はルティスを問い詰めた。
ルティスは俯きながら、さっきあった事を話してくれた。
シャノンが最近一人になりたくない理由。付きまとう男がいたらしく、監視されている気がして止まないという理由だった。
そして先ほど、その男がシャノンの家へ勝手に入り込みシャノンを襲ったらしい。
間一髪のところで駆けつけたルティスがシャノンを助け出したらしい。
「シャノンほどの魔法の腕がありながら……」
「そんなの、付け焼き刃にすぎん。心は同じように強くないこともある」
ルティスはシャノンの顔に掛かる髪を優しく払い除けて言う。
「で、その男っていうのは?」
「捕まえて憲兵の詰所へ突き出してきた」
「そう……ならよかった」
私はてっきり、ルティスがその男を始末してしまったのではないかと心配していた。
とりあえずシャノンはうちで預かろうとルティスと話し、ルティスは眠った子どもを運ぶようにそっとシャノンを抱き抱えると、自分の寝室へ連れて行った。
「そっか、バハムートも子を持つ年頃だもんね」
私はそう呟くと、自分の下腹部に手を当てた。
子を孕んだとして、私はいい親にはなれないだろうなと思いながら、灯りを消してベッドに入った。
翌朝、シャノンは目が覚めると驚いてルティスを蹴飛ばしてしまったらしく、私はルティスの怒号で目を覚ました。
「ごめんって言ってるだろ!」
謝るシャノンに握り拳を打つけるルティス。もちろん手加減をしているので痛気持ち良い力加減だ。
「朝から騒がしいわね。早く座りなさい」
「セレナ!ルティスが!」
「だからうるさいって言ってるでしょ!ルティスも、いい加減にしなさいよ」
私は眉間に皺を刻み込みそう言うと、二人は静かになってテーブルに着いた。
「朝ごはん、これだけだけどいい?」
「うん。ありがとう、セレナ」
「その……大丈夫?」
「ああ。なんとか」
「なんか安心したわ。シャノンもちゃんと女の子なのね。男からも好かれてるようだし」
私がそう言うとルティスが私の発言に対し、デリカシーがない、と評した。
それを聞いたシャノンは笑いながら「残念ながら、セレナの言う通りだ。男にモテようなんて思ったことねえからなぁ」と言った。
「シャノンって優良物件じゃない? 料理は上手だし、家事もこなすし……やっぱりうちで雇うか。とにかく、しばらく一人にはしないほうがいいわね」
「もう大丈夫だけど……」
「大丈夫じゃないだろう。シャノン、昨日は見たことないくらい震えていただろう」
ルティスがそう言うと、シャノンは恥ずかしそうに頷いた。
私はその姿を見てキュンとしてしまい、思わずシャノンを抱きしめたくなった。
しかし、死線を越えたシャノンの死期はみえなくなっていた。私はそれにほっと胸を撫で下ろす。
「とにかく、今日は学校どうするの?」
「行くよ。なんかセレナ、母ちゃんみたいなこと言うな」
「母性溢れる女神を目指そうかなと思って」
「……母性か」
ルティスはそう呟くと目線を落とした後、シャノンを見遣った。
その眼差しが、どこか切なくて私はドキッとして直ぐにその目を見れなくなった。
学校に行ったシャノンとルティスを見送り、私は仕事を始めた。
薬の調合をするのに薬草を準備していると、玄関のドアをけたたましく叩く者が現れた。
私は面倒臭がりながら、二階にある調合室から出て一階に降りた。
その間もドンドンと扉が音を立てる。その音と共に、私の苛立ちも増していった。
そしてあまりの振動の為、錠が外れて扉が開きそうになり、私は慌てて扉を抑えた。
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